Fleeting magic

三日好

Fleeting magic


昔々、あるところにガラクタから人形を作って小銭を稼いで一日を過ごしている男がいました。男はお世辞にも明るい性格とは呼べず、そんなだから仕事も見つけられないのだと周囲は男を笑います。

 しかし、男は人形作りをやめることはありませんでした。どれほど嘲笑されても、見下されても、男はガラクタを拾い集めては薄暗い部屋で一人、淡々と人形を作り続けるのでした。


     *


 底冷えした朝に、男は一人冷たい風が運んできた小石に頭を小突かれて目を覚ました。男の家は、否、家と呼ぶには少々足りないものが多すぎる廃屋だ。窓と呼ばれるくぼみはあれど、そこにガラスははめ込まれていない。少々高所に位置するため、夏であればうだるような熱気が、冬であれば凍り付くような冷気が直接部屋の中に侵入してくる。

 勿論部屋の中にも土埃が侵入し、とても清潔とは言い難い。所謂生活に必要な家具はあまりなく、大きな鉄製の机と、傍には錆びたガラクタの山、壁には使い古された工具がくぎに引っ掛けて設置してある。男はそんな部屋の隅に、薄っぺらいぼろ布に包まれてうずくまっていた。

 男に家族はない。正確には『あった』と言えよう。妻は仕事をするでもなく、延々とガラクタを弄り続ける男にも愛情を注ぎ、派手な結婚式も出来なくともともに暮らしていたが、数年前に仕事場の工場で機械の誤作動に巻き込まれて亡くなった。その機械の誤作動も蓋を開けてみれば工場側の責任であったのだが、男の地位からではいくら訴えようともその話を聞き入れられることはなく、結局賠償金すら得ることもなく泣き寝入りすることとなった。

 もとよりそれほど裕福な暮らしをしていなかった唯一の理解者であった妻を失ったこともあってその生活は荒んでいった。金も生活も、愛する人すらもなく、男がそれでも退廃的な生活を生きていくのには理由があった。まだ男の妻が生きていた頃、何気なしに交わした約束、それが今でも男をこの世にとどめている。

「父さん、おはようございます」

 ふと、いつも通りのさえない朝に、違和感が一つ。独り身になって以来、聞かなくなった朝の挨拶に、横たわったまま声の出所を見上げた。美しい黒髪の、それはそれは美しい少女が、男の愛用している持ち手の割れたカップを手に持っている。

 男は目を奪われた。はっきりと視線を交わすと、少女は男の前に膝をつき、微笑を浮かべながらカップを差し出してくる。形の整った目鼻、艶のある唇、体も女性らしく細くしなやかで、まさに絵にかいたように美しい。

 しかし、男が呆けた理由は彼女に見惚れたからではない。男はこの少女を知っている。そしてこの少女がこうして、生きた人間のような振る舞いをすることなどありえない。なぜなら少女は————男が作った人形だからだ。

「暖かいうちに飲んでください。白湯ですけれど……体を冷えたままにしては、良くありませんから」

「ど、どうして、人形が……」

 人形だ、彼女は紛れもなく、人形に瓜二つな人間、というわけではない。なぜなら彼女がカップを差し出すフリルのあしらわれたブラウスから除く腕は、手は、指は、男がガラクタをつなぎ合わせて作り上げた皮膚なのだから。覚えている、頭部にはかろうじて人の肌に見える素材を使用することができたが、胴体にそれを使うにはどうしても素材が足りず仕方なく錆色のガラクタを使った。そんな記憶が残っている。だから、布を継ぎ接ぎして作り上げたロングのスカートから見える素足も鉄製の皮膚に覆われている。

 何よりも、男を見つめる眼は生物のそれとは程遠い。瞳を模した歯車の上から、潤いの代わりに傷のないガラスがはめ込まれ、男の驚愕に染まった顔を写している。

「まあまあ、事情はちゃんと話しますから。落ち着くためにも飲んでください、ね?」

 受け取る様子のない男に、少女は変わらず整った微笑みで湯気の昇るカップを差し出してくる。彼女が男を父と呼ぶことも相まって、悪意のようなものはないのだろう。男は冷えた指先でカップを受け取った。じわりじわりと、伝導する熱が指先に人間らしい温度を与える。色や匂いに違和感はない、ゆっくりと小さく一口、味にもおかしなところがないのを確認してから、体にも温度を落とし込むように嚥下した。

「いつもこんな冷えたところで眠っていたんですか? いつか体を壊してしまいます…… 家を変えろ、とは言いませんから、せめて窓くらいは……」

「雑談なら後で聞いてやるから、今は事情を説明してくれ。もしくは悪い夢だと言ってくれ」

「まあ! 正真正銘、ちゃんと父さんが作った人形が動いているんです、現実ですよ」

 頭を抱える男の発言に不満をあらわにして少女が言い返す。それから、硬い指先で男の手を握り、嬉しそうに笑う。

「月の力で、命を与えてもらったんです。五日後の新月には消えてしまう、とっても短い命ですけれど、父さんと一緒に過ごしたいっていう私の願いを、月がかなえてくれたんです」

