1話

 VTuberとしての配信機材Virtualの皮を動かすためのカメラ等が届き、打ち合わせの日時が決り、あれよあれよとオンライン通話会議による打ち合わせの日になってしまった。


 ディスコードと呼ばれる、チャット機能、通話機能、画面共有機能などが搭載されたアプリによる複数人の通話。

 今回はマネージャーと同期になる3人と初対面ならぬ初声合わせ。はっきり言って怖い。

 母親であり、先輩VTuberからのありがたい助言は、


「当たって砕けろよ☆」


 だったので、忘却の彼方へと置いてきた。


「どっどどどどど、どうしよう……」


 ディスコードでは会議をするためのグループ作成が必須で、既にグループは作られておりボクも入っている。

 5分後には、まだ知らぬ4人と会話……想像しただけで、朝ごはんがマーライオンのごとく飛び出そうだ。


「ハァ……ハァ……ハァ……ゴクリッ」


 何度も水を口に含むけど、すぐに口の中が乾く。

 あれ、初対面の人には何を話せばいいんだっけ?ごはんデッキ《デッキとは会話をする際の話題の事》?天気デッキ?下着の色デッキ?今日は良い下着の色ですね?


 トゥルルルルルルルル


「ひゃいぃぃぃぃ!?」


 唐突になったディスコードの着信音。

 その音に驚き、通話ボタンに合わせていたマウスを左クリックしてしまう。


マネ子『あ~~~、もしもし聞こえますか?少し早いですが、揃っている様なら始めたいと思います』


 スピーカーの向こうから女性の声が聞こえてくる。


アリア『聞こえまーーーす!』

メメ『あーあー、テステス。聞こえてますよぉ~」

イズモ『コホン、聞こえてますよ。こちらの声は聞こえてますか?』


 誰かが声を発する度にグループに参加している人達のアイコンが点滅する。


「ヒューヒュー……」


 何か言わなきゃ。

 返事を返す皆に合わせて声を出そうにも、緊張のあまり掠れた音しか出てこない。


 前世でも周りが発言して、自分だけが何も言えなくて黙ってしまい、お前早く何か言えよみたいな空気に押しつぶされそうになって余計に焦ってしまうアレ。


マネ子『アリアさん、メメさん、イズモさん聞こえてます。あと1人、シロネさん聞こえますか?』


 向こうから、ボクのVtuberとしての名前が呼ばれる。

 アイコンからして、名前を呼んでいるのがマネージャーさんだろう。

 

「ハァハァハァハァハァハァ」


 心臓がバクバクと鼓動していて、呼吸が荒くなる。

 早く、早く何か言わなきゃ……。また、コイツが何も言わないせいで時間が潰れたとか言われちゃう……。


アリア『荒い息遣い……返事が無い……もしやシロネ……ナニをして―――――』

イズモ『アリアちゃん、シーーーー!それ以上は言ってはいけないよ!』

メメ『でもイズモ、もしヤッていたr――――――』

「やってませんから!?なんで会議通話でそんなことしているんですか変態過ぎでしょ!」


 あまりの風評被害で緊張も忘れてツッコミを入れてしまった。

 このまま放置していたら、本当に変態になりそうで怖い。


マネ子『あ、やっと返事がありましたね。シロネさん大丈夫ですか?』

「え、あ、その……はっはぃ…………」


 ダメだ。さっきは我を忘れてツッコミをしたけれど、冷静になると長文を話すことが出来ない。

 うううぅぅ怖い。何を話せば良いのか分からないのがとても怖い。


マネ子『……ダメダメそうな雰囲気ですが、まずは自己紹介から始めましょう。まずは私から、今回3期生の全体マネージャーを務めさせていただきます津田つだ美津子みつこと言います。普段はマネージャのマネ子とお呼びください』

メメ『マネ子ぉ?なんでですか?』

マネ子『何処で、どの様に情報が流出するか分かりませんから、皆さん同様に役者名として呼んでいただく方針です』

アリア『なるほどね!』


 軽快に進む会議。しかし、ボクは全く会話に入れてない。

 みんな初めてだよね?なんでそんなに会話できるの?コミ力つよつよか?


