2話 振上シロネの初配信

 ついにやって来たこの時。

 振上シロネ初配信まで後2分。


「ううぅぅぅぅぅ、緊張する……」


 普段の部屋着はニットに短パン、下着はトランクス。え、ブラジャー、ショーツ?そんなものはツルペタすとーんな僕には要らないんだよ。体は女でも心はいつでも男なのだから!

 それでもこんな時はコレを穿きなさいと、お母さんに無理やり穿かせられた赤のショーツ。何だか締め付けられて余計に落ち着かない。


 すでに同期達の初配信は終えており、トリを任されており責任重大。

 世闇イズモ、花崎メメ、音町アリアに応援メッセージを決死の想いで送ったり、みんなの初回配信を眺めて興奮しながら過ごしていたが、いよいよ振上シロネの番。


『《振上シロネ/Vワールド3期生》自己紹介枠初配信


 そう書かれた既に配信前の枠、所謂待機所と呼ばれるコメント欄にはたくさんのリスナーさん達が居る。

 チャンネル登録者数1……1万人超え、ヒェッ!

 待機人数も1万以上で同期の中では最多、ヒェェェ!

 見なきゃよかったよおおおおおああああああああ……。


 コメントで変な事書かれていたら心が折れそう、なんて考えておきながらつい見てしまう。

 すると見たことある名前がチャット欄に流れた。


totto:シロネちゃんがんばえー!


「tottoママ!」


 Twitterでも応援してくれたのにここでも!

 嬉しさが込み上げてくる―――


「tottoママが観てくれてる……がんば……ダメだ余計に緊張してきたよーーーーー!」


 だってだって!変な配信をしてしまったら、こんな子が自分の娘なのかって失望されちゃうかもしれないじゃん!

 

 どうしよう、あと1分で始まっちゃう。

 えっと配信ソフト、配信画面、マイク、音量調節、映すためのスマホカメラ、考えたカンペ……よし、大丈夫……なはず……。

 何度も確認をしてもこれで良いのか分からなくなってきた。


 そしてついに、配信予定時間になった。


「ええいままよ!……はっ配信開始!」


 錯乱気味にカチッと配信開始ボタンを押し、オープニングアニメーションを流す。


コメント:お!

コメント:何か始まった

コメント:ナニコレ可愛い

コメント:wktk

コメント:オープニングだ

コメント:これあるのこの子だけだよね

コメント:誰かに作ってもらったのかな?

コメント:ちびシロネちゃんかわいい


 話題作りの為にと思い練習した動画編集技術とイラスト技術により作られた、簡単なオープニング。

 やっぱりこれがあると配信として締りがある。

 どうやらコメントの方でもまずまずのようだ。


 画面にはミニシロネや等身大のシロネの絵がコミカルな表情で映し出される。

 そしてついに、アニメーションが終わり配信画面に振上シロネぼくが映し出された。


コメント:きたーーーーー!

コメント:キターー!

コメント:きた!

コメント:来たぞーーー!

コメント:まってました!

コメント:やったーーーーーーーー!

コメント:ビジュアルは一番好き

コメント:どんな子なんだろう

コメント:キターーーーーーーー!

コメント:キターーーーーーーー!

コメント:キターーーーーーーーーー!


「ミャ!?」


 先程よりも多いコメント。まさに怒涛のように押し寄せてくる。


コメント:ミャ?

コメント:ミャ?

コメント:ミャ?

コメント:猫?


「ねっ猫じゃないです!」


コメント:いや猫でしょ

コメント:うん猫だね

コメント:猫耳やんけ!


「あうっ……そうだった」


 ついツッコミを入れてしまったが、ここは予定通りのコメントが流れる。

 うん計画通り……ほっ、ほんとだよ。


 打ち合わせでも、猫否定からツッコミをしてもらう流れを作って定番化して行こうと言われて、出来るか不安だったけど咄嗟に出てしまった。


コメント:自分は普通の女の子と思おうとしているヤツかな

コメント:かわいい

コメント:猫であることを忘れる猫娘

コメント:だがそこが良い


「あっあっあっ、コっコメントがたくさん……どうすれば……」


 早すぎて目で追いきれない。


コメント:緊張しているの初々しくていいね

コメント:ほかの子達は少しこなれてる感あった

コメント:深呼吸して落ち着こう


「そっ、そうですね。深呼吸して、落ち着きます……ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」


コメント:なんでラマーズ法w

コメント:草

コメント:草

コメント:生まれるwww

コメント:すまない、生まれたのは俺だ

コメント:いいや俺だったわ


「生む!?あっ、まちがえた……あれ、深呼吸って、これ以外何があったかな……?」


 ダメだ、緊張のあまり頭の回転が。はやく、早くどうにかしなきゃダメなのに……。


「あっ、うっ……グスッ」


コメント:あれ、泣いてる?

