Ⅴ 改革
しかし、そんな覚悟を決めていた私に思わぬ助けが現れた。
領主ザックシェン公フレドリッチ三世が私の庇護を表明し、公の居城に匿われることになったのである。
なぜ、そのようなことになったのか?
じつは、私自身にその意図はなく、最近までまったく知らなかったのであるが、私が預言皇庁に送った108ヶ条の問題点に関する直訴状が大量に複製され、帝国領内に広く流布されていたのである。
しかも、私は公用語であるイスカンドリア語で直訴状を書いたのだが、ご丁寧にもここら辺で用いられているガルマーナ語に訳されたものがである。
どうやら、私と同じように現在のプロフェシア教会、ひいては預言皇に対して密かに疑問を抱く人々は思いの外に数多く存在していたらしい……ありがたいとことに、フレドリッチ三世公もその内の一人だ。
加えて、王侯世界の政治的駆け引きが私の追い風となった。
ザックシェン公もまた皇帝選挙の選挙権を持つ選王候の一人であるが、その選王侯が選出する神聖イスカンドリア皇帝と預言皇は、各々、聖界と俗界の最高権威として微妙な力関係にある。
預言皇は皇帝の叙任権を持っているため、その叙任権を巡って長く対立を深め、各国の王侯や貴族もそれぞれの勢力に分かれて争ってきた。
そんな中、メディカーメン家出身の現預言皇レオポルドス10世は、近年、皇帝位をほぼ世襲しているハビヒツブルク家を牽制するため、選王侯であるザックシェン公をないがしろにはできず、私が公の庇護を受けると、それ以上、追求の手を強めることはなかったのだ。
これは、神が私に腐敗し切ったプロフェシア教会の改革をせよと言っているに違いない……あの雷に撃たれた災いも、私が罪の問題に悩んで『聖典』を紐解いたことも、すべてはここに導くためだったのである!
この運命の悪戯に、私にはそれが神の意志によるものとしか思えなかった。
今や私にはザックシェン公という強い後ろ盾ができ、志を同じくする聖職者達も集まり始めている……。
ならば、やってみせよう……私の手でプロフェシア教会を、はじまりの預言者イェホシア・ガリールの説いた真の教えに立ち戻らせるのだ!
そのためにはやはり、後に付け加えられた『聖釈』を排し、『聖典』のみを教えの根拠とするべきであろう。
私の直訴状の例に習い、聖職者でなくともより多くの者が『聖典』に触れられるよう、ガルマーナ語訳の『聖典』を出版するというのもいいかもしれない。
そして、本来の教えの根幹である、私がたどり着いたイェホシアの真の預言――「常に神を心に想いさえすれば、誰もが神の御言葉を預り、その御心に沿って義に生きることができる…」という真理を――私はこれを〝想神義認〟と呼ぶようにしたが、これを教理の支柱としよう。
故に、新たな我らの教会には預言皇はもちろん司教も司祭も必要ない。心に神を想う限り、信徒一人一人が預言者であり、司祭なのだ。
また、今はザックシェン公の威光で守られているものの、当然、預言皇庁と現教会は我らを全力で潰しにくるであろうから、理論武装ばかりでなく、現実的な武装も必要不可欠である。
それは戦に勝つための兵力に限らず、森羅万象に宿りし悪魔を思いのままに操る、 強大な〝魔導書〟の力をももちろん含む。
かつて、イェホシアも古代ダーマ人の王ソロモン同様、天使ばかりか悪魔をも手足の如く使役していたと『聖典』には記されている……預言皇庁は「邪悪なる危険な書物」として禁書にしているが、魔導書の魔術は別にイェホシアの教えに反するものではないのだ。
表向きは禁書と謳い、現状では魔法修士の属する修道院が独占している魔導書を我らも入手せねばなるまい……。
ここに至り、私は本格的に預言皇体制と対決する覚悟を新たにすると、匿われているザックシェン公の城内の一室で机に向かい、正しきイェホシアの教えを広めるための著作の執筆に着手した。
編者追記:
この後、マルティアン・ルザールに始まる教会改革派は〝ビーブリスト(聖典派)〟と呼ばれ、その運動の波は神聖イスカンドリア帝国領内はもちろん、隣国フランクル王国やエルドラニア王国、海を渡ったアングラント王国や北海の国々まで瞬く間に拡まり、〝レジティマム(正統派)〟と称される預言皇側と血みどろの宗教戦争を繰り広げることとなる……。
Der Konfession des Reformators~改革者の信仰告白~ 平中なごん @HiranakaNagon
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