 理解の範疇を超えた少女の話に、やはり男は目眩を覚えた。


 この美しい少女が自らの手で作った人形だという事は、今までに作ってきた人形やガラクタを保管してある部屋からこの人形が消えていたことで確かな事実となった。月の力だとか、命を与えてもらっただとか、どういった常軌を逸した話はとうとう理解することを諦めたが、この人形が意思を持って動き、喋っているのは命が宿ったと言っても過言ではないだろう。

「それで、俺と残りの五日間を一緒に過ごしたい、と」

「ええ、勿論、父さんのお邪魔にはなりません、お人形作りのお手伝いだって、荷物持ちだって、なんだって致します!」

「……『父さん』、ねえ。確かに作ったのは俺だが」

「はい! ですから、父さんも私を娘のように、どうか『カグヤ』とお呼びください!」

 好意を隠すことなく、また害をなそうとしているような雰囲気も、悪意を忍ばせている様子もないところを見ると、この少女は純粋に男と過ごしたいだけなのだろう。

 男は大きなため息を吐いた、こうしてまっすぐな親愛を向けられるのはむず痒い、相手に悪意がないだけあって余計にだ。

 しかし、この人形への情がないわけではない。自らの手で作り出した人形であることは勿論、少女がまとっている衣服は亡き妻が作ったもので、それ以外にもこの人形は妻との思い出が詰まっている。それだけに、少女の安すぎる願いを無下にすることはできなかった。

「わかった、たった五日間だ、それくらいなら俺も付き合ってやる」

「本当ですか! ありがとうございます!」

「だが、見ての通りの生活だ、お前のわがままに付き合える余裕はないぞ、それでもいいんだな?」

「ええ、ええ! 一緒に過ごしてくださるだけでなんて幸せなことか! 本当にありがとうございます!」

 大袈裟に喜んで見せる少女は女性らしい見た目と反して子供のように幼い。男がこれまでに出会ったことのない性格だ、対応に困って男は頭をかいた。

 こんな家ではまともな生活も出来ない。勿論、裕福ではないからだ。どこかへ行きたいとねだられても、あれを経験したいと懇願されても応えることは不可能だ。楽しいわけでもないだろうに、それでもいいのだと喜ぶ少女は、男にはあまり理解できなかった。

「それじゃあ、今日の小銭稼ぎだ。お前の居た部屋からガラクタの箱を一つ持ってきてくれ」

「そういえば、いつも箱を一つ持ち出していますよね。どこかへ卸したりしているんですか?」

「言っただろ、小銭稼ぎだ。そんな大げさなもんじゃない」

 鉄製の机の上に置いてあった小さな袋を開けた。中には心もとない額の通貨と、アルミに包まれた安い非常食が少しだけ。男は貴重な非常食を一つ取り出すと、口の中に放り込んだ。


 二人が向かったのは、労働者の家が集まる街の薄汚い大通りだ。蒸気の発達したこの世界では、権力のために発明に命を懸ける貴族と、生まれたときから権力者である政治家が労働者を牛耳っている。労働の中でも賃金が最も低いのは工場勤め、二人がやって来たのはそんな工場勤めで何とか家族を養っている人間の多い住宅街だった。

 青い空を見上げれば、労働者のなかでも工場勤めとは比べ物にならない額を与えられる配達員が滑空板に乗って沢山の家を回っている。彼らが男の住んでいる貧民区域に訪れることはめったにないが、一応、貧民区域の配達も彼らが請け負っている。滑空板とは、その名の通り空中を滑空できる板のことだ。つい最近発明されたものだが、上流階級での普及率はすさまじく、下級の人間は恨めしくそれを見上げることしかできない。

 男は慣れた様子で通りの端に立てかけられていた鉄板を地面に敷くと、持ってきたガラクタたちを丁寧に並べていく。

「こんなガラクタでも卸せる場所がありゃよかったんだけどな」

「では、これは誰が買うんですか?」

「まあ見てな、すぐに来る」

 男が露店をするのだということを、少女はすぐに理解した。しかし、たまに通りを行く労働者たちは見向きもしない、中には鼻で笑う者もいる。

 鉄板の上に陳列した人形たちは、ガラクタで作られただけあって傷や錆が目立つ。こういった人形であれば市場に行けば傷もなく、塗装もきれいなまま購入できるだろう。なぜそれでもこんなところで人形を売るのか、その答えは騒がしい足音となってすぐにやって来た。

「おっさん! この間の人形すぐ腕取れたんだけど!」

「あん? 作り脆いぞって言っただろ。新しいの見てけ」

「なんだよお、あれ気に入ってたのに」

 長く着古されているであろう薄汚れた服をまとった子どもが駆けてきて、開口一番に男に不満を漏らした。言葉からして以前にもこの汚れた人形を買っていった子どもらしい、少年はしばらく商品の不満を漏らしていたが、すぐに並んだ人形たちに目を奪われて目を輝かせながら吟味していた。

