第10話 熱帯魚

 父は玄関に大きな水槽を置いて熱帯魚を飼っていた。エンゼルフィッシュ、グッピー、ネオンテトラ。日曜日になると、水槽についた苔を落としたり、水を換えてやったり、よく世話をした。


 水槽には、ヒーターが付いていて、冬でも水槽が温かくなるように父は気を配っていた。ヒーターには小さいつまみがあって、それを回して温度を調節するようになっていた。ここには触っちゃだめだぞ、と言われていた。


 水槽を見るのが好きだった晃子は、椅子を持ってきて上からも水槽を覗き込んだ。何故かわからないが、触っちゃだめ、と言われると触りたくなる。触ったら元に戻せばいいんだ、と思って触って、その日の午後。


 祖母が、大変だ、魚が死んでる、と言ってきた。大きなエンゼルフィッシュがぷかぷか浮んで死んでいた。他にも何匹も死んでいる。

水槽に触ると、いつもより熱かった。つまり、ゆだってしまったのだ。


 父が帰ってきて「ここ、さわったでしょう?」と聞かれて「ううん」と返事した。うそをついているつもりはなかった。元に戻したんだから。「だめだよ、触っちゃ。」父は黙って、死んだ魚を網ですくっていた。ゆで魚事件は一回では終わらなかったと記憶している。


 理由はどうあれ、新しい熱帯魚を買いに父と出かけるのも楽しかった。「どれがいいかい?」と聞いてくれるが、晃子が「これがいい。」と言うのは、たいてい「高いなあ。」と却下された。


 新しい熱帯魚を買って帰ってくると、父は袋ごと水槽に入れ、しばらく浮かせてから魚を水槽に入れた。温度を馴染ませるためだというのは後になって知った。

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