コメント:大丈夫?

コメント:ほ~~ら怖くないお兄さんですよ~~~

コメント:お巡りさんコイツです

世闇イズモ:シロネちゃんファイト!

花咲メメ:シロネがんばれー

音町アリア:がんばれがんばれ!

コメント:同期おるやんけ

コメント:同期もよう観とる

コメント:お、てぇてぇか?


 歪み始めた視界、そんな中、流れるチャット欄に同期達のコメント。

 それを見て頭がクリアになる。


「あっみんな!えっ、あっ、ああっ、アレ、アレ付けるのどうするんだっけ、スパナを付けるのは、えっと、えっと……」


 スパナを付けるとはモデレーターと呼ばれ、チャンネル運営者が指定でき、不適切な内容のコメントが無いかチェックしたり、コメントの削除が出来るユーザーにすることだ。

 Vtuberなどは、同業者などに付けることが多い。付けられると名前が青くなりスパナマークが横に付き、配信者、ほかの視聴者から認知されやすくする意味合いもある。


「ついた!やった!やったよイズモ、メメ、アリア!」


音町アリア✓:✌いえーい✌

花咲メメ✓:出来てえらい

世闇イズモ✓:すごーい!1人で出来てえらいよシロネちゃん!


「えへへへ」


 褒められた!

 やれば出来る子と家族から、良く言われる僕。さす僕!


コメント:同期てぇてぇ

コメント:同期てぇてぇ

コメント:同期てぇてぇ

コメント:喜んでるシロネちゃんてぇてぇ

コメント:なにこの猫かわいい


 同期皆のおかげで少し落ち着いた。

 って、ヤバイ。放送経過時間を見たら、既に5分も経っている。

 30分しかないのでサクサク進めなくちゃ!


「あっあの、ごめんなさい。その、早く自己紹介しなくちゃ、ですよね」


コメント:ええんやで

コメント:いいよ

コメント:あくして

コメント:お、ようやくか

コメント:落ち着いていこう

コメント:同期にはタメ口なのに、敬語なの草


「えっと、初めての方には、敬語に、なってしまうので……ごっごめんなさい」


コメント:そうなんだ

コメント:OK

コメント:仕方ないね


「みっ皆さん、ありがとう、ございます。では自己紹介を」


 一旦落ち着かせて、事前に書いたカンペを見る。


 配信ソフトを弄り、運営から配られた設定資料を画面に映し出す。

 そこには名前、キャラ設定、全身像、チャームポイントなどが書かれている。


「ボクはVワールド3期生の振上シロネと言います。えっと、極度なコミュ障で人見知りが激しい子猫。どこの群れにも馴染めずに寂しい思いをしていたところ一念発起し、友達を増やすためにVtuberとして活動することを決意しました。それと猫じゃないです」


 対面しているのが文字だけなので、通話よりも緊張しないので助かる。


コメント:猫だ

コメント:やっぱり猫

コメント:逃れられぬ猫

コメント:猫やんけ!

コメント:※語尾に「にゃー」をつけても良いって書かれているんだよなぁ

コメント:※に草

コメント:www


「ミャア!」


 まさかのトラップ。米印の所が書かれたままだった!


コメント:悲鳴が猫っぽくて草

コメント:悲鳴かわいい

コメント:にゃーつけてみて

コメント:きっとかわいい

コメント:ネコ語はよ


「つけません!猫じゃないんでつけません!もう次行きます」


 ツッコミを入れたら更に落ち着いて来た。

 ようやくまともに話せそうだ。


「えっとですね、生みの親であるイラストレーターさんはtotto先生です!とってもかわいい絵を描く方で、ぜひ皆さんも見てください!」


コメント:totto先生か

コメント:俺は知らない

コメント:しってるしってる

totto:シロネちゃんかわいいよ!

コメント:本人居たw

コメント:自画自賛っぽくて草

コメント:待機の時居たよね


「あああtottoママ!待機所でもコメントしてくれてありがとうございます!tottoママにもスパナスパナ……できた!」


totto✓:ありがとう!

コメント:シロネちゃんにママって言われたい

コメント:お前がママになるんだよ

コメント:お、俺が!?

コメント:ちげーよ!

コメント:悲報 リスナーがママになる

コメント:そういえば開始ツイートした?