 それを皮切りに、様々なところから子どもたちが男の小さな露店に集まってくる。皆この近くに住んでいる子どものようで、服は薄汚く、お世辞にも裕福な暮らしをしているとは思えなかった。

 少年はごつごつと装飾の激しい人形を、少女は動物を模した可愛らしい人形を、それぞれ一食の半分にも満たない額で購入しては、自分が選んだものの方が格好いいんだと友人に自慢しあっている。

 この少年たちとて、こんなさび付いたガラクタで作り上げられた人形よりももっときれいなものがあることを知っているだろう。それでも少年たちは笑顔だった。薄汚いガラクタで作った人形でも、少年たちには十分だった。

「……この人形たちは、この子たちのために作っていたんですね。でも、こんな安くていいんですか? こんな額だったら、必要なものを買えばあっという間に……」

「労働階級の人間はな、俺みたいに一日を凌ぐのに精いっぱいな奴が多い。子もちならなおさらだ、遊び盛りのこいつらに何か買ってやることはできない。だからこの値段でいいんだよ」

 無邪気な笑い声の喧騒を遠巻きに眺め、男はカグヤの疑問にそう答えた。

 しかし、それでは慈善活動と何ら変わりない。人を助けられるほどの余裕は男にはないはずだ、優しさは善だが、時に身を滅ぼしかねない。

 すっかり人形が売り切れた露店に、一番のりでやって来た少年が再び近づいてくる。手には大事そうに買ったばかりの人形を抱えて、満足そうに男へまた声を掛けた。

「おっさん、そういえばこれおっさんに渡せって持たされてたんだ」

「ん? 駄賃ならもらったぞ」

「そうじゃねえって、いつもお世話になってるお礼だって、母ちゃんが言ってた」

 そういって少年がぼろ布を差し出す。男が受け取って中を覗いてみると、僅かばかりだがアルミ紙に包まれた食事が入っていた。自分たちの生活も苦しい中で、遊び盛りの子どもになにもしてやれないのは親としても苦しいことだろう。男が安価で売る人形に喜ぶ我が子の顔をみて、少年の親の心が救われているのだとカグヤは悟る。

 男は少年の頭を乱暴に撫でた。それを振り払った少年の顔には、少し羞恥心が混ざっていた。

「ありがとな、母ちゃんに礼言っといてくれ。それと、今度その腕取れた人形持ってきな、なおしてやる」

「マジで! やった、約束だからな!」

 照れ隠しか、男と約束を取り付けた少年は再び喧騒の中へと戻っていった。その背を見送って、男は腰を上げる。尻の砂ぼこりを払って鉄板を元の位置に立てかけた。

「上流階級のやつらより、よっぽどこっちのほうが思いやりがある。だから、支え合って生きてんだよ。ま、さしずめ俺はガキどもが非行に走らないように監視してる見張りってとこだな」

「……というより、たまに遊んでくれる近所のお兄さんって感じもがしますけどね。毎日こうして、人形を売りに?」

「ああ、一日一ヵ所、一箱分。ガラクタで食事代が稼げるんだ、いい仕事だろ?」

 子どもたちを優しく見守りながら微笑む男の横顔に、カグヤはつられて微笑んだ。


     *


 少女の言う一緒に過ごす、というのは言葉の通りだったようで、子どもたちの元を去り、市場でその日を過ごすための買い物を済ませ、その後はずっとガラクタいじりをしていた男に、カグヤは一言も不満を漏らさなかった。

 むしろ、男の手元を飽きることなくずっと眺めており、もしやこのまま五日間が過ぎるのではないかとさえも思えてくる。

 実際、それは二日目の午前中までほとんどその通りだった。少女は二日目にして男の生活リズムを把握し、出かける準備までしっかりと手伝い、そして露店でも子どもの相手まで買って出るようになった。少年たちからすれば、カグヤの正体が一体なんであるのか、そんなことはどうでもいいらしい。それよりも、自分の話に耳を傾けて、微笑んでくれる姉のような存在が現れたことに喜んでいたように男には見えた。

 帰宅すれば、男がガラクタいじりをしている間、少女は保管してあるガラクタたちを磨くなど、人形に対する印象も変わったようだ。

「そういえば、父さん、この廃品たちは何処から持ってきてるんですか?」

 そんな生活を見ていれば、おのずとそんな疑問にたどり着くのは当然のことだろう。

 人形を構成しているのはガラクタ、いわゆる廃品だ。こんな貧民区域ならば歩いているだけでもいくらか拾うことはできるし、ゴミ捨て場に行けば男の家くらい埋まるほど見つかるだろう。しかし集めなければ減っていく一方だ。男が人形を作るためにはガラクタを集める必要があるだろう。しかし、そんな素振りはないのだ。

