ep2.潮干狩り
あの日僕はやきそばをペロリと食べた後、
朝陽さんが呼んでくれたタクシーを待ち
「とりあえず明日のことは後でラインするよ、あ、俺たちライン知らないね」
と言われラインを交換し、タクシーに乗りおじいちゃんの家まで無事帰宅した。
ちなみに朝陽さんから僕は、結果的にタクシー代として諭吉さんを受け取った。
もちろんそんな大金直接受け取れるわけがないし、僕はそんなに図々しくはない。
だからタクシー代に関しては家に着いたらおじいちゃんに払って貰おうと思っていた
が、朝陽さんはタクシーのドアが閉まる直前に諭吉さんを車内に放り投げてきた。
色々とぶっ飛んでいる。
まあ明日会った時に返せばいいかと思い
「タクシー代ありがとうございます、残った分は明日返しますね」
とラインすると朝陽さんは
「え?なにそれ酔ってて覚えてないや、違う人から貰ったんじゃね?あ、もしかして誰かの財布からスったとか?やばいね僕ちゃん〜」
と、とぼけた返信をしてきた
絶対にあの人は覚えているし、絶対に僕は人様の財布からお金を盗んだりしない。
この手に余ったお金はどうしたものかと考えると同時に僕はこれからの事を沢山考えた。
この夏どうするか、じゃなくて長い長いこれからの進路の話だ。
というのも僕は専門学校に行きたい、行ける学力はあるのだけれどうちは母子家庭でそんな財力も無く 奨学金の審査も期待できないのだ。
だから母は「夏の間出稼ぎに出る、家を開けるからその間おじいちゃんの家で面倒見てもらいなさい」
と言って僕をおじいちゃんの家に預けた
この街に来た理由かつ、悩みの具体的な中身だ。
「あーあ、僕はどうしたらいいのだろう」
そうやってタクシー代の余りの7450円を眺めながら僕は呟いた
「やっぱりおじいちゃんの工房を継げばいいのかな〜」
今度は窓から見える工房でろくろをまわすおじいちゃんに視線を移し一人ささやいてみた
「そうすればお母さんも無理して働かなくていいし
おじいちゃんの工房も畳まなくていいよね…ね、ミナモもそう思うだろ?」
そう言って僕に擦り寄ってくる飼い猫のミナモを撫で抱えながらミナモの匂いを嗅いだ
朝陽のような匂いと潮の匂いが混ざったそんな香りだった。
「そうしよっと…でも諦めたくないな夢」
なんて本音が漏れたところでピコンとスマホがなり見ると朝陽さんからだった。
「その金別に返さなくて穴空いたスニーカー買い換えればいいよ
気が引けるんならユニセフに募金でもしときな、それが勿体無いと思うなら好きに使いな」
とのライン本当に色々タイムリーな人だ
「いやそれは流石に朝陽さんに悪いです…」と打ちかけてると追撃でライン
「まあ出世払いでいいんじゃない?好きに使えば?誰に貰ったか知らないけど、あと明日迎え行くから住所頂戴」
お言葉に甘える事にした。
明日が楽しみだ、古いカメラを持っていこうそう思っていたら
「どうしたんだ雨音、何かいい事あったのかい?」
いつのまにかおじいちゃんがそばに立っていてニヤついた顔を見られていたみたいだ
「良いことなんてあるわけないですよ〜」
と返した、ううん、良いことはあったしこれからもっともっと良いことがありそうな気がするなんとなく。
来る明日、朝陽さんは大きなエンジン音の鳴る車と共に来た
「おっす〜僕ちゃん〜どう?この車かわいいでしょ、屋根開くんだぜぇーフゥッフゥ〜」
そう言いながらスイッチをオンオフして車の屋根を開けたり閉めたりしてる。
オープンカーでしかも左ハンドル、そのハンドルにはシボレーと書いてある。
車には詳しくないけど高いのはわかる
おじいちゃんの箱バンが下手したら10台くらい買えそうだ
この人何者?まあそんなこと関係ないか。
だって僕も何一つ素性をこの人に話してないし聞くわけにもいかないだろう
「おー僕ちゃんもカメラ小僧か〜へぇー結構渋いやつじゃんフィルムだね」
「お父さんが昔使ってたやつらしくてドライブするならいるかなって…そんなことより今日はどこに」
「キミの靴を買いに海のないところに行く、その前にキミのバイト先になる予定の喫茶店に行く、そこはここから近い。」
「いや…最初から行くとこ海あるじゃん、ていうか靴を買いにってそんなお金ないですよ、買ってあげるとか朝陽さん言いそうなんでいいです」
「はー?何言ってんの?あるでしょ?こないだ渡したタクシー代結構余ったはずじゃん」
あーもうなにから何まで確信犯だこの人
何言っても朝陽さんの思惑通りに行きそうだから今日だけは全部言う通りにしとこう。
そうぼんやり海を眺めながめていたら着いて降ろされたそこは
“潮干狩り”と独特なセンスの店名に釣り合わない外観の喫茶店、というよりはカフェと言わないと失礼な気がするくらいおしゃれなお店
「おー朝陽久しぶりじゃん〜何その子〜どう見ても学生じゃんなに?朝陽の新しいアシスタント?インターンシップ?」
「違う違う」
「じゃあなんなの?親戚…?とかそういう付き合い嫌いだもんな朝陽…これも違うな」
「拾ったの」
「え?まじ?どこでこんなピュアそうな子拾えんの?うちの店に欲しいわ」
「浜辺、だからこの店に連れてきたんだよ雇ってあげて」
「いや僕まだ働くとは…」
「あ、ごめんタバコ吸う」
朝陽さんは本当にマイペースな人だ
「あーーー!!まって!!まって!!喫煙可の店だけど外行け!そのタバコの匂いは無理ガラム臭すぎババアの匂いすんもん!!」
「わかったよーうるせえなーじゃあその子と詳しい話してあげて」
そう言って朝陽さんはお店の外の灰皿の方へ歩いて行った
そして店員さんは興味深そうに僕の顔をまじまじと見てくる
「ねえキミ、この街の子じゃないでしょ?