アリア『それじゃあ次は私から!3期生の音町おとまちアリアです!テレビゲームやパソコンゲームも大好きだけど、一番大好きなのは歌う事です!』


 3期生の内容はまだ社外秘となっているが、既にビジュアルなどは決定している。

 音町アリア。イメージカラーは水色で、アイドルの様な衣装をしている。水色髪に勝気な金色瞳。


メメ『それじゃあ次はメメですねぇ。同じくぅ、3期生の花咲はなさきメメです。ゲーム全般が大好きで得意なので、ゲーム配信をいっぱいしたいです』


 花咲メメ。イメージカラーはオレンジとピンク。ダボっとしたカーディガンを来た学生でゆるフワなイメージ。オレンジ色の髪にはピンク色のメッシュが入っており、瞳は薄紫。


イズモ『ヤッホーイ、次は私だね!同じ3期生の世闇よやみイズモです。ゲーム配信も雑談配信もお歌配信もしたいし、沢山コラボ企画がしたいです!』


 世闇イズモ。イメージカラーは黒。なんとここに来て角ッ娘。黒髪から生える焦げ茶色の巻角を生やした悪魔娘。


「…………」


 皆すごいなぁ、ちゃんと自己紹介出来てると感心していれば、会議通話に沈黙が流れる。

 どうしたのだろう、続きは?


マネ子『あの~シロネさん?』


「ひゃい!?」


 急に呼ばれてビックリ。

 何か悪い事をしてしまったのかな!?


マネ子『自己紹介をお願いします』


「あっっっっっ……」


 そうだよね、自己紹介お願いしますと言われていたのだから、残りはボクだけ。

 良い流れで来ていたのにそれをぶった切る様な真似をしてしまった……、どうしよう、コイツ何やってんだよとか思われてハブられたりしたら……。


「えっ、あ、あっ、ああっ……ヒッグ…………」


 ダメだ、想像するだけで体が震えて涙が出てくる。前世で緊張しすぎでまともに発言が出来ずにボッチになったトラウマが蘇る。

 更にこの通話前に、ディスコードでお互いをフレンド登録した際に同期3人からチャットが来ていたが、返事が決らず既読無視をしてしまっていた。

 もう完全に駄目なヤツ、嫌なヤツと思われているに違いない。

 

 もう無理、この通話から逃げたい……。


「ヒッグ、ヒッグ……」


イズモ『シロネちゃん泣かないで!ほら、ファイトだよファイト!』

アリア『そうそう!シロネが人見知りだって知ってるから、落ち着いて話してくれればいいから、ね?』


「し……てる……?」


 初合わせのはずが、既にボクのポンコツ具合が知られている……だと?

 情報漏洩は一体どこから。


マネ子『こうなる気がしていたので、他の皆さんには事前にシロネさんの事を話させていただきました。ここにはあなたを急かす人も、ヤジを飛ばす人も、貶す人も居ません。ゆっくりでいいので話してください』

メメ『そうですよぉ。それに皆からのチャットを頑張って返信しようとしていたことも知ってますから』


「な……んで、知って……?」


 チャットの文字を打ち込んでは消して、また打ち込んでは消して。そうしているうちに纏まらなくて返信を諦めた苦い思い出。

 その後、返事すらまともに返せない自分に自己嫌悪して枕を濡らしたのは記憶に新しい。


メメ『シロネちゃんは知らないかもだけどぉ、チャット欄見ていると、誰かがチャットを打ち込むと【打ち込み中】って出るんですよぉ』


 メメちゃんの言う通り知らなかった。

 ボッチで過ごしてきたボクは、誰かとチャットをする機会が無かった。同期からのチャットも新着音で気が付いたのだから知る機会はなかった。

 

 でも、そうか。まだ頑張ればどうにかなるかもしれない。

 ボクは勇気を振り絞って声を出そうと、あぁ……鼻水が少し垂れて来た……。


「ズルルルルル。……え、えっと、3期生の振上ふるうえシロネって……いいます。歌や、読書、ゲーム、絵を描いたり……します……」


 振上シロネ。イメージカラーは白。こちらも人外枠で白髪の上にちょこんと乗っかる猫耳。青色のまん丸瞳が涙を携えている。

 

 2次元キャラが涙目になっているのは良いよね。リアルでは分からないけど。

 ボクがなる振上シロネ。イラストレーター、所謂ママと呼ばれるキャラの生みの親はtotto先生だ。


 イラストは知っており、むしろ好きなイラストレーターの1人だ。

 VTuberを手掛けるのは今回が初めてだと思う。そう思うと、なんだか感無量だ。

 イラストレーターははVTuberの触れ合いは、ツイッターやYouTube配信などでも良く見かけることができる。

 それを自分が出来ると思うとドキドキする。


 早くあなたの娘です!って産声をあげたい。


 でもボッチコミュ障なボクが、自分から声を掛けることが出来るわけが無い。

 しかし……しかーーーし!VTuberとは自分の生みの親をビジュアル設定と共に紹介するツイートを流すことが多い!