「ああ、知り合いの貴族に廃棄品を回してもらってるんだ。丁度もうそろそろ届くころだろうけど」

「届く?」

「貴族様はこんな貧民街には直接出向かないんだよ。……ああ、ほら、丁度聞こえてきたぞ」

 ガラクタを弄る手を止めて男は顔を上げた。環境音ばかりが聞こえていた窓の外から、機械の駆動音が遠く聞こえ始める。カグヤがガラスのない窓から身を乗り出して外をのぞくと、滑空板に乗った青年がこの家に近づいてきていた。

 男は机の下をのぞき込んで張り付けてあった小さな箱を取り出した。開けてみると、ボロボロではあるがいくらか上等な羽ペンとインクが入っている。

 盗まれないのか、そういった意味を込めてカグヤが男を見ると、「案外ばれないもんだよ」と肩をすくめた。

 男が受け取りの準備をしている間に、大きな箱を一つ抱えた青年が部屋の扉をたたいた。カグヤが戸を開けると、配達員はゴーグルを外し、見慣れない少女がいることに目を丸くする。しかしすぐに気を取り直して飛行帽を脱いで遠慮なしに部屋の中へ入ってくる。

「よぉ、相変わらず陰気臭い場所だねェ。はい、今週分、いつものところでいいかい?」

「ああ、どこでもいいからさっさと伝票出せ」

「んだよォ、寒空の下わざわざこんな貧民街に来た俺をいたわってくれないのか?」

「それがお前の仕事だろ、白湯でいいか」

 態度も口調も大仰で、それでいてどこか憎めないルックスを持った配達員は机の上に伝票を広げる。それから、男の言葉を聞いてカグヤが持ってきた白湯を受け取って喉に流し込んだ。それから、マグカップを持ってきた少女をじっと見つめて、呆れたように大きなため息を吐く。

「……おっさん、一人が寂しいからって慰めに人形遊びはさすがの俺もドン引きだぜ?」

「人形にゃ違いないが、そんなんじゃねえよ。其れ飲んだらさっさと帰れ」

「冷たいねェ。場所も変わらないなら、人も変わらないってか? 仲良くなろうぜ、俺が貴族に上り詰めたらいい待遇してやるからさァ」

「上り詰める?」

 配達員の言葉が引っかかって、少女は思わず口を開いた。

 この世界では下克上という言葉を聞く方が少ない。階級は生まれてから死ぬまで変わらない、ましてや、貴族や政治家から労働者に落ちることはあれど、労働者が上流階級に上ることなど一生に一度聞くかどうかくらいだ。

 少女が興味を示したのに機嫌をよくした配達員は気取った様子で話し始める。

「そ、配達員としていろんなところ駆け回ってるからさ、コネとかいっぱいあるんだ。こんな汚い街飛び出して、上の人間になるのが俺の野望なの」

「まあ……大きな目標を持っていらっしゃるんですね。すごいです」

「お姉さん、本物の人間みたいじゃん。お姉さんなら人形でも俺いけるかも」

「おい……」

「ふふふ、ありがたい言葉ですけれど、私の命は後四日しかないんです」

 男は配達員の女癖を知っている。止めようと口を開いたが、少女は何でもないように返事して見せた。

配達員が上流階級の人間に取り入るために多くの女と一夜を共にしていることを知っている。それがコネを作るための手段として、仕方なく行っていることならば男を止めようとは思わなかっただろう。助け合って生きている一方で、こんな生活うんざりだと思っている人間も少なからず存在する。

労働階級は決して幸せではない、むしろ苦痛のほうが多いのだ。それを躱し躱し生きていける者もいれば、耐えがたいと感じるものもいる。苦痛から逃れようとするものを止めようとするほど、男もこの生活を幸せに感じてはいない。

だが、配達員が女へ取り入ろうとするのはコネのためだけじゃない、純粋な己の欲望のためである時の方が圧倒的に多い。そんな相手に、自分の人形をやるのはやはりどこか気分がいいとは言えない。

「なら、なおさらさ、俺と一緒に来なよ。こんな埃臭いところで迎える最期なんて嫌だろ?」

「ふふ、情熱的なお誘いですね。でも私、きれいな景色なら沢山知ってるんです」

「景色だけじゃものたりないなら、勿論いろんな体験だってさせてあげるよ。さっきも言ったようにコネには自信があるからさァ」

「あら、だったら、そうですね……貴方がこれまでに体験してきた話で、一番面白い話を聞かせてください。私が興味を持てたら、ぜひご一緒させてもらいます」

 美しく微笑んでカグヤはそう挑発する。男はそんな少女の蠱惑的な態度にますますカグヤが欲しくなったのか、とっておきの話を語り始めた。


 なるほど、配達員の言う上り詰める、という言葉はあながち妄言でもないらしい。こんな辺境に住んでいても名前の知っている政治家とのコネクションや、貴族と結んだ権力の分割の約束の話など、配達員が成りあがるための計画は順調なようで、彼とつながりを持っていることは確かに損にはならないのだろう。