わかるんだよそういうの結構遠くから帰省した感じ?」
「なんでそんな事までわかるんですか?」
「え!だって海が似合ってないもん!!」
失礼。
「あーアタシこの店のオーナーの立川ヒサコ!冰沙子って書くの」
朝陽さんより言葉遣いが汚い女性の割には綺麗な名前だ。
「僕は雨音です、高校2年生でまだ16歳」
「お、高校生じゃん〜雇えるよー!!」
「いやまだ僕やるとは…」
「大丈夫、うち人気店で観光スポットだから今日は平日のモーニングだから少ないけどランチとディナータイムは死ぬよ〜だから潰れない
最高週5、フルではいれば実働8時間休憩1時間賄いアリ交通費あり経営状態最高ホワイト〜」
「いやでも…」
「短期でもいい、シフトの融通聞かせてあげる、あと時給言い値でいいよ他の子に内緒にしとけばね」
「やります!!!!!!」
「うっわぁーいいね!!今日1番のいい笑顔と声じゃんバカウケる」
はつらつとしたお姉さんだが急に声量を下げ
「時給いくら欲しいのこれに書いて」
とメモとペンを渡してくる、それを使って僕は800円と書いて返す
「バカじゃないのアンタ世間知らないの?ここ神奈川で横須賀なのわかる?
それだとめちゃくちゃ最低賃金以下じゃん」
「んーじゃああとすこし…?」
とそれに+50円書き足してまた返す
それを見て冰沙子さんは飲んでいたお水を吹き出す
「一応ここ、最低賃金より少し上の1100円は出してるからね?おもろいねーアンター」
なにがおもしろいのだが爆笑しながら彼女はメモとペンを使って何か書いてる
「アンタ気に入った、だからこれでいいよ」
時給1200円と書いてある怖い数字だこの近辺の人はみんな金銭感覚がバグっているのか?
「いいんですか?」
「いいよ履歴書と印鑑、あと親御さんの承諾書マイナンバー持ってきてねじゃないと雇えない」
「えっと親の承諾書は…」
「なに?訳あり?」
「はい…」
と言って僕はこの街に来た理由と家庭環境自分が抱えている事情を話した
「じゃあおじい様の文字でいいよ、印鑑とマイナンバーは流石にあるっしょ
後は履歴書の写真は朝陽に撮ってもらいな
あいつこの街で一番でかいスタジオでカメラマンしてるから」
どうりであの車なわけだ…と思いつつ外の朝陽さんに目をやると2本目を吸いながら
「どう?おっけー?雇用確定??」
みたいな口パクとジェスチャーをしている
「あーアタシあいつの元カノなわけ」
急にすごいカミングアウトだ
「あいや別に喧嘩別れとかじゃないよお互いの夢の為に別れただけ」
「なるほど…」としか言えないだろ
「これ見て」
そう言って冰沙子さんは某有名ファッション雑誌の有名モデルが表紙を飾る1年くらい前の号を投げてきた
「これがどうしたんですか?」
「この表紙とメインカット 全部撮ったの朝陽」
「え…そんなすごい人なんですか?」
「すごい人じゃねえとシボレーのオープンカーとか乗らねえだろ」
とごもっとも、え…じゃあなんでこの街にいるんだろう
と疑問がチラついたけど海の家で店員さんが言っていた「夢半ば折れて…」という言葉がチラついたから僕はこう返した
「これがあの人の夢だったんですね…」
「うんそう、雨音くんもそんな渋いカメラ持ってるって事はこれが夢だったりするの?」
「そうです」
そう言っているうちに扉をあけ独特なタバコの残り香を香らせながら僕の隣の席に朝陽さんは戻ってきた
にも関わらず冰沙子さんは続けた
「人間夢のために生きてるつもりでもいつのまにか金か夢かわかんない暮らしを送ってた…
なんて事よくあるからさ雨音くんキミはそうなんないようにね」
「子供になんの話してんだよババア…」
「うるせえ挫折人間早く回復しろっての」
そういいつつ冰沙子さんは僕等に背中を向けてグラスとメニューを用意して
「なんにする?」とお仕事モード
「これとこれでと」
「あ、朝陽さんご馳走様です」
「おぉーちゃっかりしてんね雨音君いいスタッフ捕まえたわぁー」
「捕まっちゃったんだね僕ちゃん、よかったじゃんていうか雨音君って言うんだねよろしく」
「はい、雨音です、よろしくお願いします…これから」
「「うぃーす」」
と2人は口を揃えて言った
なんだ…この街も意外と退屈じゃないじゃないか。
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