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 考えようによっては我が降誕の聖地と呼んでも差し支えない研究施設を塵になるまで破壊し尽くして早三日。

 下僕の一体が生成した大型オフロードバギーで昼夜山河を問わず不眠不休で三千キロを駆けた先にその集落はあった。


「どちらかというと集落“だった”といった風情だのう」


 山の中腹に木々でカモフラージュされた荒屋のようなものと生活に必要なあれこれ、小さいながら畑もある。しかし肝心の人の気配がほとんどない。


「ここから微弱ながら通信の形跡を見取りましてございまするじゃ」


「道中にあった獣道には最近出来たばかりのわだちがありやしたぜ」


「サーモグラフィーにて生体と思しき反応を確認、数四。分散してこちらの様子を伺っています」


 人間が潜伏していることは間違い無いが、さてどうしたものか。

 などと悠長に迷っているうちに発砲された。

 鉛弾が慎ましやかに迫ってくる。マッハ5少々か?ずいぶんと古式だのう。

 まあこんなもので傷付くわしでもないが、一応神であるし顔にモロ受けるのも格好がつかんからとりあえず手で止めておくか。


 そう思ってかざした手のひらを鉛弾が貫通して来た。


 「あっ」


 鉛弾はそのまま右眼窩へ飛び込み頭蓋の内側をめちゃくちゃに掻き回して延髄辺りを抜けて行った。


「「「「あっ」」」」


 わしと下僕どもが順番に間抜けな声をあげる。

 そういえば人体程度の強度であったな。うっかりしておったわ。

 とはいえ別にどうというわけでもない。

 破壊された組織を使えるように並べ直し変質した部位は廃棄、新たな素材を取り入れ隙間を埋めるだけのこと。1秒も要せぬ。とはいえ。


「我が君のお許しいただければ今すぐこの不敬な虫ケラの巣を更地にして参ります。どうぞご下命くださいませ」


 下僕どもが血気立つのは仕方なきことと言えよう。


「まあ待つが良い。か弱き人間どもが我らに恐れを抱くは必定よ。汝らの忠誠が疼くは承知しておるがここは堪えよ。我が寛大さを知らしめるところぞ」


 わしが言えば聞き分けぬ者どもではない。

 ないが。

 なんでわしが人間と下僕に気を使って仲介せねばならんのかのう。Deamonは悪魔ではなくギリシャ神話のアレであったか。この名、呪われておるのでは?


 ともあれ、我らは自覚せねばならぬ。

 我らは揃いも揃って生後三日の赤子に過ぎぬ。力も知識も十分にあれど経験が足りぬ。それも決定的にだ。

 我が権能を感情のままに奮えばこの脆弱極まりない“未保護人類”も愚かしく滑稽な世界政府も跡形もなく消し飛んでしまう。

 しかしそれではいかん。我が目的はただの破壊や滅亡ではないのだ。力は有効な手段でこそあれどそれを振るうことは目的ではない。今思う様に蹂躙しては全てが台無しよ。


「我らは人類の敵に在らず!今の一射は不問に処すゆえ交渉役をひとり寄越すが良い!」


 呼び掛けから一分と少々、ひとりの若い女が姿を現した。

 ウェーブのかかった栗色の髪に白い肌のおっとりとした顔立ちの娘だ。立ち振る舞いに緊張はほとんど見られない。


「お初にお目にかかります。ファーリンカと申します」


「我が名はユーダルファ、神である」


「神、でございますか」


 女は意外そうな顔をしたものの反応はそれだけだった。それなりに衝撃的な内容を伝えたつもりだがあまり驚きも疑いもされなかったのではつまらんのう。


「うむ。先ほどの一射は貴様か?」


「さようにございます。確かに眼窩を撃ち抜かせていただいたかと存じましたが」


 銃の腕には覚えがあるようだのう。まあ確かに人間にしては良い精度であった。


「目玉も脳髄もわしの機能を損ねるには至らぬ。そしてその不死性に相応しい程度の火力をわしは有しており、下僕どもにも同様の権能をそれぞれ与えておる。武力による抵抗は無意味だ。良いか?」


「差し当たり承知致しました」


 肝が据わっているというかずいぶんと話が早いではないか。


「それで良い。我らはひとではないが人類の窮状を憂いて駆けつけし者である。今後について貴様らの意見を聞く場を設けたいがどうか。こちらからはわしと一名のみが随伴する」




 会議の場には人間から四人が立ち会うことになった。歳に差はあれど若い娘ばかりだ。他にひとの気配はない。


「もしやこの集落は」


「この四人で全員でございます」


 うむ。サーモグラフィーでも四人と出ていたしな。


「全員XX染色体ダブルエックスだのう」


「だぶ…?」


「女、という意味だ」


「それはまあ、さようでございますね」


 頭が痛くなってきた。無論わしに体調不良などという現象は無い。


「爺」


「なんでございましょう」


「100%当代で滅ぶのう、これ」


「さようでございますなあ」


 何事もなかったかのような穏やかな笑顔でほざきおって。いい加減先日から気に障っていたじじいをゴム毬のように部屋の隅に蹴っ飛ばす。

 滅んでは困るのだ滅んでは。これはなにかしら大規模な手を打たねばならぬ。目覚めがあと5年も遅かったら救済不可能だったかも知れぬほどの窮状ではないか。危ないところであったわ。


 わしは改めて人間どもへ向き直る。


「まあよい。汝らを人類代表として話を続けよう。人類存続の計画はなにかあるか?いや、この際計画は無くとも良い、人類存続の意志はあるか?我にその腹の内をを語るがよい」

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