第1章 『聖女』との高校生活
第7話 次の日の日常
ふと、声がした。
『秋村くん、朝ですよ。早く起きないと学校遅刻しちゃいますよ?』
「春川さん……?」
そう、この春の到来を告げるような暖かい陽光の如く癒しの声。教室で何度も聞いていたからこそ分かる。まさしく彼女の声に違いなかった。
声は聞こえる。けれど、辺りは真っ暗闇で彼女の姿が全然見当たらない。
ん、そもそもどうして春川さんの声が聞こえるんだ……?
『もう、ねぼすけさんですね。……仕方ありません。私が絶対に起きるおまじない、してあげます』
「え、おまじない……?」
呆れたような、それでいて喜色に弾んだような声音。しかし俺が気になったのは、春川さんの口から出た"おまじない"という子供の頃によく聞き慣れた馴染みある言葉だった。
あまりにも突然な出来事に戸惑う俺。いったい好きな人に何をされるのかという好奇心半分、まるでいけないことをしているようなドキドキした気分で罪悪感半分。その相反する二つが俺の中で踊り狂った。
そして―――、
『―――おはようのちゅーです。ちゅー…………!』
彼女の声が次第に近づいてきて、それで―――。
「ちゅーーー…………! ―――んぎゃッ!? い、いってぇ……ッ!!」
こうして俺はベッドから転げ落ちて意識が覚醒。当然眠気などはすぐに吹っ飛んでしまった。
慌てて辺りを見渡す。壁にはアニメのポスター、本棚には大量のラノベや漫画の単行本がぎっちりと収納されており、フローリングの隅にはゲームセンターのUFOキャッチャーで獲得した美少女フィギュアの箱が積み重ねられていた。
そこは、紛れも無く自分の部屋。
俺はベッドの脇に寄り掛かる。そして、フッと口角を上げると―――、
「…………………………死にたいっ」
両手で自らの顔を覆い隠しながらか細い声でそう呟く。だってさっきのは、今まで俺が見ていた夢だったのだから。
あ、あああああああああああああああああああああああッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!
あかん、これはあかんでぇ……! いくら春川さんが初恋の相手だとしてもこれまで夢に出てきたことなんて一度も無かったのにぃぃぃぃっっ!!!
何故俺が彼女の夢を見たのか、その原因ははっきりとわかる。
「昨日の放課後、念願の春川さんと久しぶりに会話したからだよなぁ……」
額に手を当てながら昨日の屋上での光景を思い出す。相談は相談でも実は恋愛相談で、しかもそのあといきなり彼女に告白されて、雪音さんが間に入ったと思ったらやっぱりなかったことにされて。
最終的には初恋の彼女と友達の関係になった。
…………えっと、マジでどこのラノベ?
「いやまぁ、確かに百歩譲っても春川さんと友達関係になれたことは大きいよ? 学校で彼女をただ眺めるだけの毎日よりかはだいぶ進んだと思うよ? 第一健全だし。これから春川さんに自分から話し掛けに行ったって違和感とかも全くないわけだし。でも、でもさぁ…………っ!!」
―――欲を言えば、そのまま付き合いたかった…………っ!!
最初から最後までこの一言に尽きる。いや付き合うなんて言葉に出すと恥ずかしいから心の中だけに留めておくけれども。
何故春川さんが雪音さんが乱入した途端告白を取り消したのかは分からない。その原因を辿るとするならば、間違いなく雪音さんがあの場にいたことが原因なのだけれど……。
「雪音さん、泣いてたな…………」
普段は感情を滅多に表に出さない雪音さんが、人目を
あんな感情的になる雪音さんを見るのは初めてで、思考が止まってしまいどうすれば良いのか分からなかったけど……。でもあのとき、たった一瞬でも確かに俺はこう思ったんだ。
―――雪音さんの哀しんでいる姿は見たくない、って。
「……ん? でもどうしてそう思ったんだっけ、俺?」
咄嗟にその感情を抱いた明確な理由が見当たらず思わず首を傾げる。ラノベ主人公じゃあるまいし、クラスメイトの友人に対して流石にこの感情は重すぎるだろう。ならば、どうして。
「…………ああそっか、"親友"だからか」
どうしてこんな簡単なことに気付かなかったのか、と思いながら俺はぽつりと呟く。雪音さんとは高校一年生の頃、困っていたところを俺が助けたことでよく一緒にいるようになった。
雪音さんと一緒にいた時間が長くて、積み重ねてきた様々な日常の思い出もあるからこそそう思ったに違いない。うん、きっとそうだよ。
「さてと、スッキリしたことだし学校に行く仕度しよ」
ベッド近くに置かれた時計に視線を送ると七時三十六分。夜に消化できてないラノベや漫画を読んでるせいで起きるのが遅い俺にしては中々上出来な目覚めだろう。ありがとう春川さん。
こうして制服に着替えて下のリビングに降りた俺。朝食の支度をしていた母親に『……昨日何か拾い食いでもしたの?』と失礼な言葉を投げかけられて驚かれたのち、しっかりと朝食を食べ終えて歯磨き、顔を洗うと教科書など入った鞄を持って高校へ登校したのだった。
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