コメント:ツイートしてないね


「へっ?ツイート?……アッッッッ!」


 開始ツイートとは、配信を開始する際に配信者がツイートすることで気が付いてない人、Twitterをフォローしている人に知らせる行為だ。


「ごごごごめんなさい!いっ今からしてきます!」


 急いで配信画面にある共有からTwitterで放送を開始していることを謝罪文と共にツイート。


「ツっツイートしてきました。教えてくれてありがとうございます……その、次行きますね」


コメント:ツイえら

コメント:開始ツイートえらい

コメント:えらい

コメント:謝れてえらい


 配信画面を切り替えて、今度は個人プロフィールへと移る。

 顔写真の横に名前、年齢、身長、嫌いなもの苦手なもの、好きなもの、やっていきたい事が書いてある。


「はい。名前は置いといて、年齢は19歳、身長は143cm、嫌いなものはオバケや絶叫マシーン、苦手なものはホラー系なんですけど、こう、ついホラー映画とか観ちゃいます」


コメント:わかる

コメント:怖いの分かっていてもつい見たくなっちゃう

コメント:そしてトイレに1人で行けなくなるんですね分かります

コメント:つい観ちゃうのわかりみ深い


「トっトイレは1人で行けます!……明るければ。そっそれで好きなものなんですが、ゲームや絵を描いたり歌ったりするのが好きで、好きなVTuberは先輩である九津々海先輩です。初期配信から追っていて推してます」


 九津々ちゃんがお母さんだったことは、今は忘れておこう。


コメント:意外と古参で草

コメント:ぱいせん!

コメント:俺も初期から観てる


「あと、最近の推しは同期3人です。皆さんは初回配信観ましたか?とっても良かったですよね!イズモはほんと話し上手で、すごい包容力あるんですよね。気配り屋さんだけど、ちょっとお茶目なところが魅力的でいいんですよね!」


コメント:そうなのか

コメント:一番の早口

コメント:草

コメント:草


「メメはほんわかした口調で可愛らしいんですけどね。実はすごい持久力があって、それこそ一日中ゲームしてるんじゃないかって思う程ゲームしていて、上手で楽しそうにプレイするんですよ!ぜひ彼女がゲーム配信する時は一度見てみてください」


コメント:ゲーム配信助かる

コメント:耐久配信になりそう

コメント:これは期待


「それでアリアはですね。本人も言ってましたが歌が上手なんですよ!普段あんな風にハイテンションな感じで可愛らしいんですけど、歌い始めると少し凛々しくてカッコ良くてギャップ萌えなんです!早く彼女の歌枠が観たいです!」


コメント:最後は自分の願望になってて笑う

コメント:ほんと草

コメント:もはや同期紹介枠

コメント:むしろ惚気枠では


「のっ、惚気てないですよ!むしろ同期同士のコラボとか観ててぇてぇってなりたいぐらいです!」


 流石に自らが百合百合したいとは言えない。


コメント:なんだ俺達か

コメント:欲望に忠実で草

コメント:欲望の塊


「メンバー限定配信とかできるようになったら同期とかの配信をリスナーさんと同時視聴する枠とか取ってみたいですね」


 つい調子に乗って、同期に関してアレコレと語っていると楽しくて時間を忘れてしまいそうだ。


世闇イズモ✓:シロネちゃん時間!

コメント:イズモまま優しい

世闇イズモ✓:ママじゃないが!?

コメント:そういえば時間が


「えっ……ああああ!残り時間5分しかない!!!」


 自己紹介枠は1枠30分。まさに時間を忘れていた。

 どうしよう。ファンネーム《自分のファン達の総称》や推しマーク《自分のファンだと分かるためのSNS等で名前の後ろにつけるマーク》、ファンアートタグ《自分を描いてくれた物を検索しやすくするタグの事》など決めてないのが多い。このままだと初回配信が放送事故でおわっちゃう!


 慌てて画面を切り替える。


「あっ、えっと、ファンネームとか推しマークやタグ系決めてない……どうしようどうしようどうしよう!」


コメント:ファンアートタグはシロネ写真

コメント:そのまんまで草


「そっそれで行きましょう!ファンアートタグはシロネ写真で!」


 カタカタッと文字を打ち込み決まったものを入れていく。


コメント:ファンネームはご主人様

コメント:安直だろ

コメント:シロ友


「あ、ファンネームシロ友にしましょう!」


 あまり考えていられない。タイムリミットはもうあと1分半。


コメント:推しマーク(驚いている猫の顔)

コメント:まさに今のシロネちゃん


「それ!推しマークは(驚いている猫の顔)でお願いします!後ほどツイートでも流しますので確認をお願いします!それではボクの初配信に来てくださ―――」


 最後まで言い終える前に配信終了時間。

 誰がどう見ても完全にやらかし案件。


「あぁぁ…………」


 ボクは無言で配信終了画面を見つめ続けた。

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