第12話 困った客人

 しばらくは判じ物をしなくても食っていけるな。飛鳥がそう思ってごろごろとしていた昼下がりのこと。

「飛鳥さん。ちょいといいかい?」

 優介がやって来た。

「いいぞ」

 どうせいつもの無駄話だろうと応じると、がらっと引き戸を開けた優介は申し訳なさそうな顔をして

「客もいるんだけど」

 と付け加えた。

 こいつ、町を歩くだけで問題を抱えている奴と出会う才能でもあるのか。

 飛鳥は思わずそう思ってしまったが、いいぞと返事をしてしまった後だ。やれやれと身を起こすと

「仕方ねえな」

 入ることを許可してやる。

「大丈夫だって」

「すまんな」

 後ろを振り返って優介が言うのに答える客人の声は男のものだった。何だつまらないと思っていると、客人が顔を覗かせた。

「高橋勝之と申します」

 なんと、客は二本差しの侍だった。飛鳥はおいおいと慌てつつ、そう言えば、優介も一応は武士だったかと、日頃忘れていることを思い出した。

「お武家さんをこんなむさいところに連れて来るんじゃねえよ」

 しかし、日頃刀も差さずにぷらぷらしている優介はともかくとして、ちゃんと二本とも刀を差しているような人が、裏長屋に来るべきじゃない。飛鳥は苦り切った顔で注意してしまう。

「悪い。どうしても人に聞かれたくないっていうものだから」

「ったって、裏長屋の壁は吉原の壁より薄いぜ。そこらの喧しいおばさんども聞かれたら、一発で噂が広がっちまう」

 飛鳥はどうすると高橋を見た。高橋はちょっと困惑した顔をしたものの

「自分の知り合いに聞かれる可能性がない場所がいいので」

 と、ここで相談したいと真剣だ。

 これは厄介だなと気づいたものの

「まあ、入りな。薄い茶くらいなら出せる」

 と招き入れるしかないのだった。



 正面から見た高橋勝之はなかなかの美丈夫だった。年の頃は二十代後半、つまり優介と同い年くらいだろうか。裏長屋にいると違和感が途轍もない、しっかりした御仁のように見えた。

 少なくとも、話を聞くまでは。

「はあ、幽霊」

 飛鳥は一通り事情を聞き終えて、思わず抜けた声を出してしまった。

 相談の内容は幽霊に関してだった。しかも、過去に付き合った女性が次々に幽霊となって現われたというものである。

「恐れながら、武士といえども幽霊には敵わず」

 高橋はもごもごとそう言うが、何やらまだ事情を隠していそうな感じだ。

 そもそも、付き合っていた女性が次々にという部分にも問題がある。

 モテそうな美丈夫ではあるが、どれだけ浮名を流したのやら。

「幽霊に会ったのが、八王子だって。なんだってそんな田舎にいたんだい?」

 しかもこれだ。幽霊に会ったのが自宅だというのならばともかく、この高橋がいたのは八王子だという。宿場のある町だが田畑が広がる田舎に違いない。なぜわざわざ、江戸の武士がそんなところにいたのか。

「それがその」

 そして目が泳ぐ高橋だ。一体何がと思っていると、先に事情を聞いていたらしい優介まで目を泳がせている。

「ははあ。懲りずに別の女を作って会いに行っていたのか」

「いえ」

 予想以上に早く否定された。じゃあ、一体何だよと思っていると

「ええっと、飛鳥さん。武家には衆道しゅどうがあるのは知ってるよな」

 優介がいきなりそんなことを言う。

 衆道に関して、もちろん飛鳥は知っている。いわゆる男色のことであり、江戸には陰間茶屋かげまぢゃやといって、それ専用の店まであるほどだ。

 飛鳥は高橋を半眼で見ると、こいつ、女だけでなく男も泣かせているのかと疑ってしまった。

「いやいや、あのさ。そういう意味の衆道じゃなくて、なんて言えばいいのかな、兄弟の契りを交す代わりの方で」

 優介は高橋がとんでもない誤解をされているのではと慌てて否定するが、やっていることは大差ない。若い少年とやるだけだ。

「つまり、男は一人ってことか」

 というわけで、飛鳥の元も子もない確認に、高橋は少し顔を赤らめつつも頷いた。

 まあ、武士の嗜みとしてやっただけなのだとすれば、衆道をこういう場であれこれ言われるのは恥ずかしいか。飛鳥はそう思っていると

「飛鳥さんならば、若衆ではありませんが、十分にいけますね」

 高橋がそう言ったので、やっぱり認識を改める必要はないなと思った。

 さすがはあちこちで浮名を流すだけのことはある。ちょいと見た目が好みならば、ころっと口説いちゃうらしい。

 しかも、顔を赤めていたのは自分が好みに入っていたからだと思うと、飛鳥の顔はますます苦り切ったものになってしまう。

「ああ、ええっとね。こいつのこの性格は病気みたいなもんだ。割り切ってくれ」

 紹介した手前、優介が大いに慌てていた。それに少し気分が落ち着くが、飛鳥はこいつの相談、本当に乗ったものかと悩んでしまう。

 複数の女が幽霊になって出てくるというだけでも問題なのに、会いに行ったのは昔契りを交した男だったというのだから、話がややこしくて仕方がない。

「いや、あの、そいつに会いに行ったのは、何も疚しいことをしようとしたわけではなくですね。今度出家するつもりだというので、会いに」

「ふうん。坊主になれば男とやりたい放題だもんな」

「いや、あの、ええっと」

 否定しろよ。出来ると思っていたと認めているぞと飛鳥は睨んでしまう。

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