男はカグヤの様子をちらちらと伺いながらも届いたばかりのガラクタを早速人形に作り替えていた。

配達員のようにこの生活に辟易としている人間ならば、すぐに食いついたかもしれない。こんな廃屋のような家に住んでいては一生体験できないであろう世界の話を話術も混ぜて面白可笑しく話す配達員は、なるほど、確かに女をたぶらかす才能があるかもしれない。

カグヤは始終楽しそうに話を聞いていた。時折混ぜられる誇張にはクスクスと微笑み、男はますます雲行きの怪しさを実感する。

「本当に、いろんな体験をしていらっしゃるんですね」

「だろ? 俺と一緒に来たら、最期まで最高に楽しませてあげられるぜ?」

「確かに楽しそうですけれど、それは遠慮します。だってあなた――――最初から人の話しかしてないんだもの」

 空気が凍った。それは確実に、図星を突いた言葉だった。

 配達員は、確かにそこまでのコネを作ったのはすごいだろう。だが、あくまでもすごいのは配達員本人ではなく、彼が接触した人間だ。事実、彼が始終語っていたのは、コネを持った相手がいかに強い権力者であるかだ。

 一瞬、呆けた顔をした配達員は、逆上に顔を真っ赤にした。まずい、直観の告げる警鐘に工具を放り投げる勢いで椅子を立とうとして、

「貴方は所詮虎の威を借るキツネです」

 カグヤの凛とした声が男も、逆上の拳さえぴたりと止めてしまう。人間の体ではないからこそ、配達員の向ける拳への恐怖がないのだろうか。

 配達員は、瞬きすることなく自分を見るカグヤの視線にすっかり動けなくなっていた。

「自分自身に誇れるものがないならあなた自身の価値は無いに等しい。そんな人と迎える最期も無価値ですので」

 ぴしゃりと言い切られた言葉に、配達員の顔色が失せていくのを男は見た。


     *


「昨日は、よく言い切ったな」

 突然の称賛に、カグヤは目を丸くする。それから、すぐに配達員との一件だと気が付いて「あんなのなんでもないですよ」と照れ臭そうに笑って見せた。

 それは称賛の内容に対して照れているというよりも、父に褒められたことをくすぐったがるような素振りだ。

 午前中の子供たちとの交流、そして市場での買い物を終えて、またガラクタづくりの午後が始まる、そんな折に始まった会話だった。

「思ったことをそのまま言っただけです、大したことはしてませんよ」

「言いづらいこともはっきり言えるのはある意味で長所だよ、正直、あいつは一回痛い目見るべきだと思ってたんだ」

 順調に進んでいるときが一番足元をすくわれるものだ。成り上がろうとしているその意思を、男はどちらかというと応援してやりたい。落ちるのは簡単だが、上るのは困難だ。心無い言葉をかけられたり、時には暴力を振るわれたことだってあるだろう。勇気の必要なことなのだ。現状を変えようとしない男にはこの泥沼から抜け出そうと足掻いている配達員の行動に口をはさむ権利はない。

 その点、貧民とも貴族とも言えない、人形のカグヤがああして言い切れば効果的だろう。配達員も少しは自分の行動を見直してくれればいいのだが。

「私は、父さんと一緒に居たかったから断っただけです。本当に大したことはしていませんよ」

 昨日、配達員に向けていたようなどこか冷めた瞳ではなく、心からの温もりのこもった瞳にどこか安心する。

 それが疑似的に体験している父性のようなものだと悟って、気まずさに口ごもる。

 話題を変えようとしたとき、ノックの音が空気を換えた。

 カグヤが初めから自分の役目だったかのように戸を開ける。予想外の来客は男にとっても気になるもので、その扉から除く人物に驚きを隠せない。

「やあ、久しいね」

「……貴族様が貧民街に何の用だ? ガラクタなら昨日受け取ったぞ」

「そのガラクタを運ばせた配達員が面白いことを言うものだから気になってね、なるほど……こいつが噂のお姫様か」

 白衣をまとった長髪の男は、見知った顔だった。男の旧友の発明家で、滅多に現れない成り上がりを果たした一人だ。配達員がこの男の依頼を積極的に引き受け、こんな貧民区域まで配達に来るのも、そういう事情があってのことだろう。

 彼がまだ成り上がる前は、それなりに親しくしたものだ。少々変わり者で、強い野心のあった発明家はガラクタを作るだけの男の手元からも技術を盗もうと質問や意見を何度も何度もはさんできた。なんだかんだ、同じ趣味を持つ友人というのがなかった男には、それは楽しい時間ではあった。成り上がってからはどうも男を馬鹿にするばかりで、以前とはずいぶんと変わってしまったものだが。

