第2話 鶏に乗られ少女を乗せる
急ブレーキがかかる――
グローブボックスにぶつかりそうになって文句を言えば,シートベルトをしないからだと非難して車を出ていく。戻ってくれば
「それ,うちのです」少女が車のまえに立っている。
誠皇晋が車から出ようとするなり,矮鶏はけたたましい声を発して車内を飛びまわり,挙げ句の果てに僕の頭にとまった。片肢の蹴爪が頭皮に食いこんでくる。どうしても車からも頭からもおりようとしない。
「小動物に好かれるんだよ。優しい性格なのが分かるんだろうな――俺だけにはヤンチャ坊主なんだけど」誠皇晋が助手席に一瞥を投げ,家まで送ることになった牡丹萬華
「分かる,分かる!」いかにも利発そうな物怖じしない瞳を輝かせ,運転席と助手席との間に首を突きだしてくる。「思いどおりになりそうって感じする!」
彼女の一瞬の見立ては的確だった。とにかく気の弱い
「俺は好きだよ」前方を見据えたままはっきりと言う。「スポンジみたいにぐにゃぐにゃして何ものにもぶつからないところに癒やされる。まえの仕事を辞めたときも,こいつがいたから自棄を起こさないで済んだ」
誠皇晋は新聞記者だったが,国会議員の逆鱗に触れたために,辞職という手続きが本人抜きで進められ,いつの間にか解雇されていた。誠皇晋が議員の事務所に乗りこもうとしたとき,ホームレスが1人死ぬだろうと僕は呟いた。それは我が身の明日を憂えるエゴの塊をちらつかせたに過ぎなかったが,結果的に友を思いとどまらせる言葉となったのだった。
「2人はいいな……本当の友だちがいて」叶が首をひっこめ後部座席に身を沈めた。「あたしには誰もいない」そう言うなり再び頭を挿しこみ囁きかける。「おじさんたちの彼女になってあげる――」目がまともにかちあった。潤んだ瞳が凄みを帯びてくる。「だから村からつれだしてよ。ねえ,いいでしょ……」
誠皇晋が叶の額を軽く押しかえした。お河童頭の髪がさらさらと揺れる。「何よ――あたし,レベル高いほうだと思うけど」
「レベル高い子は自分から売りこんだりしない」誠皇晋の忠告に,叶は頰を膨らませ,窓外へと視線を流した。目つきの大人っぽさにどきりとした。
後方へと過ぎる風景が俄に速送りされた。車が加速したのだ。矮鶏がクワックワックワッと興奮しはじめた。ポロリと膝に何かが落ちてくる――卵だ。スラックスの生地を通して熱が伝わった。
「おまえ,すげぇな。頭で産卵さしてんでやんの――普通なくねぇ? マジうけるわ」
車内が笑いにつつまれた。
樹林がとぎれて盆地をなす地形に集落が広がりを見せた。山形に組みあわさる屋根の傾斜面を茅葺きする民家が散在している。ほかを圧倒する巨大な屋根を構える民家は石垣を土台とした土塀に囲まれている。集落のなかで唯一塀を巡らせる一棟を指さし,叶は車をつけるようにと指示した。
門前に黒塗りのベンツが停車していた。
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