第4話 傷

 村はずれの河川敷に広がる草叢に四輪駆動を突っこませ,誠皇晋は言った。「日が暮れたらタクシーを呼ぶ。それに乗っておまえは帰れ」エキゾチックな横長の両眼がいつになく真剣だった。

 背をむけて目を閉じた。

「疲れたか。寝るか――そうだな。また長時間タクシーに乗ってなきゃなんねぇから休んでおくといいさ」後部座席から毛布をとって人にかけると助手席を倒した。「パン食う? コーヒーは? ポテティもあるけど」

 確かに弱虫で何もできない僕がいれば足手まといになるだけで自由な行動がとれないだろう。だが人の意思はどうなる。僕はペットではないのだ。自分は居候を無理やり同伴させたつもりらしいが,真実気がむかなければ隠れ家の炬燵から這いでたりしない。ヤクザの存在に脅えながら寒風の吹き荒ぶ外界へ足を踏みだしたのは恍惚の死を与える吸血鬼に会ってみたかったからだ。恍惚の最期が得られるならば,友に迷惑をかける日常も,友が飼い主と化する一瞬に自己嫌悪する一生も終わりにしてしまえると考えたからなのだ。

 起きあがり車を出た。誠皇晋の声が追ってくる。用を足すだけだと返事して草叢を搔きわけた。

 水のせせらぎが耳に届く。欲求が弥増し,適当な場所を見繕った。ジッパーをおろし,しょぼくれた空と枯野を見ていた。

 薄がカサカサ揺れる。手の甲に何か触れた。湿ったやわらかな感触――ずしりと来る重み――視線を落とす。腰部で薄紅色の大蛇が鎌首をもたげていた。

 尻もちをつく。大蛇が肩に飛びのり透かさず頸部に絡みつく。上半身に巨体を乗せられ抵抗する間もなく地面に押したおされる。

 人間の太腿ほどの太さの体を攻撃対象の全身に巻きつけてなお尻尾まで長々と余りある蛇だった。肉塊のような頭を落とし真っ赤に燃える目を近づけ二股にさけた舌で獲物を味見する。暴れたりしないから首を絞めたり牙で突いたりするのはやめて――宝石に似た目に語りかける。

 息を凝らし時間の過ぎるのを待った。

 あのときもそうだった。呪文みたいに名前を呼ばれる声を聞きながら懸命に震えをこらえていた。

 大切なお客様だから粗相のないようにと託された料理を届ければ,待っていた男に全身の入れ墨を見せられた。6日も経っていたと知ったのはあとのことだ。暁方に,ゲームでもなくコミック雑誌の最新刊でもなくプラチナホルダーのつく鍵を渡され,越してこいと言われた。即答できずにいると,必要な荷物だけもってこいと念押しする。それでも硬直状態でいると,うちの者に行かせようかと畳みかけるものだから,事の重大さに気づき,腹底から突きあげる感情に絶叫しそうになりながら自分で行くと空笑いを浮かべ,屋敷を抜けだし行方を晦ました。

 頰の涙を拭うように蛇はうねりながら頭上へと抜けた。視線で追えば,巨体が空洞へと吸いこまれていく。藪に紛れて横穴の入り口があるのだ。

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