 発明家はカグヤの手を取った。カグヤが戸惑っているのもお構いなしに自分が今までに送り付けたガラクタがその体に使われているのをみて、目を細める。

 それから無理やり少女の顔をあげさせてその瞳を正面から観察する。

「お前……変質者だぞ。せめて一言断りを入れてから触ったらどうだ?」

「おっと、これは失礼。本当に人形なのかが興味があってね。……本当に、私が出した廃品と同じ材質だ、なのに生きている」

男の指摘に発明家は少女から手を離した。口では謝罪をしているが、その目はいまだ好奇心で爛々と輝き、カグヤはその目に居心地が悪そうに男の後ろに隠れてしまう。

「本当に美しい……いつの間にこんなものを作っていたんだ?」

「お前には関係ないさ。それより、まさか噂を聞いてお前もこいつを口説きに来た、なんていうのか?」

「ああ、そのまさかだ。こんなにも美しいなら、ぜひ手元に欲しい」

 嫌な視線なのか、カグヤが男の服の裾を握る力を強める。

 発明家はそれでもお構いなく部屋の中へと侵入してきて、カグヤとの距離を縮めようとする。男は二人に挟まれて眉間に皺を寄せた。

「先ほどの失礼を詫びよう。どうか顔を見せてはくれないかな?」

「まあ、皆さん人形風情を熱心に口説いてくださるんですね。もうお聞きかもしれませんが、私の命はあと三日です。貴方の好奇心を満たせるのも、三日間の間ですよ」

「君のその美貌は人形以上の価値があるとも。それとも、私もあの小僧のようにがらんどうの人間だと言いたいのかな」

「さて、どうでしょうね。私まだあなたのことを何も知りません。私をずっと愛してくださるという証明をここでしてみてください」

 第一印象が相当悪かったのか、昨日のように上品な対応ではなく、あからさまにとげのある台詞でカグヤは発明家を躱そうとする。

 その言葉はしかし、事実だ。少女はまだ発明家のことを一つも知らない。一方的に触れられて、口説かれている。男でも、何も知らない女から一方的に好意を告げられ続けるのは気分がよくないだろう。

 発明家は納得して、一度距離を詰めようとすることをやめた。

「そうだね……美しいお嬢さん、昨日小僧が乗ってきた滑空板は見たかな?」

「ええ、少しだけ」

「あれは私が発明したんだよ。貴族になれたのも、あの発明があってだ」

 ああ、そういえばそんな理由だったな、と男は他人事のように考えた。従来の空中滑空が可能な発明品は、どうしてもスケールが大きくなってしまう。しかし、この発明家はそれを両足がやっと乗せられる程度の大きさのものまで縮めてしまった。

 今最も儲けている貴族がこの男だと言ってもいいだろう。

「私なら、君の命が無くなってからもずっと愛し続けると誓おう。金も栄誉もある。こんな無価値なガラクタしか作れない男の元で廃れるよりも、美しいままありたいだろう?」

 確かに、男の元にあっても、彼女の命が終わった後は彼女の体は廃れていくだけだろう。男に出来るのはぼろ布で磨く程度のことだ。発明家ならば、この上から少女の腕や足を本当の人のように塗装してやることも出来るだろう。それができるだけの金がある。少なくとも、配達員や男の元にいるよりよっぽど丁重に扱ってもらえるだろう。人として動く姿を見た以上、男は彼女をあのガラクタ置き場に閉じ込めておくのは心苦しい。

 カグヤは目を丸くした後に男の後ろから出てきた。発明家が自信を携えた瞳で手を差し出し、彼女の掌が乗せられるのを待つ。

 カグヤがそっと腕を持ちあげる、次いで響いたのは乾いた破裂音だった。

 少女の柔肌であれば、それほどの威力もなかったであろうに、鉄製の掌の平手打ちは発明家をふらつかせるまでに至る。

 その手を取って、自身の所有する屋敷に連れ帰るまでを想像していたであろう発明家は自身に起きた事実を認められず、目を丸くして呆けた。男も、予想外の展開に動けずに呆然としてしまう。

「人の笑顔を願うより、私腹を肥やすことにしか目がない守銭奴には、父さんの作品に込められた愛情を理解することはできないでしょうね」

 カグヤの歯車の瞳には怒りと軽蔑があった。発明家の頬を張った手は拳を握り、わなわなと震えている。男は一瞬、カグヤの怒りが一体どこからやってきたものなのか理解できなかった。自分のために起こってくれる人など、もう久しく見ていなかった。

 美人の微笑は心を奪われるだろう。しかし美人の軽蔑の視線は心を突き刺す。

「二度と私に近づかないで、父を馬鹿にする人間に尻尾を振るほど私は落ちぶれていません」


     *


 連日のデリカシーのない男どもに辟易しているのか、午前中の人形売りを随分と満喫しているように思えた。カグヤ自身、こうして命を得てから長いわけではない、言動は時たま幼いことも多く、子どもたちとなにも考えずに戯れるのは楽しいのだろう。

 彼女の短い命も、今日を含めてあと二日となってしまった。

 喧騒を遠巻きに眺めながら、男は思う。この少女に何かしてやれることはないのだろうか。発明家の男を追い払ったとき、今までぼんやりとしか感じていなかった父性を強く実感した。いつも相手にしている子どもの一人を短期間引き取ることになった、それくらいの気持ちだった。だが、今は違う。このまま彼女の命が尽きる前に、せめてなにか一つでもしてやれることがあれば――――。

