ep5. 絵になる黄昏れ方で海を眺めている人は大体悩んでるから
3日目の横浜海岸は賑やかだった、冰沙子の実家に居候させて頂く事になったワタシは
居候先である冰沙子の実家と
しばらく雇って頂く事になった
直斗さんとそのお父様が共同経営する
海の家“熱帯夜”とダイニングバー“江ノ島”
で仮住まいとする為の準備やご挨拶を一通り終わらせたタイミングで3日目の横浜海岸。
この3日目の横浜海岸が賑やかな理由はこの海岸に並ぶ海の家等がこの日を境に全店オープンし、海水浴場としても人々を招き入れ始める
“海開きの宴“として各店舗関係者やこの海を愛する方々が集まり泳いだりお酒を呑んだりマリンスポーツをしたりとかく浜辺は大騒ぎしている。
一方ワタシは最近まで木更津でDV男と半強制同居をしていて親友の冰沙子の紹介でEATMEで調理人として働いていた
親友の冰沙子の後押しもあって横浜に逃げてきてDV彼氏と別れ、明日から熱帯夜や江ノ島の調理人として立つ。
これはとても良いことで、有難いこと、楽しいことなのだけれどなにせ実感がまだ湧かない。
心機一転ということでワタシも皆と同じ様にはしゃぐ気持ちにはなれず
今日会いにきてくれるという冰沙子を待ちながら落ちる夕陽を追って1人浜辺で黄昏れ海を眺めていた、その時だった。
「ねーお姉ちゃんこの街の人じゃないでしょ」
無視した、浜辺でのナンパなんて容姿が優れてなくてもされるもの、そういうものなのだし
仮に本気の好意で声を掛けられていたとしても最近までDVを受けていたワタシは次の出会いになんて気持ちで男性と接するのも怖い。
とは言ったものの、今日この場にいるということは近辺の店舗関係者もしくは今後お世話になるであろうお客様。
ここは1度働くものとしてご挨拶だけと思い顔を上げ声の主と目を合わせる。
綺麗なお目目で屈託のない、爽やかで飄々とした笑顔で笑ってるカメラを持ったお兄さんだ。
「わかりますか?色々あって冰沙子ちゃんっていう親友の紹介で直斗さんのお店、そちらの“海の家熱帯夜”とちょっと離れたところにあるそのお父様のお店”ダイニングバー江ノ島“で働く事になってこの街に来たんです
柊木波音(ヒイラギ ナミネ)と言います」
簡単な自己紹介だそれ以上発展するつもりもなかった
「えっ冰沙子の友達?俺冰沙子と知り合いだよ!藤春朝陽っていうの!あとその店の常連で直斗とマブ!!」
冰沙子の口からその名前を何度か耳にした事がある気がする
けれどその話を聞いていた時のワタシはDVで精神心的に疲れていた為
いつ、なんの話で聞いたかなんて覚えてなかった。
「えっそうなんですか?ワタシ、ヒサちゃんと専門学校時代の同級生で同じ職場にいた事もある親友なんです!」
挨拶程度のつもりだったが見知らぬ街で親友の名前を出されその知り合いという男性と話して浮かれてしまった。
これじゃナンパに簡単に引っかかるしDV男にも引っかかるわけだ…そう思っていたけど。
「なんで泳がないの?みんな騒いで浮かれてるのに全然じゃん!逆に浮いてるよ波音ちゃん!」
うーん流石冰沙子のお知り合いだ、悪気のない爽やかな顔でズバズバと物事を言うその様子を見て、とても彼女気が合いそうだ。
そう思った。
「なんで…ですか…?逆に朝陽さんはなんでワタシに話しかけたんですか?」
「絵になる黄昏れ方で海を眺めている人は大体悩んでるから!」
ふふっと不意に笑ってしまった、なんなのだろうかその偏見はという気持ちと少し当たっているよね今のワタシ
という気持ちから来るものだった、
思えばお酒を呑んでいる割にはボディータッチもないしナンパじゃなさそう
きっとこの方はこの場の空気に飽きちゃって
暇潰しを求めて話しかけて来たただそれだけの人なんだろう。
どうせお相手は酔っているわけだしこちらは素面だ。
という余裕もあって少し気持ちと口が緩んで言葉を交わした。
「悩んでる様にみえますー?」
「うんなんかわかんないけどね」
「テキトー言ってますよね?」
「至って真剣な心で言ってますテキトーなんて言葉で足蹴にされては困るくらい」
ふふっと2度目の笑いが漏れた気が緩んじゃうこの人の飄々とした口調が可笑しいし面白いし今のワタシには気が楽だったから。
「なに系の悩み?」
「これはなに系の悩みって言えばよろしいんでしょうかね〜」
自分の中でははっきりわかっているけどなんでかはぐらかしてみた
「んー海に入れない事情があるとかそういう系の悩み?」
「カナヅチに見えますか?一応ワタシが元いた木更津も海街ですよ」
と自然な返しをすると真剣な顔になって朝陽さんはいう
「いやそういうことじゃなくて、長袖長ズボン暑くない?海でなんで露出減らしてんの?」
1番聞かれたくない事だった
「ほらカナヅチだぁー!じゃないならもしかして…水着持ってなかったとかならこのまま海入っちゃおうよー!」
朝陽さんが何気なくつまんできた袖口から彼の指が離れた際に少し私の手首に彼の指が掠めた
「痛ったい…」
「あっごめん…」
あ…最悪だ。
誰にも気を使わず気持ちを素直に口にして良いならこの言葉が出ただろう
