ep1.「 まあ色々あるよね」
「まったく〜絵になる景色ってのがないのかねーこの浜辺には」
爽やかな…とも言えるような飄々とした…とも言えるような口調かつ大きな声で言ってる人がいるのが視覚を使わなくても聴覚からわかる。
「って言う割には頻繁にお前ここ来んじゃん」
「いやいや来ても週1とかじゃん、それって頻繁のうち?」
「いやいやどう考えてもそうだろ」
砂浜と水平線とわけわかんないくらい広くて青い海を僕が無心で眺める
その背後で海の家で店員さんと週1で来るらしいお客さんとの賑やかな談笑が飛んでいる。
海街らしい風情のある光景だなぁ〜と言えるかもしれないけれど
迷惑だったりもする、なぜならば
“週1で来るらしいお兄さん”は
「生!」と数十分起きに声を上げている程
明らかな酔っ払いであるから。
海の家の少し長く伸びた影が日陰となり僕のオアシスになっていたからここに座り込んでいたものの
なんだかオアシスとしての役目をこの場所が担ってくれそうもなくなってきたから
僕は少し歩いて別のオアシスを見つけようかな
なんて思い、腰をあげようとしたら
人の形をした影が僕に近づいてきて影の正体が僕に声を掛ける
「ねー少年、この街の人じゃないでしょ?」
その声の主に視線を向けずとも誰であるかが僕にはわかった
”週1で来るらしいお兄さん“だ
なので「ひとまず無視に尽きるな」
そういう一般的な判断で、分かりやすい拒絶を示したつもりだったけれど
「すね毛薄いね〜中3とかそのくらい?」
と謎のメンタルでそう言ってくる
「違います」
反応しなければいい、そう思う人が大半だろう
だが反応したのにはいくつか理由がある、
ひとつは無視しているのに何度も何度も同じ言葉を掛けてくるから
ふたつめは僕は高2でもう直ぐ立派な大人に迎うにも関わらず
童顔、低身長、すね毛薄い
などと言われるのがコンプレックスで癪だったからだ
「おーやっと返事したね!じゃあもっと下?」
ムカつく。
「違いますかなり上の高2です」
「えっほんとに?ごめん失礼だったかも謝るよ」
高2なのも本当だし失礼なのも本当だ
なんなんだこの人は本当によくわからない
ビールジョッキを片手に見知らぬ少年に声を掛ける時点で色々と不思議なんだ。
「で、この辺の人じゃないでしょ?
ここでなにしてるか当てるよ、夏休みなのに地元でもない遠く離れたじいちゃんの家に行かされて退屈だからこの浜辺で絵になる感じで黄昏れてたんだ」
「絵になる感じで黄昏れてないです、僕に絡むコミュ力あるなら他の人に絡んで下さい」
「アタリかハズレかどうかだけ答えてよ、ハズレだったらそうするわ〜」
「アタリだったらどうするんですか?」
なんでこんな危ない問いをしたのか、なぜなら全くそのままアタリだったからだ
「アタリなんだ〜」
無視をした。
アタリだったしそれ以上言葉を交わすと勝手に開始されたクイズを当てられた故の
何か厄介な提案が来そうだったからだ
「よしアタリじゃん、だったらお兄さんとあそこの海の家で呑もうぜ話し相手になってよ」
「なんでなんですか?僕がお兄さんの話に付き合うメリットもないでしょ」
「だってアタリだし」
「いやアタリですけどなんなんですか」
「よーしじゃあ海の家行こう」
口を滑らせた…案の定厄介な提案が来た。
「アタリだけど勝手にお兄さんが賭けたでしょそれに何度も言うけど僕にメリットが…」
「だってもうすぐ雨降ってキミもっと退屈になるよ、傘持ってないじゃん」
そうお兄さんが言った瞬間に浜辺に雨が落ちた、大粒の。
それに間髪入れず僕のお腹もなぜか今鳴った
タイミングを考えて欲しいと自らの腹の音に思ったのは生まれて初めてだ。
「タイムリー…ですね」
「ほらーーーー言ったじゃん、腹減ってんじゃんおいでおいで!!」
「いやでも僕、お財布置いてきました」
「俺が金出すし、早く屋根あるとこ行こう!ここで話してたら雨でビールぬるくなっちゃうって〜」
そういって無理やり手を引かれ海の家に入った
「おー僕ちゃん朝陽に捕まったか〜何にする?」
「人聞きの悪い言い方すんなよこの子傘持ってないし俺も持ってないし腹鳴らしてたから連れてきたの!
