ep3.“NAMINE“

「アンタこんな遠くまで朝陽に連れてこられたんだねー不憫だぁー」

そう開店準備中の冰沙子さんがいうのも無理はない

右往曲折あって僕がこの夏、働く事になったこのお店、“潮干狩り”があるのはおじいちゃん家がある横浜市の隣、横須賀市だった。


とは言え交通費全額補助、時給1200円その他諸々ホワイトで、冰沙子さんの知り合いという高校生バイトさんが

丁度僕のおじいちゃんの家がある横浜市在住らしくシフトが被る時はその方ついでに冰沙子さんが僕も送り迎えをしてくれるらしい

最高としか言えない。


「おーつかれさまでぇーす」

あくびをしながら右手に参考書、左手に大量の栄養剤等が入った袋を持ってスタッフルームに入って来た方が高校生バイトさんだろうかそう思い挨拶をする

「この夏の間だけ、お世話になります巫雨音といいます宜しくお願いします」

「んーーーよろふくれーふ」

ガボガボと眠眠打破を呑みながら眠たそうな顔で挨拶をする

「こら〜アンタ失礼でしょちゃんと挨拶しなさいよ〜あと高校生の癖に栄養剤と眠眠打破って…」

やっぱりこの方が高校生バイトさんか…と思ってたら

その方は次は栄養剤を飲みながら片手でご自分の名札を指差し “16歳”とサインを作りかなり簡単な挨拶を交わしてくれた

「同い年なんですね」

「あーそうなんだカンナリくん?だっけえよろしくね」

カンナリじゃなくてカンナギだし

色々と突っ込みたい節がおおくて見落としていたが彼の名札をよく見ると

“立川彩乃深”と書いてある冰沙子さんと同じ名字だ

「冰沙子さんの弟さんですか?」

「認めたくないけどそうみたい」

「あーや!!聞こえてる!アンタ雨音君の教育係だから、てかアンタ幾つ掛け持ちしてんのよ」

それに対して、2つと指でサインを作る彩乃深さん

「それってどことどこよ?」

「知っての通り朝陽さん御用達の海の家、熱帯夜とここだけだよ」

「んなわけないね確定申告書類みたらわかんのよ大人なめんな」

「なんで詮索するかなー全て知るのは到底無理なのに僕らはどうして〜…って姉ちゃんが好きなアーティストが歌ってたよ」

「大好きなアーティストの曲をそんな引用の仕方しないでくれる?