 そう、これによって半ば義務的に、自動的、必然的に関わることが出来るという素敵な文化!


 想像したら、ちょっとだけ元気が出て来た。


マネ子『はい、皆さん各自の自己紹介が終わりましたね。それでは、今後の配信などの方向性やキャラクター性に関して話していきたいと思います』


 すると、ピョコンとファイルが送られてきた。


マネ子『こちらは社外秘資料となりますので、流出させないよう気を付けてください』


 マネ子さんの言葉にドキドキしながら慎重にファイルを開く。

 そこから出てきたのは、ボク達のキャラクター設定資料集だった。


 振上シロネ:極度なコミュ障で人見知りが激しい猫。どこの群れにも馴染めずに寂しい思いをしていたところ一念発起し、友達を増やすためにVTuberとして活動することを決意した。

 ※語尾に「にゃー」をつけても良い


 音町アリア:アニメやゲームが大好き。それ以上に歌う事が大好き娘。アイドル活動の一環としてVTuberになることを決意。


 花咲メメ:三度の飯よりゲーム。1人でゲームをするのも大好きだけど、他の人とも遊んでみたいからVTuberとして活動し始めた。


 世闇イズモ:雑談枠したい!歌枠したい!ゲーム配信枠したい!それよりもコラボ企画したい!と我慢ならずに魔界から飛び出してきた悪魔娘。


 書いてあったのは、2次面接で語った……ような気がするVTuberになりたい動機を擦り合わせた設定。

 緊張のし過ぎで何を言ったのか半分近く覚えてないけど、多分友達が欲しい、みたいなことは言った覚えがある。流石にお母さんが書いた百合百合な部分は省かれている。


イズモ『マネ子さん、これってもしかして私達が面接で語ったことがそのまま設定になってます?』

マネ子『はい。ウチの方針で、その人独自のキャラクター性を押し出していくのが売りなので、素材を活かしました』

アリア『という事は、シロネのこれって………』

「ビクッ……」


 もはや訂正不可能レベルで、コミュ障ボッチクソザコ野郎だとバレた。

 いや、元からバレている気がする……もう煮るなり焼くなり好きにしておくれ…………。

 

アリア『シロネ!』


「ミャッ!?はっはひ!」


 大きい声で呼ばれて変な声が出てしまった。心臓に悪いから急に大声で呼ばないで欲しい。


アリア『私と友達になろうよ!』


「うぇえええええ!?」


 まさか、都市伝説レベルの「私と友達になりませんか」がこの世に存在していただと!?


メメ『私達は同期、むしろ友達以上の関係ですねぇ』


「ミ゛ャ゛ッ!?」


 既に友達をも超越していた…………!?

 なんでなんで、どうしてどうして、ボクの知らない間に何が。

 陽キャこわいガクガクブルブル。


イズモ『こらこら、お二人さん。急に距離を詰めるから子猫ちゃんが驚いているでしょ。こういう時はゆっくりと近寄ってあげないと』

アリア『大丈夫だよ。ほ~~~ら怖くない怖くない、チッチッチッ』


「誰が猫じゃいッ!」


メメ『いやぁ、猫じゃないですか』


「あっ、そうだった……」


 そうだ、シロネは猫だよ。チキショー!

 こうしてボク達の初打ち合わせは過ぎて行った。


 初打ち合わせの後、久しぶりの対人コミュニケーションにより体力がゼロになった僕はベッドに倒れ伏し眠りについた。


 それからは初配信、Vワールド3期生の、ひいては振上シロネのお披露目の為にどの様な配信にするかを考え試行錯誤していった。もちろんお母さんにも相談に乗って貰いながら。


 打ち合わせの後、何度も同期達からチャットが来るようになりオドオドしながらも、どうにか返信をする。チャット音に毎回驚いてしまうので早く慣れたい。


 雑談しながら作業しよう、などと誘われもしたが緊張してしまい作業どころではなくなってしまうので何度も断ってしまったが、それでも何度も声を掛けてくれるのだから、同期のみんなはとても良い人だ。でも、強制的に3期生同士のグループ通話に入れるのはよして欲しい。(4回あった)