自慢の焼きそば出してやって後コーラかなにか」
「なんで週1で飲みにくる金持ってる奴が傘持ってねえんだよ、オーダー了解」
「いいじゃんかよ、俺は良いクリエイティブ的なインスピレーションを起こす為にここきてんの〜」
インスピレーションってなんだと疑問符がでるけれど
そんな店員さんとの打ち解けあった風な会話を聞くとこの人はこの街の人で
朝陽さんと言う人、それだけはわかった
「見飽きた見飽きた言ってる海に来て芸術的インスピレーション起きるかよ」
「うるせえな〜金払ってるんだからいいじゃんか〜」
「お兄さん芸術家なんですか?」
「あー…まあ、ちょっとだけね!」
ちょっとだけの芸術家とはなんなんだ。
とまた疑問符は増えたが爽やかで優しい笑顔で返してくれた
言われて見れば着ている服もラフなりにこなれた海の男
と言った感じで美的感性がないと出来ない様な綺麗な服を召している
「早くお前戻れよ〜お前には次の予定があんだろ」
朝陽さんにそう言う店員さん
「え?何かこの後があるんですか?だったら帰らないんですか?」
「いや予定ってのはスケジュールの話じゃなくてなこいつ夢半ば折れてここ戻ってきてんの」
「その話はやめてくれって〜!!」
そう笑顔であけすけにいうお兄さん方だが
余所者の僕が踏み込んでいいような話じゃないのは簡単に察せれる、高2だから。
「あー雨止まねえな〜」
「今日降るの知らなかったわ〜」
前の流れが無かったかのように何気なく言葉を飛ばすお二人だが
余所者の僕にとっては非常に気まずい
「はい、話に夢中になって遅くなりましたが焼きそばとコーラー!!」
「あっありがとうございます…」
「で、じいちゃんちどの辺?」
「あーよく道はわかんないですけど割と歩きました」
「あー知らない土地だもんな、タクシー呼んでおじいちゃんの名前運ちゃんに言ったら家着くよ、狭い海街だしね」
「うんそうだなとりあえず焼きそば食べたら帰んな、タクシー代は朝陽が出すだろ」
「うんタクシー電話するわ、はいタクシー代」
そう言いつつ差し出されたお金は諭吉さん1枚
いやいや…と僕が言うと
「え?足りない!?」
というこの人はタクシーに乗ったことがないのだろうか…?
とりあえずこの場ではお金は頂かない事が最適だろうと、差し出せれた諭吉さん1枚を断固として僕は受け取らなかった。
「お兄さんは帰んないんですかー?」
「キミを見送って、ビール飲み終えたら帰るよ」
「とかいいつつ生!!!って何回も言うだろお前」
「いや7回目は流石に無理だわ」
いやこの人ビールをジョッキで6杯目なのか…どんな酒豪だ…大人は怖いという表情をすると
「あ!酔ってたから絡み酒で声掛けたとかじゃないからね?」
と苦し紛れの言い訳をするお兄さん
「それ以外に話しかける理由って何があるんですか逆に」
「おっ少し生意気じゃんキミ〜」
相変わらず飄々というお兄さんだが僕の返しは至って普通だと思う
「お兄さんはカメラマンしててさ
だから僕ちゃん海でエモい絵になる黄昏れ方しとんなと思って声掛けた」
「なんですかそれ、別に話しかける理由にならなくないですか?変な人ですね」
「いや、海でエモい絵になる黄昏れ方してるやつ大体悩んどるからさ」
へーカメラマンか、だから海を眺めてインスピレーション…というのには納得行くものの黄昏れ方以降の話にはなんだそれってなりつつも適当に返事をしてみた
「あーわかりました?」
「うん、どーしたんだい」
「いや別に、テキトーに返事しただけです」
「でもそういう風な顔つきには見えないよ」
「どういうことですか?」
「バカなの?だから悩みごとがないような顔に見えないって言ってんの」
図星だった、真っ直ぐな目で、僕の心を覗くように見つめてきた
焼きそばを食べさせてくれる事も、タクシー代の事も踏まえて
この人は悪い人ではないんだと僕の中で信頼のスタートラインが見えた。
「高校生って多感じゃん何考えるの?」
「いや別に、地元じゃないし友達もいないのにじいちゃんところに夏休みは帰れって言われて暇だなって思って何しようって悩んで毎日ふらりと海に来るんですそれに飽きたな…それくらい」
「えーじゃあお兄さんと海のないとこ行こう今日は呑んで運転できないから明日車で」
「なんでそうなるんですか」
「だって何しようってこの夏悩んでるんでしょ?あと明日も俺休みだし
あと短期でバイト出来るところ教えてあげるよ、あ!安全なところね、俺の友達の喫茶店」
いやだからなんで…そう言おうとした僕の口を塞ぐように朝陽さんは言葉を被せる
「スニーカー穴空いてる、あとTシャツにもシミある綺麗ではないよね」
全くなんて観察能力で何て事をこの人は言うんだそう思っていたら
「いや失礼だろ…」と店員さんが止めようとする
「キミ、グラスについた水滴拭いてた、少し落ちた焼きそばのかけら拾ってゴミ箱に捨てた
そんな几帳面な子が身だしなみをたるませないでしょ 悩みとか事情って“コレ”でしょ」
そう言って捲し立てた最後の“コレでしょ?”の後、ハンドサインを作ったお金のサインだ
「そうです」この人には嘘をつけないと思ったから言ってしまった同情が欲しいわけじゃない
「まあ色々あるよね」
そのありきたりな言葉でまとめご馳走様でしたと空いたビールのジョッキをあげる朝陽さん
そう、色々あるんだ。
だから…この日、この出会いが後に僕を刺激し救済し潤わせていった。
「あーあ。この雨上がるかなー」
そんな朝陽さんの独り言と共に。
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