どうしてって高校生がなんでそんな金求めてバイトしてんのって心配するでしょ」

「そりゃあ、世界は愛で出来てないし金でできてるからだよ。

この世の真理だね、23歳なら知っててよ」

「でたよいつもの適当ないいわけで口癖、16歳なのにほんっっとマセガキ」

「怒んないで子供みたいだよお姉ちゃん」


そのやりとりを聞いてなんとなく冰沙子さんの弟さんだなぁーって府に落ちた

「いいから勉強だけしときなさいよほんとに」

「じゃあシフト入れないでくれる?勉強はしこたましてるから、法学部行きたいしもうすぐ入試だもん」

「どうせわけわかんないほかでバイトされるならうちで働いてくれた方が監視にもなっていいじゃん」

「あーそう。でも模試の結果バッチリおっけえだったよーだからカンナリ君、姉ちゃん無視して早く仕込みしよーよー」

「あっはいなにしたらいいですか?」

「包丁握れる?できるなら野菜切ろうか切り方見せて教えるよ」

「ありがとうございます」


そう言って仕事モードに移ったけど

ひと段落ついたところで親睦を深めるのも込めて聞いてみた

「なんで法学部にいくんですか?凄いですね」

「んーとねヤるだけヤって無責任に逃げるヤ○チンを法で裁くため」

嘘なのか本当なのかよくわかんない事を真顔でいう、姉さん譲りのぶっとんだ変人さんらしい

「はいおわりー」

「うわー相変わらずアンタ仕事はやいねー」

「慣れたから、あ姉ちゃん3つめのバイト先から電話きた出てくるね」

「あーごゆっくり。じゃなくてアンタ3つ目ってなによ!?」

「声デカイ、ここは単発バイトだからいいの心配ないよー

もしもしご連絡お待ちしておりました立川でございます〜」


と言って後半は電話声に声色を変えつつ

マイペースに出ていった

けど仕事は完璧…同い年とは思えない、ミステリアスな人だ。


「あの子掴みどころない不思議ちゃんに見えるけど

法学部はまじで言ってんの夜な夜な勉強してるし」

「確かに参考書片手にこられましたもんね」

「うん、あの子が寝てるところ送り迎えの車の中かここの休憩時間かしかみた事ないもんアタシは」

これは誇張なしの顔だってわかる、から素朴な疑問を投げてみた

「なんでそこまでするんですかね…」

「法学部出て法人立ち上げるんだって

掛け持ちバイトもそのための費用稼ぎだよ」

「法人…?」

「うん、うち母子家庭だからシングルマザーとその家族を助ける法人作りたいって」


良い人すぎる…それ以外の言葉が出なかった

し、僕の家も父を早くに亡くし母子家庭だから察するものと同時に尊敬の念が強く生まれた…

その瞬間彼は、はつらつとした笑顔で帰ってきた

「いぇーーーい!!!単発いちはちだってさー!!!」

「時給1800円ですか?」

「違うよー日給18000」

「「は!?それ大丈夫!?」」

冰沙子さんと声がかぶった

「大丈夫、横浜スタジアムのライブスタッフ

これで学費ノルマクリアだー!てか普通にオーバーだー!余ったお金家にいれよー!」


飄々としているが凄い事を言っている

なにがと口にすればキリがないくらい

「なおーとーにその日は熱帯夜休むって言っとこ〜っと…あ、お客さんきたよーシボレーだー」

シボレー…と言えばこの人って人が頭に浮かんだけど入ってきた人は正しくその人だった

「おーあさーひー!元気?姉ちゃんとより戻しにきた?なに食べる?なに飲む?」

「相変わらずマイペースでマセガキだなー雨音の様子見に来たの。

いつものでご飯も飲み物もいいよー」

「あさーひー俺にはいつものがなんだかわかんなーい」

といいつつ彩乃深さんはカウンターを乗り出しつつニヤニヤして朝陽さんに詰め寄る

「ロコモコと潮干狩りドリップコーヒーだから」

と冰沙子さんそれを見聞きしてオーオーよく分かるねーとニヤつく彩乃深さん

「「常連だからわかるよばか!!!」」

声を揃える朝陽さんと冰沙子さん

その朝陽さんの服が落ちた肩にチラついたものがあった

「あ…えっと…朝陽さんそれ本物ですか?」

「あーあカンナリくん地雷踏んじゃったね」

「いや地雷とかじゃないから、普通に本物」


えーすごい…ここに来てから未知との遭遇ばかりだと思ってみていると朝陽さんはそれをスッと戻して隠した

「高校生じゃ見慣れないよな、若気の至りってやつですよこれ、あとお守りみたいなもん」

「そうなんですね…」

「なに?怖い?こーいう人きらい?」

「全然!むしろ物珍しいというか…何個入ってるんですか?」

「4個」

「どれが1番気に入ってるんですか?」

「うちもものこれ」

そう言って朝陽さんは短パンを捲って見せてくれた英語の文字の羅列だった。

「どーいう意味なんですか?」

「“カメラマンならち○こ持たずにカメラ持て”ウケるよねー」

そう飄々とパワーワードを発する朝陽さん。

らしいと言えばらしい


なんだかここに来てから出会う皆さん良い人ばっかりで地元にはいない感じの人ばっかりで

ここでの生活は飽きなそうだ。

そう安心したけれど、1つ気になった事があるそれは朝陽さんの肩にある

ハートに巻かれたリボンに”NAMINE“と文字が描かれたタトゥーだった。

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