 やがて空になったガラクタ箱を持って二人、帰路に着く。その道中で、違和感に気が付いた。いつも通りならば、家に近づくほどに周囲の人影は減るものだが、今日はその逆だった。それも、目につくのはこんな貧民区域とは場違いな階級違いの人間ばかり。嫌な予感はあれど、コンタクトを取ろうとしてへまをやらかすわけにはいかない。男は生まれてからずっとこの貧民区域で生きている。上流階級の作法など一つも知らない。

 だが、その原因が自分たちにあるのだと理解するには、少し遅かった。

「やあ、君が噂に聞く美しい少女人形だね」

 男の廃屋を囲むように、上等な衣服をまとった男たちが集まっている。噂という物がこれほどまでに影響が強く、そして面倒なものだとは思わなかった。男は気づかれぬように深くため息を吐いた。

「一度目にしたいと思っていたんだけれど……噂以上だ」

 王子様と言えば、この男のようなことを言うのだろう。太陽光を浴びて美しくきらめくブロンドの髪、やさし気な目元、周囲の人間よりも一層上等な衣服と、男が一生をかけても手にできないであろう宝石の装飾品。名前まではわからないが、男が上流階級の中でもまた上の地位についていることは一目でわかった。確実にこの男は生まれながらに勝ち組の政治家だろう。

 人の多さに少し気圧されたのか、カグヤは男に寄り添う。男も、カグヤを背にして一歩踏み出した。そこで、政治家はようやく男に視線を向けた。

「君が彼女を作った親かい?」

「ああ、そうだ。どうもうちの娘についての噂が広まっているみたいだが……あんたもそれを聞いて来た口か?」

「その通りだとも。是非とも彼女を僕の妻に迎えたいと思っているんだ」

 やはり、と思わざるを得なかった。

 政治家はまた視線をカグヤに向けて男からの興味を失う。理由が分かったことで、対人の緊張が少しほぐれたのか、カグヤは話の渦中であることを理解してそっと男の背から出ていく。

「残念ですけれど、私はもうあと二日の命です。貴方の妻にはなれません」

 上品に答えてはいるが、彼女がうんざりしていることを男はかすかに感じ取った。

 しかし、政治家はこの美しい人形をどうしても欲しいらしい。懐から指輪の箱を取り出して、少女に歩み寄る。

 前日の発明家のような嫌悪感のない足取りではあるが、諦めた雰囲気が感じられないことにカグヤは顔をしかめる。

「君が残りの二日の時間を僕にくれるなら、君の欲しいものをなんでも買ってあげよう。こんな宝石でも、きれいな服でもいい、君の大好きなもので満たされて最期を迎えられるんだ」

 男はそう言ってカグヤの前で指輪の箱を開けて見せた。うっすらと白く光る中にぼんやりと青色が浮かぶ、名前も知らない宝石があしらわれた指輪。カグヤにぴったりだ、と男は思った。

「……そんな、私にはほしいものなんてなにもありません」

「そうか……勿論、君の父である彼の生活支援でもいいんだよ。君がいなくなった後も彼の生活は保障すると約束しよう」

 男の存在を持ち上げられて、思わず舌打ちをしたい気持ちになる。身を差し出せば家族の今後を約束するというのは、ある種の強制力があるだろう。紳士を気取ったこの男は遠回しに家族の今後と短命な少女自身を天秤に掛けさせているのだ。

 カグヤは初めて戸惑ったような表情を見せた。縋るように父の顔を見上げて、それから、わずかな距離を詰めて寄り添う。

「なんでも与えてくださるのですか?」

「ええ、勿論だとも」

「では…………私があなたのところへ行っても、また父と会えるように、私を延命できる薬を買ってください」

 政治家の従えた貴族たちがざわつく。政治家自身も驚き言葉を失ったようだ。勿論、男もそんなことを言うとは思っていなかった。

 カグヤは父に寄り添う力を強くして軽く俯いた。しかしすぐに顔をあげて、まっすぐに政治家をにらみつける。

「買えないのでしょう? ええ、そうでしょうとも。そんなものこの世では開発されていないのですから」

「か、買えるものなら何でも与えますから、だから!」

「おかえりください、この世には金で買えないものも存在する、私の心は貴方に売ることが出来るほど安くはないの」

 そう言い放ったカグヤの表情が少し曇ったことに、男は気づいていた。


     *


 とうとう、誰についていくこともなく彼女は最期の日を迎えた。

 だというのに、二人はあまりにもいつも通りの日々を過ごした。目を覚まして、子どもたちに人形を売りに行って、帰宅してからはお互いに人形の施しをしているだけ。

 ただ少しちがうとすれば、いつもよりも会話が少なかったというのに、時間の流れが速く感じられたことだろうか。

 いつの間にか太陽は鉄板に囲まれた建築物の合間に隠れてしまうほどに低い位置まで沈んできていた。

「……父さん、陽が沈み切ってしまう前に、少し話しませんか」

 命を得たばかりの時とは対照的に控え目に声を掛けてきたその表情がぎこちないのを、男は気づかないふりをした。

 廃屋のような家の屋根で二人、陽が沈むさまを並んで眺める。話したいと申し出た少女は屋根に上ってからずっと口を閉ざしたままで、しかし、刻一刻とタイムリミットは迫ってきている。