長袖の袖口がめくれて手首の線状の傷がはだけてあらわになる。
「ネコちゃんいっぱい飼ってるんだね…。」
流石の朝陽さんもそれを見て飄々として口調でいれなかった様子でワタシの傷を心配した目でみた。
「お酒呑めるお歳の方なら女性の手首にある傷がなにかなんてわかりますよね普通」
あ…最悪だ、ワタシってばかなり感じ悪い慌てて謝ろうとしたら先に
「ごめんなさい…」と真剣な顔で彼に謝られた。
なんで貴方が謝るんですか悪いのはワタシですそう思ったら
「なんで貴方が謝るんですか悪いのはワタシですそう思ったでしょ」
なんて一語一句違わず図星をついてきた
「俺はそれ見ても気持ち悪いとか思わないから安心してね」
ワタシの無言をその言葉で貫いてきた
そういう言葉はありがたい時もあれば迷惑な時もある
けれど今迷惑をかけているのはどちらかと言えばワタシの方
もういっかどうせ明日には忘れるよね酔ってるだろうしと思って口に出した
「独り言だと思って聞いてください」
独り言と言ったのに朝陽さんは律儀にこちらに顔と気をむけて下さって続くワタシの言葉を待つ
「海に入らない理由これなんです、リスカってやつ。
潮水は流石にしみて痛いから、水着を着ないで長袖なのもそれ
じゃあ下は?って?アザがあるんです長袖長ズボンで見えない位置にいっぱい」
「DVってやつ?誰からの…?あ、ごめん独り言だったね続けて」
ふふっと3度目の笑みが出た聞いてくれるだけでも充分律儀な人なのに独り言という定で吐き出すワタシの事情を、その定をしっかり守って聞いてくださるスタンスが可笑しかった。
「元カレです、それから逃げて、ていうか別れろよってヒサちゃんに怒られて初めましての直斗さんに迎えきてもらってヒサちゃんと直斗さんの協力で“元カレ”になれてここにいる、っていうかなにも伝えずに逃げて来たから向こうはまだ続いてるって思ってるかもだけどそれだけです」
ゴクゴクとビールを呑む音を鳴らしたあとぷはぁーとこちらも飲酒欲が唆るくらい気持ちいい声を上げた後、少し溜める形で朝陽さんは口を開いた
「独り言…終わりましたか?」
相変わらずの笑顔だった
「はい、ご清聴頂き有難う御座いました」
「いいえ、お話し頂き有難うございましたその…なんて言おうかな…」
また朝陽さんは溜める…そりゃそうだよね。
話さない方が迷惑かけなかったかなぁ…そう思ってた。
「手首染みるなら手だけつからない様に上に上げて海入ろうよ、それか浅瀬に浸かるのもアリかも…あ、太ももとかもネコちゃんにやられてる?」
「なにそれおっかしいです!!!」
今度はふふっじゃなくて心の底から笑った
なんだその提案…ていうかネコちゃんって定まだ続けるんだ。
「あ、それとも本当はそっちがいいわけでほんとはカナヅチ…?」
「違いますから!!!」
「あーごめんごめん」
また真剣な目で謝る
「でもまあ…色々あるよね…大変だったね」
そう言ってありきたりな言葉を発してビールを全部体内に流し込んでまたぷはぁーってする。
それがあまりにも気持ちよくてみていた
「あ、ビールのみたかった?」
「いや私お酒呑めないです!」
可笑しくて仕方ない。
もう笑い止まんないなーDV男といた時はこんな笑った事なかったかも
「そか…まあ波音さんは悪くないよいっぱいがんばってきたんだから
迷惑かけるかもとかこの街では考えずにいなよ俺にもそれでいいし」
視界がボヤけた…徐々に。
汗とは違う雫で視界が遮られ写真を撮る時にピントが合わずに水面の光が玉状にボヤけたり
水平線の境目がわかんなくなるあの時みたいに
「あーまって泣かせちゃった?ごめん!ごめん!化粧落ちちゃうよ泣き止んで!!」
「いいですよ化粧落ちるぐらい殴られるよりか」
「ブラックジョークじゃん色白のくせに!!」
しょうもなく聞こえるかもだけど今のワタシにとってはこれもツボだった
「あーでも泣いてる顔も可愛いから〜化粧落ちても可愛いんだろうね〜ライン交換しとこー」
とふざけつつラインのQRコードをかざし
そうやって気を遣わせないような形で気遣いの言葉をかけてくれる
それがツボで息苦しくて砂浜に寝そべるとどうやら一部始終を見知った2人に見られていたっぽい
立川冰沙子ちゃんと弟の彩乃深くん兄妹だ。
「朝陽きもッッ」と言われてヒサちゃんに後頭部を蹴られてる。
追い討ちを喰らう様に
「あさーひー波に乗って木更津から横浜にきた美女を口説くな」
と砂浜に顔を押し付けられている。
「あっ波に乗って来た噂の美女って波音ちゃんのことか!噂通りだね!」
そう言ったせいで今度は
「「きもッッ」」と立川姉弟に同時に蹴られてる
不憫だなーおかしいなーこの街楽しいかもー
そう思いニヤつきながらコッソリちゃっかりと
朝陽さんが落っことしたスマホを拝借して、QRコードを読み取りワタシはよろしくお願いしますとスタンプを送った。
「あ〜...これって今日の事忘れないんだろうなワタシも朝陽さんもお互いに…。」
なんだかわからないけれどそう確信していたワタシだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます