第13話 奇妙な幽霊
ともかく、高橋は今度出家するという弟分という名の恋人のところに行ったわけだ。八王子だったのも、出家準備のために相手がそこにいたためだったというわけである。
「そこで積もる話をしていたわけです。いえ、この段階では本当に疚しい心はなく、出家ししばらくは深山に籠もるという彼の見送りだったんですよ。びっくりするくらいに色っぽくなっていて、なんて言うか、喋っているうちにもやもやしましたが」
高橋は飛鳥の冷たい視線に耐えかねて、途中でもごもごと言い訳する。
まあ、高橋の相手を務めたということは、当然ながら高橋より年下なわけで、そんな若さで出家しようとするからには、苦労が絶えなかったのだろう。そういう苦労から滲み出るものが色気に見えることはある。
「で、迫ったわけか」
「うっ・・・・・・そ、その、出来れば、また昔のようにって言いましたけど」
そんな露骨に聞かないでくださいよと高橋は情けない顔になる。その顔がちょっと子犬っぽくて、なるほど、女たちはこの顔にやられるのかと飛鳥は妙に納得してしまった。
「と、ともかく、その家に泊まったんだよね」
幽霊話を具体的に聞いてもらいたいというのに、余計なところで時間を食っている。優介は慌てて割って入った。それに高橋はほっとし、飛鳥はふうんっと冷たい。
「もう、飛鳥さん。色目を使われたからって、そんなに冷たくしなくてもいいじゃないか」
優介はいい奴なんだよと高橋の肩を持つが、全く以て説得力がない。というか、この朴念仁と好色男はどうやって知り合いになり、仲良くなったのやら。そっちが不思議だ。
「で、その家で幽霊が出たんだな」
色々と思うところはあるが、それは一度横に置いて飛鳥は確認する。
「そ、そうです」
高橋は本当に怖かったんですと、その時のことを思い出して身震いする。その様子から、幽霊を見たという点に関して一切嘘はなさそうだ。ただし、昔振った女が次々に幽霊として出てくるという奇っ怪さはある。
「全部で何人だ?」
飛鳥は仕方なく確認した。
「よ、四人です」
「ほう。それ、付き合った全員か」
「い、いえ。ええっと、酒に酔った勢いで、お前だけだよって証文を書いた四人、でした」
飛鳥の視線がまた冷たくなるのを感じて、高橋の声が小さくなっていく。
あちこちで遊び歩いているだけでなく、そんな証文まで書いていたのか。これはもう救いようのない男だ。下半身はどうなっているのやら。
「証文まで書いたとなれば、まあ、恨まれても仕方ないわな」
飛鳥はずばっとそう言うと、高橋は面目ないと小さくなる。
「でも、どうして幽霊がその四人だって解ったんだい? 幽霊ってぼんやりしたもんじゃないのかい? 足もないんだろ?」
優介はようやく幽霊の話が詳しく聞けると、嬉々としてあれこれ訊ねる。それに高橋は困り切った顔をし
「はっきり見えたよ」
と告げた。
「足がないってのは
さらに飛鳥からそんなツッコミを受けることになる。
「ま、円山応挙」
「おう。そいつが幽霊画を描いた時、足を描かなかったのが、足の幽霊のない最初さ」
「へ、へえ」
「そうなんですか」
優介だけでなく高橋まで感心している。
まったく、幽霊の話をするわりには基礎がなってないな。飛鳥は呆れてしまった。とはいえ、江戸っ子は何かと幽霊話をしたがるから、最初に誰が足のない幽霊を描いたかなんて、どうでもいいのだろう。
「で、高橋さんが見た幽霊ははっきりとしていて、もちろん足はあった」
「は、はい、そうです。でも、幽霊だって解りました。ええっと、そう、着物の部分から向こう側が見えたんですよ」
高橋は徐々に詳細に思い出したようで、ぽんと手を叩いた。顔は異様にはっきりと見えたのに、他の部分は向こう側が透けて見えたのだ。
「それは、幽霊だろうなあ」
奇妙な話がますます奇妙になったなと優介は首を捻る。それは飛鳥も同じだった。
後ろが透けて見えたとなると、少なくとも生きた女がそこにいたわけではない、ということだ。
「ともかく、行ってみるしかない、ってわけか」
飛鳥は苦り切った顔でそう呟く。
「じゃ、じゃあ、引き受けてくれるんだね」
優介はようやく依頼を受ける態度になった飛鳥に、素直に喜んだ。しかし、飛鳥の顔は全く以て晴れやかではない。
「お願いします」
高橋は怖い思いをしたし、気持ち悪くて困ると頭を下げる。
「引き受けるには引き受けるが、お前さん、全面的に協力しろよ。あと、色目を使うな」
飛鳥は何だか嫌な予感がするなと思いつつも、奇妙な幽霊に興味を持ってしまったのは間違いない。そこで高橋にも手伝わせることで手を打ったのだった。
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