「……ごめんなさい、私があの政治家の方の求婚を引き受けていれば、父さんは裕福な暮らしをできたのかもしれないのに……」

「……気にすんな、今更上流の生活なんて鬱陶しくて慣れないさ」

 沈んだ様子のカグヤの顔を上げさせようと笑って見せるが、どうしても彼女の表情は晴れない。さらに言葉を続けようとして、やめた。今は何を言っても、彼女を笑顔にすることはできない、男には自信がなかった。

 再びの沈黙、夕日はきれいだというのに、カグヤはうつむいたままでちっとも空を見ようとしない。

「戯言だと思って、聞き流してください。あの日の貴方の行動の理由を、どうしても知りたくて」

 陽が沈んでいくと同時に、ゆっくり空気も冷えていく。けれど明日にはもう、起きたときに白湯を差し出してくれる彼女はいない。

「……ああ、短かった、とても短かった。けれど、後悔はありません。私は父さんと過ごしたこの五日間、とてもかけがえのないものになりました」

「俺はなにもしてない。……なにも、しようとしなかった」

「いいえ、父さんは私の望み通り、一緒に過ごしてくれました。あの頃と同じ、父さんの優しさをまた与えてもらって、私は満足です」

 カグヤは男の服の裾をつかんで、肩に頭を寄せた。父を見上げ、微笑んだ彼女の瞳から涙がこぼれることはなかった。けれど彼女は心の底から別れを惜しんでいる。父に縋りく少女は親と離れることを拒む幼子のようだ。

「……あの時、父さんが不老不死の薬を手放してしまった理由が、私にはわかりませんでした。生きていればいつか会えるかもしれないのに、なぜ短命を選んだのか」

 くぐもった声を聞きながら、男は娘の背をなだめるように撫でる。話していることは理解することはできないが、聞かなければならないのだろうと感じていた。

「今ようやく、わかりました。短命だからこそ生まれる愛情があるのですね。こんなにも短くて、儚いのに、父さんの愛情をまたこの身に感じることが出来て、私はいまとても幸せです」

 抱きしめる少女の体は、やはり人のように柔らかくはない。けれどそこには確かに、温もりを感じることが出来る。それがたとえ、幻覚でもいい。ぎこちなくとも、その体を抱きしめてやる。

 少女は小さな声で、最期に名前を呼んでほしいと呟いた。男は初めて、けれどもうずっと前から彼女の名前を知っていたようにその名前を口にする。

「輝夜、俺はずっとお前を待っていたような気がするよ」

 美しい黒髪を指で撫でつける。もう周囲は薄暗い、数分で闇が世界を支配するだろう。

 輝夜は嬉しそうにほほ笑んだ後に再び男に体を預けた。

「そういえば、父さんはどうして私を作ったんですか?」

「……たまたまなんだ、等身大のものを作ってみたくて、そうしたら、妻が子どもができたみたいだって喜ぶから、分解したり、捨てたりすることもせずに、置いてた」

「ふふ、じゃあ、私は母さんにもちゃんと愛されていたんですね」

 上品にカグヤが笑う。そう、妻は男が何を作っても疎むことはなかった。なんの役にも立たないものばかりを作るのに、必ず褒めてくれるのだ。

「……その時、妻と約束したんだ。自分たちには子どもが持てないけど、もし子どもと過ごすことがあればきっと幸せにしてあげようって。それが例え、本当の子じゃなくても」

 例えば、貧困ゆえに捨てられた子ども。例えば、一時的に預けられた子ども。例えば、どこからともなく現れた、不思議な子ども。

 どういった経緯で過ごすことになったかなど関係ない、自分たちの子どもが持てない分、手の届く範囲の子どもたちを、少しでも幸せにしてあげよう、と。

だから男は子どものために人形を作り続けた。すこしでも子どもたちを笑顔にしてやりたいと、幸せにしてやりたいと、そんな妻との約束を守るために、男はこの世にとどまり続けた。

「輝夜、お前はこの五日間、幸せだったか?」

「ええ、とっても。短かったけれど、それ以上に私は父さんに愛されました。」

 輝夜の瞼が重たそうに沈んでいく。引き留めようとする言葉を、男はぐっと飲みこんだ。

「……ありがとう父さん。私にこんな尊いものを教えてくれて」

 微笑んだ少女がゆっくりと目を閉じた。

 今宵は新月、その後、人形が動くことはもうなかった。

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Fleeting magic 三日好 @3kkaduki

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