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『文永寺』の鐘楼堂(鐘突き台)に登り、釣鐘の下で重右衛門は胡坐をかいた。何だか良く判らないが、こうなったらやれるだけの事をやるだけだ。むしろ清々した表情で腰に帯びた本差と脇差を鞘ごと抜き取り、自分の膝の上に置いた。それを確認した拓海がタブレットを操作すると、興味をそそられた重右衛門が聞く。
「その四角い板のような物は何であろうか?」
お菊は重右衛門に悟られないように、拓海の脛に蹴りを入れる。そして作り笑いの様なものを顔に張り付けた。
「重右衛門さまがこれから向かう異国より持ち込んだ、カラクリ物でございます」
「いててて・・・」拓海が顔をしかめると、お菊が声を潜めた。
─早くしなさいってば!─
「それでは重右衛門さま、お気をつけて行ってらっしゃいませ。お菊はここでお待ち申し上げております」
「うむ」
重右衛門が力強く頷くと、拓海がタブレットのディスプレイ上に有るボタン模様のアイコンをクリックした。すると「びよよーーーん」という間の抜けた音の後に「ボンッ」と煙が立って重右衛門が消えた。その途端、お菊が拓海に詰め寄った。
「何でこんな所でそんなもん持ち出すのよっ!? バッカじゃないのっ!」
「なにも蹴らなくたっていいじゃないか。菊乃は妙な所で厳しいんだから・・・」
「んで? どうなのよ? 上手くいってんの?」彼女はじれったそうに聞いた。
「うん。今のところ順調だ」拓海はタブレットを覗き込みながら答える。「山崎が収監されている拘置所の空間座標に間違いが無いことを祈るよ」
「何よそれ? 無責任ね。そこは拓海の仕事でしょ?」
「あははは。大丈夫だって。それより今度の人・・・重右衛門さんだっけ? 彼の方こそ大丈夫なの?」
「う、うん・・・。多分・・・」
「多分・・・ね。自信無さげだね。またこの前みたいなポンコツだったら、この仕事から手を引いてもらうからね。僕にはその判断を下す権限が有ることを忘れないで欲しいな」
「判ってるわよ。判ってるって・・・」
拓海の言う「仕事から手を引いてもらう」の対象が、重右衛門なのか自分の事なのかが判らず菊乃は口籠った。しかし拓海は、そんな彼女の様子に気付きもせず話を続ける。
「それにしても、リクルーターってのは人間相手の仕事だから大変だね。相手の人間性にまで踏み込んで人選しなきゃならないもの。それに比べたら入社試験の面接官なんて屁みたいなもんだ。僕は君に同情するよ・・・おっ、戻ってくるよ」
「え? もう? 早くない?」
「早いね。トランスポート先に山崎が居なかったのかな? 或いはチャッチャと片付けて、サッサと帰って来たか。後者なら、かなり
すると、先ほどの鐘の下で、今度は「ボンッ」となってから「びよよーーーん」と、何も無かった空間に重右衛門が現れた。そこに菊乃が駆け寄り、江戸時代モードに切り替える。
「首尾は如何でございましたか、重右衛門さま?」
「うむ。お菊どのが申された手はず通り、山崎とやらを斬り捨ててまいった。あやつ、人に迷惑ばかりかける小悪党のくせに、俺の前では這いつくばってピィピィ泣きおって、みっともないことこの上も無かったぞ」
それを聞いて菊乃と拓海は胸を撫で下ろした。
「元々、大した男ではなかったということでしょう。それを覆い隠すために、罪も無い他人に殴る蹴るの狼藉を働いていただけの下賤。それを自分が強者であるかの如く思い込んでいた愚か者であるのは明らか」
「うむ、頭が悪いことこの上ないな。ところであやつ、牢屋のような所に押し込められておったが・・・ もしそうであればわざわざ出向いていかんでも、奉行所がもれなく処罰したのではなかろうか?」
重右衛門が腕から外したトランスポンダーを受け取りながら菊乃は言う。
「いいえ重右衛門さま。あの国ではたいしたお咎めも受けずに放免されてしまうのです。それこそが問題で・・・」
「ほう、それはいけない。まっ、とにかく今回は一件落着ということで、秀之進が待っておるから早々にお暇させて頂くが、よろしいかな?」
「勿論でございます。例の物は、既に重右衛門さま宅の裏に運び込んでございますゆえ、ご確認をお願いいたします」
「うむ。ではこれにて失礼
颯爽と立ち去る重右衛門の後姿を見送ると、拓海が言う。
「じゃぁ僕たちも帰ろうか? 令和に戻って重右衛門さんの初仕事の確認もしたいし。直ぐにニュース速報とかが流れるだろう?」
そして鐘楼堂に向かって歩き出そうとした時、菊乃がそれを押し留めた。
「その前にチョッと、あなたのご先祖様にご挨拶していかなきゃ」
「えぇ~、いいよそんなの。いつものことなんだし。それに早く帰らないと、ラグビーのスコットランド戦が始まっちゃうよぉ」
「そんなもん、ダイジェストで観なさいよ! だいたい日本が
そう言うと菊乃は、本堂に向かって小走りで駆けていった。その後ろ姿を視線で追いながら、拓海がこぼす。
「アイルランドには勝ったんだけどなぁ・・・」
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