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ここから先は大変だった。
人間どもは悲しいかなロクな教育を受けておらなんだ。
二百年前にほぼ狩り尽くされ辛うじて逃げ延びた人類は反世界政府活動を行いながら細々と生きてきた。
だが世界政府の
食料不足、病、負傷、数は減る一方で教育を施せる人間は先細りするばかり。残っていた四人が全員読み書き出来たのは奇跡だとすら思えてくる。
“未保護人類”はこれまで生きるだけで手いっぱい、未来に思いを馳せる余裕など微塵もなかったのだ。ゆえに完全にノープランであった。
ここに生後三日人工知生体と教育未経験人類という地獄のドリームチームが誕生してしまった。
交渉役は四人の中では最年長でまだ存命していた先達から多少の手ほどきは受けていたようだが、残りの三人はまるでダメだ。
ふと、この二百年交渉すべき相手などほとんどいなかったのではないかと思うたが、そういえば人間は三人も集めれば普通に争いだす生き物であった。最後のひとりになるまで交渉の技術というものは役に立つのであろう。
ひとまず四人に現状の“保護人類”について説明してやると、それでも生きているのであれば助けたいなどと寝言を言い始めおった。
五感を一切感じたことのない、言語のひとことも知覚したことのない、まっさらの薬漬け脳みそを救うことの難解さについてわしは自分でも驚くほど誠心誠意説明したのだがなかなか納得しない。
人間というものはまったく度し難いほど愚かしく愛おしい。
いや、こやつらあまり愛おしくないな。
だいぶめんどくさい。
あまりにも埒があかぬゆえ、わしは試しにひとつ救助活動を実践して体験させてやろうということで話をまとめた。
世界政府の保護施設から脳を盗み出し、薬物を洗浄して作っておいた維持装置に放り込み、生きるに必要な情報を書き込んでついでに擬似人格を形成し、仮想環境で人格を稼働させて定着度合いを確認し、自我を十分に確認出来たところで脳を義体へ移し起動させる。
ひとつの脳みそを人間相当に仕立てるまでに行動開始からだいたい千時間ほどかかった。
わしとしてはほぼ試算通りなのだが、人間どもは身をもって知らねば覚えないのでいい薬になったであろう。
そのうえで改めて言葉にして言い含めてやったら、それでようやくやつらも脳みそ救出を諦めた。
しかしこんなやり方で無力感を植え付けてもやる気を損ねるばかりでなんの益もない。
人間には達成欲をそそる目的を与えてやらねばならぬ。
“達成感”ではない。その前段階である“達成欲”を刺激せねばひとは動かぬ。
なのでわしはこのために温めておいた腹案を、さもやつらの意見を汲んで検討したような顔で提示してやる。
それは人間生産工場の制圧。
脳みそになる前の人間ならまだ手間が省けようというものよ。先日救出した
どのみち人類存続に人間生産工場は不可欠なのだ。
四人も世界政府に生産される人間たちを自分たちの手で助け育てるという筋書きはそれなりに気に入ったらしくやる気を取り戻したようだ。
なに、わしにかかればこの程度の人心掌握など児戯にも等しい。
とはいえこの件で人間どもがなすべき役割など実はなにもないがのう。
先の脳みその一件では仮想環境で人格の定着具合を確認する作業は人間のほうが向いておるであろうと思いやらせたが、単純にチカラを行使する場面では非力で脆弱な人間などお荷物以外のなにものでもない。
臨場感を味あわせるためにそれとは言わず同行はさせる。なんならひとりふたり命を落とせば気分も盛り上がるであろう。
全滅されてはそれもまた面倒ではあるが、生産工場制圧が成るならばその前に少々減ったところでどうということもない。
こうして…。
人間生産工場の制圧。
お涙頂戴の感動物語。
世界政府との停戦交渉。
人類自治区の成立。
などといった手の込んだ茶番の数々を経て、人間は二百年ぶりに公的に認められた自由を取り戻した。
世界政府は停戦協定により“未保護人類”へ割譲された設備を除く、管理下の全ての人間生産工場について生産中ロットの完成を持って停止を決定。
生産された人間についても
“未保護人類”、今となっては正式な“人類政府”は割譲された人間生産工場周辺を領土とし、人間向けに調整された自律機械を労働力に居住区を作り原始的な農耕施設を開拓していった。
人類を手放したことでもはや地球環境にしか関心を示さなくなった世界政府と折衝しつつ人口と領土を拡大していく。
新たな文明が始まったのだ。そして…長い時が流れた。
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