Ⅲ 疑念
ところがそんな矢先、耳を疑うような話が耳に入った。
マイエンズ大司教のアルプニスト公が、神聖イスカンドリア帝国領内で大々的に〝贖罪符〟を販売しているというのだ。
贖罪符……それは、教会の発布するその赦免状さえ持っていれば、犯した罪が
いや、この贖罪符という制度、別にマイエンズ大司教が始めたというわけではなく、それ以前にも確かに存在していた。
教理としては、贖罪符を購入することは教会への寄付になる――即ち教会に尽くし、善行を積んだということになるので、犯した罪のある程度が許されるというものであり、その始まりは聖地〝ヒエロ・シャローム〟を異教徒の手から奪還する〝神の眼差し軍〟を組織するため、その莫大な費用捻出にとられた苦肉の策であった。
以降、大聖堂建設のためなど、教会が大きな事業を行う際の資金集めに行われることもあり、今回もプロフェシア教会の総本山・預言皇庁が置かれる〝サン・ケファーロ大聖堂〟改修のためというのがその名目であるが、預言皇が行うならばともかく、なぜマイエンズ大司教主導でそのようなものを売り出したのか?
そこはかとない疑問を抱き、事情通の友人司祭に探りを入れた私は、さらに愕然とさせられることとなった。
マイエンズ大司教は、広大な領地を持つ高位聖職者であるのはもちろんのこと、神聖イスカンドリア皇帝を決める皇帝選挙において、選挙権を持つ七人の選王侯の一人でもある。
そんな特権的地位にある大司教に叙任されるため、アルプニスト公は現預言皇レオポルドス10世に多額の献金をしたようなのであるが、その金の出所は大銀行家フンガー家からの借り入れだったらしい。
そして、その莫大な借金返済のため、広い司教区を統括する大司教という地位を利用して、アルプニスト公は独自に贖罪符の販売を始めたというわけである。
「自身の借金返済のために罪の問題を利用するとはなんたる傲慢! なんたる背信行為! 」
この恥知らずな話を聞いて私は大いに憤慨し、眼前の机に鉄槌の如く拳を叩きつけた。
いや、アルプニスト公もアルプニスト公なら、それを許した預言皇庁も預言皇庁だ。
贖罪符の件もだが、そもそもアルプニスト公は修道士でも長年司祭を務めた聖職者でもなんでもない。同じく選王侯の一人、ブランデーバーグ辺境伯の弟というただの俗人の貴族である。
即ち、選王侯という地位を独占して権勢を伸ばそうとする貴族に、多くの信徒を教え導くべき大切な大司教の座を金で売ったのだ。
いや、それをいえば預言皇レオポルドス10世とて、フィレニック共和国の名門メディカーメン家の出身であり、自らの徳や神への理解の深さからではなく、その資金力を背景にプロフェシア教会の最高位を手に入れた俗物である。
それに、そうした高位聖職者の腐敗も噴飯ものであるが、その〝贖罪符〟という制度自体、私のたどり着いたイェホシアの教えとは相容れないものであった。
人は、神を想い、その御心に沿って生きることにおいてのみ、真に義となることができる……その行いによって善悪が決まるわけでもないし、ましてやそのような紙ペラ一枚で罪が贖われるわけなどないのだ!
無論、そんな贖罪符のことは『聖典』に一言も書かれていないし、後年、新しい時代になってから『聖釈』に加えられたものである。
かつての私であったならば、この贖罪符の制度にもさして疑問を抱くことはなかったであろう。
だが、イェホシア同様、真の預言を得た今の私からすれば、この神を愚弄するような行いはけして見過ごすことができない。
義憤に駆られ、これを看過することはむしろ罪であると考えた私は、この背信的行為を禁止するよう、贖罪符及び罪の赦しに対する108ヶ条の問題点をしたため、古都イスカンドリーアにある預言皇庁へ直訴の手紙を出した。
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