 ボッチ2周目の僕は、誰かと話す切っ掛けになればと思いデジタルで絵を練習したり、歌を練習したり、動画を作ってみたりと無駄にスキルアップばかりしていたおかげでイラストで少しお仕事貰えるレベルにはなった。

 その甲斐あって配信画面を栄えさせるためのアニメーションだったり、配信開始前の待ち受けイラストなどを自作。まずまずの出来になったと自負している。


 準備や話す練習をこなしつつ、更に日が経ち。


「うううぅうぅぅ、文章はコレでいいかな……おかしな所ない?」


 ようやく初回配信の日程も決まり、Twitterで振上シロネとして活動を開始する時が来た。

 お母さんに相談して自作したイラスト付きツイート。

 何故か涙目で震えている姿を描いてくださいと言われたので、そのまま描いてみたけれどコレで本当に良かったのかな?

 マネ子さんに見せたらOKサイン貰えたので、良いんだろうけど……。


「おっ男は度胸!えいっ!」


 自分を鼓舞してツイートボタンを押す。


振上シロネ@Vワールド3期生 @shirone_huruue 今

 生みのママさんはtotto(@totto104)先生です!

 いっイジメないでください


 ついに振上シロネの初ツイートが投稿された。

 文章もイラストみたいな内容だけど、これ滑ったりしないかな。

 そう思っていた矢先、


ピョコン


 ツイッターの通知にマークがついた。

 それも連続で。


「ミ゛ャ゛!?なっなんかすごいことになってる!!!」


 通知欄を開けば数多くのリツイート、いいね、コメントの数々。


『これはイジメたくなる』

『嗜虐心を擽る』

『この顔はセンシティブ』

『(*´Д`)ハァハァ』

『かわよ!』

『イラストかわいい』


「ヒェッ……」


 友達も居ないボッチの僕は、Twitterと言えばただの情報収集の場所でRTやコメントなど貰う事が無かった。

 それなのに、もうRTといいねが100超えて、コメントも2桁。


「…………なにこれ怖い……」


 あまりの多さに恐怖心が沸き上がる。

 緊張と困惑のままTwitterを閉じようとした瞬間、気になるコメントが出て来た。


totto @totto104

シロネちゃん絵上手!しゅごい!


 なんとtotto先生からのリプライ。


「わっわっわっ!コメント、コメント返さなきゃ!」


 さっきまでの恐怖心で一杯だった頭が一気に歓喜一色になった。

 はやく、早く何か返さなきゃ!


振上シロネ@Vワールド3期生 @shirone_huruue

Replying to @totto104

 tottoママ!


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……」


 勢い余ってつい先生をママ呼びで、しかもそれしか書いてないリプライを送ってしまった。

 やっちまった。完全にやらかした。


 これはお詫びの文章を送らなくてはいけないのでは?

 運営にもごめんなさいするべき?


 一気に血の気が引いた頭でどうしようと悩んでいると更にリプライが返ってきた。


totto @totto104

Replying to @shirone_huruue

 娘よーーー!応援してるからね!


「tottoママ…………」


 その返信を見た瞬間、目の前がボヤけてきた。

 本当はもっとちゃんとしたコメントを書きたかった。あなたの娘です、頑張りますと書きたかった。

 

 上手くできなくて悔しい。でも、それ以上に当たり前の様にリプライをくれるのが嬉しい。

 ありがとうtottoママ。僕はその気持ちを更にリプライで返した。


振上シロネ@Vワールド3期生 @shirone_huruue

Replying to @totto104

 がんある!


「ミャァァァァァァァァアアアアアアア、タイプミスしたまま送っちゃったーーーーーーーーー!」


 僕はすぐさま自分の失敗から目を背ける様にベッドへ潜り込み夢の国へ旅立った。

 その後、この一件(もしくは一連?)のツイートがちょっとした反響を呼び、リツイート8,000以上、いいね10,000以上のバズリをしたことを後ほど知り悲鳴を上げるのであった。


「ミ゛ャ゛!?なにこのリツイートといいね。フォ、フォロワー8,729人!?……」


 そして僕は布団にまた潜った。


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