第17話 四回繰り返された
そもそも江戸には奥方がいるだろうに、わざわざ男に手を出す殿様の情事なんて聞いても碌なものではない。飛鳥は幽霊について話してくれと促す。
優介もようやくこの話題が終わってほっとしている様子だ。
高橋はまだこのことについて、文句を飛鳥に聞いて欲しそうだったが、幽霊に関してはっきりしないと気持ち悪いのだろう。藤本を促した。
「はい。あの日、高橋様がいらして、そのまま夜、こちらに泊まられることになったのですが」
そして藤本が高橋よりも詳細にその時のことを語り出した。
一週間前の夜。その日は山の中とあってしんしんと冷えてくる夜だった。そんな中、二人は酒を酌み交わしつつ、深夜まで今後のことを話し合っていた。
主な話は出家することを思い留まってほしいというものだったが、最終的に高橋は渋々ながらも納得した。しかし、気持ちだけは抑えられなかった。
「せめて、俺との契りはなかったことにしないでほしい」
高橋の懇願に戸惑いつつ、嬉しい気持ちもあった。藤本は躊躇いつつも頷いていた。
「い、いいのか」
「はい」
殿との一件以来、そういうことをしたいと思わなくなっていた藤本だが、最初に手解きを受けた相手には特別の情がある。それに、彼ならばどれだけ拙くても身を任せていればいい。そういう安心感もあったのだ。
「じゃ、じゃあ」
今夜早速と抱き寄せられたのには面食らった藤本だが、それまでの寂しい思いもあってか、思わず抱き返していた。
「お願いします」
そしてつい、誘ってしまった。
そこからは素早く、高橋が布団を敷き、そのまま二人で同じ布団に入っていた。
だが、唇を重ねていざという時、ガタガタガタと障子が揺れた。
「風か」
「多分」
二人は突然の音に驚いたが、何より山の中だ。風が障子を揺らしただけだろうと思った。しかし、高橋が藤本の着物に手を掛けるとまた、ガタガタガタと障子が鳴る。しかも、今度はすぐに鳴り止むことはなく、ずっとガタガタと音を立て続けた。
「一体何だ?」
「風、ではなさそうですね」
あまりに邪魔するように音がするので、さすがに二人は不審に思った。
「誰かいるのか?」
高橋は藤本を片手で抱き締めつつも、枕元にある刀を引き寄せていた。すると、音がぴたっと止んだ。
「何者だ?」
しかし、足音がするわけではなく、他に何か音がするわけでもない。誰かがいるとすれば、それはあまりに不自然だった。
二人はどうしようと見つめ合い、しかし、やはりたまたま障子が鳴っただけかと思うことにしたという。
「立て付けが悪くなっているのかもしれませんね」
「そ、そうだな」
そう言い合って二人で笑い、今度こそと思った時――
「ひっ」
「なっ」
二人の入る布団の上に、女が座っていた。それも、向こう側にある障子が透けて見える。
「恨めしや、高橋様」
女はそれだけ言うと、すっと消えた。しかし、また、ガタガタガタと障子が鳴り始める。
「それが四度、繰り返されました。四人とも別の女性で、言った台詞は同じです」
藤本はそう締め括ると、困ったような目を高橋に向けた。が、高橋の性格は把握しているからか、仕方ない人だなあくらいの視線だった。
「なるほど。同じ現象が四回続き、幽霊の女の顔は別だった、か」
ますます奇妙になったなと飛鳥は唸る。しかし、この二人が同じ藩に所属する武士であり、藤本が失態のためにここに身を隠していることを知ることは簡単だっただろう。
つまり、その藩邸に出入り出来る人間、もしくは出入りしている人間と知り合いならば、高橋が藤本のところに出掛けた時に驚かすことは可能だったはずだ。
「問題は何故一人じゃないのかってところだな。まさか四人の女が結託していたのか」
飛鳥はそこで高橋に目を向ける。
「い、いや。四人に繋がりはないはずだ。さすがに俺もお前だけだなんていう証文を書く時には頭が冷静になる。っていうか、他の女にばれたくないって思ってしまう。だから、そう簡単に互いが知らないだろうと解った上でやっている」
「質が悪いな」
高橋の言い訳に飛鳥はきっぱりと悪質だと言う。この点に関して友人も恋人も弁護できないようで、そうだなと頷いていた。
「ううっ」
さすがに藤本にまで悪質認定されたのは堪えたのか、高橋が妙な唸り声を上げる。
「ともかく、この男の言葉を信じるのならば、女たちが結託するのは不可能ってことだな。まあ、幽霊という問題が残るが、一先ずそれを横に置いておいて言えることは」
「言えることは?」
優介が期待を込めた目で飛鳥を見てくる。
「誰かが高橋に嫌がらせをするために、特に情の通っている女を特定したってことだな。そいつは高橋がまだ藤本に気がある事を知っていて、それを利用しようと思ったに違いない」
飛鳥はこれ以外に考えられないだろうと断言する。すると、高橋はむすっとした顔をしたが、それはそうだろうと頷いた。
「男女ともに口説きまくる俺のことを疎ましく思っている奴は、多いと思う。殿が俺のそういう性質を利用していなければ、もっと嫌がらせを受けるだろうなあ」
そしてそんなことをしみじみと呟く。一応、自覚はあるようだ。
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