第2話 それ以前

「あんたは、本当に手のかからない赤ん坊だった。」と母は言う。


 手がかからないも何も、赤ん坊だった晃子を育てたのは母の母である祖母だ。


 母は東京の五反田にあった大規模な総合病院の看護婦長をしていたから、練馬の自宅から通うのに、晃子が起きる前に出掛け、寝てから帰ってくる。母が晃子の相手をするのは、休日だけということになる。


 当然、晃子がなつくのは祖母で、「あんたのために働いているのに、休みの日に抱き上げると人見知りして泣くんだよ、情けなくて涙が出た。」と母から聞かされた。晃子に責任はない。それ以外は本当に楽な赤ん坊だったと言った。


 人間は、相手に気に入られなければ生き残れないと感じると、赤ん坊でさえそれを悟っておとなしくするという。祖母は祖母で晃子を可愛がっただろうが、本来自分の親であるのは、たまに来るこの人だと、晃子は知っていたのだろう。


 晃子は母が三十の時の遅い子だった。自分の勤める病院で、おくるみにくるまれた晃子を自慢げに抱き、同僚の看護婦たちに囲まれている母の写真が残っている。


「生きていくには。」悟りはすでにその時から晃子の中で始まっていたのかもしれない。

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