第24話 二人の出会いは
「飛鳥さんがただの町人なわけがない。そんなこと、解っていたのに」
武士の雨月がやって来ることだけじゃない。その博学な知識も、一般の町人が持ち得ないものだ。それだけでも、かなり特別な立場にいることが解る。
「何者か。教えてくれないのかな」
しかし、一番優介にとって衝撃だったのは、飛鳥がその場で説明をしようとしなかったことだった。
いつもならば、これはこうだと蘊蓄を垂れてくれる。実はこうだったんだと説明してくれる。
それなのに、雨月の礼を受けて自分の身分がバレた時の飛鳥は、何とか誤魔化せないかと考えていた。若と呼ばれたことへの動揺を、隠すことが出来ない顔をしていた。
それが、何だか傷ついた。
「俺に遠慮しているってのも、あるんだろうけどさ」
何か、言ってくれても良かったじゃないか。
また後でと誤魔化すことなく、実はさって、気軽に言ってくれればいいじゃないか。
それほどまでに、飛鳥は旗本の次男坊よりも遠い存在なのだろうか。
そんなことを考えると、優介はますます布団から抜け出せなくなるのだった。
「あいつ、見事にそのまんま書いてやがるな」
さて、貸本屋で優介の書いた戯作を借りてきた飛鳥は、二日掛けて三冊を読み終えた。そして思ったことは、二人で解決した事件をそのまま利用しているじゃないかということだ。
もちろん登場人物の名前は変えてある。飛鳥の名前も大和に変更されているし、優介自身は太郎という無難な名前になっている。しかし、読む人が読めば、そのまんまだとバレる。
「やれやれ。自分をネタにしているだろうことは解っていたが」
飛鳥は、俺と別れてもちゃんと書いていけるのかよと不安になる。
そう言えば、出会ったのもネタに困っていた優介を見かねて、ではなかったか。
いつの間にか当たり前になっていた忘れていた出会い。それは飛鳥が声を掛けたからだった。
弁天屋で、人間を観察していた飛鳥の前に現われたのが、悩みすぎて数日寝ていない優介だった。ふらふらとした足取りで危なっかしいから、飛鳥が呼び止めて相席にしたのが、そもそもの付き合いの始まりだった。
「たまたま、一本戯作が書けてね。それを持って行ったら本にして貰えたんだよ。まあ、それも約束していた戯作者が書き上がらなくて困ってたから、くらいだったけどさ。うん、それで次も書いてみるかいって言われて、うんって言ったまでは良かったんだけど、いやあ、何も思い浮かばないんだ」
という愚痴を聞かされたのだ。たまたま戯作を出すという幸運を掴んだまではいいが、一本書けたのが奇跡で、別の話なんて思いつかないと悩んでいたのだ。
「一体どんな話を書いたんだい?」
それと似たようなのを書けばいいんじゃないかと飛鳥は適当だった。しかし、それに優介はずうんと沈んだ顔をすると
「恋愛物をね、書いたんだよ。でも俺、恋愛経験ないわけだよ。そう簡単に次なんて思いつかないよ。しかもそれも、後半は男同士になっちゃって、どうしたもんかという色物だったんだよ。まあ、最後は女の元に帰って目出度しってなってるんだけどさあ。それを越えるものなんて思い浮かぶわけないじゃん」
優介にそう力説された。そして飛鳥の顔を見た優介は
「お兄さん。それだけ二枚目な顔をしているんだから、モテるよね。何かネタないの?」
と逆に問われたのだった。
それに飛鳥はあるわけないだろうと困り、それならば何か面白い話はないかと絡まれ、あれよあれよと飲み明かしていた。その頃から判じ物をやっていたから、じゃあ取材させろと言われて今に至っている。
今になって考えてみると、最初の恋愛物の元ネタは高橋だろう。今日借りた中にその本はなかったが、要するに優介は身近にいる人をネタに本を書いているのだ。人物観察の目は確かなようで、どれもこれも面白い。しかし、自力でネタを捻り出す能力はないようだ。
「俺がいなくなったら、次は誰をネタにするんだろうか」
それを考えると、ちくっと胸が痛くなった。
自分がいなくても、優介は多分もう困ることはないだろう。あの出会いから、思い起こせば三年もの月日が流れている。優介も知り合いが増え、ネタに困って見知らぬ人間に泣きつく必要もないはずだ。
「でも」
今このまま別れていいのだろうか。
説明して嫌われて、はいさようならってなっていいのだろうか。
何だかそれは、月日の流れが違い、鬼ゆえに傍にいれなくなるよりも悲しい気がした。
「何とかしなきゃ。でも、どう説明すりゃいいんだ」
飛鳥はがしがしと頭を掻き毟ってしまう。
こうやって家で考えているからいけないのだろうか。飛鳥は立ち上がった。しかし、どこに行けばいいのだろう。
「弁天屋に、優介はいるかな」
出会ってから、二人で行くのが当たり前になっていた。それだけに、一人で行くのは気分が乗らないし、何より優介が一人でいた場合にどうしたらいいのか解らない。
「くそっ」
ともかく出掛ければいいんだ。うじうじしている自分が嫌になり、飛鳥が長屋の引き戸を開けた時――
「あっ」
「あっ」
引き戸に手を掛けようとしていた優介が目の前にいた。
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