恋とはつまり大いなる錯覚である。

@onaka54ippai

プロローグ

From 高橋ナギサ



「それ、お前の勘違いじゃね?気があるとかないとか、多分関係ない」

 

 大方予想通りの反応が帰ってきたが、それでも胸はチクリと傷む。


 

 中村は、まあ、よくあることだけどな、と笑いながら、俺の奢りのメロンソーダの残りを飲み干した。


「そ、そうだよな」

 

 そ、そうだ。合理的に考えてありえない。

 

 やたら目があう(気がする)とか、笑顔で話しかけてくれている(気がする)とか、全部、よくあることの範疇だ。

 

 目が合いがち(な気がする)のはこちらが無意識に視線を向けているのに反応しているからなのかもしれないし、やたら笑顔で話しかけられ(ている気がし)たりするのは相手の愛想が良いだけ、と説明がつく。

 

 

 そうだ、わかってはいる。人間とは都合の良い勘違いをする生き物であり、


「そうやって勘違いして、昔、星原さん、だっけ?にこっぴどくふられたの、まさかわすれてないよな?」

 

 ――同時に、同じ過ちを繰り返しうる生き物でもあるのだ。危ないところだった。やはり中村は頼りになる。


「わすれるわけないだろ・・・・・・ありがとう。頭が冷えた気がするよ。また俺が変なことを言い出したら、そのときはよろしく」


「おう、次はJOJO苑おごりな」


そういって中村はニカっと白い歯を見せる。

「ばっかやろう」


・・・・・・なのは俺のほうか。

 

 しかしだ、真に愚かな人間というのは、自分の愚かさを認めず、目をそむけてしまう人間のことだ。

 

 俺は自分の頭脳の明晰さを疑ったことはない。しかし、知能の素晴らしさは愚かさの不在を証明するものではない。

 

 恋とは大いなる錯覚である。誰かが言った言葉だ。(と思う。】


 そして錯覚に陥ることと、頭の良さは、残念ながら関係ないのだ。優れた頭脳をお持ちのはず・・・・・・なのに・・・・・・という輩を、読者諸賢も見たことがあるだろうし、現在進行系で呆れ返っている方も大勢いると思う。


 頭の出来がよろしいからといって、よくある目の錯覚の例の、上下に並んだ矢印をみて、長さが上下とも同じに見えるということはない。


 しかしそれが錯覚であると見抜くことはできる。長さを測ったり、何らかの方法で2つの矢印を重ねて確かめたりして、実は同じ長さであるということを見抜くことができる。


 そしてなによりも、それが、人間の陥りがちな錯覚であるということを知っている。だから具体的に対処することができる。腐れ縁の中村にこうやって第三者的に状況を判断してもらうとか。


 錯覚に陥いったままでも、理性を働かせて錯覚であると見抜くことができるのが、真に理知的であるということだ。


 まあ長々といろいろ述べたがつまりこういうことだろう。


 彼女が俺に気があるような気がしなくもないような気がするのは、大いなる勘違いということだ!俺はもう騙されんぞ!

 


                     ☆


From ほたる

 中身は変えられないが見た目は変えられる。


なら見た目はせいぜい、マシにする努力をしたほうがよいのでは、と思い立ったのが去年の、つまり高校2年の秋。


 肌ケア、食事、運動、睡眠、諸々諸々、スイッチが入ると徹底的になってしまう質のせいか、なんやかんや、ブヨブヨのお腹は引き締まり、ボサボサの長いだけの髪はつやつやキューティクル(!)のサラサラヘアーに変貌したし、不気味なくまもほら、見てよ、この健康的なきらめく笑みを。


 まあ、といっても、見えないよね。


 お陰様(?)で、周囲の人間、とくに男子共は掌を返したように態度が変わった。

 言葉の表面は変わってないんだけど、特に変わらず、つまり私という人間はなにか、もそもそした陰気な生き物であるという認識はそのままですあよアピールを、今まで通り変わらず接してますよアピールしてるけれど、甘いんだよそういうの。


 自称「趣味は人間観察です」をなめるんじゃない。フランクに話しかけてきてるつもりだろうけれど、下心が声に混じっているし、第一、お前ら、痩せる前の私には見向きもしなかっただろ。


 告白(なんという恥ずかしい響き!)されるようにもなったけれど、まあ、jkとはそういうもんだし(偏見かな?)モテ度は甘めに見ても平均的jkといったとこだろう。


 こういうところで過分に努力した自分を評価しないのが私の偉いところだ。

 生活習慣に気を使うようになったおかげで、体の調子はよくなったけれど、かえって面倒なことがふえてしまった。このことはきっと私の安定思考を、変わらぬものを愛する精神を強化するに違いない。


 それもこれも――


あの日ふと廊下の曲がり角で、聞いてしまった会話。ナギサくんと、誰だっけ、名前は忘れちゃったけど、いつも一緒にいる、腐れ縁的なひととの、あの会話。

 

名前を忘れた某君が生意気にも


「海原ほたるっているじゃん、手入れしたら光るとおもうんだけどさ」


とか言っちゃって、このままでも分かる人には分かるんですー!!!とか聞こえもし

ない弁明を述べたところ。


「今のままでもかわいいとおもうけど……」

「はあ?」


はあ?とはなんだ失礼なやつ。いや、私も言っちゃったけどね、心のなかで、同じタイミングで、はあ?って。


 単純すぎて呆れちゃった。高橋くんじゃなくて、私に。

 え?ほんとに?それがきっかけだったの?と自分でも不思議に思うくらい。それで、スイッチ入っちゃった、と推測するしかないじゃん。


 え?本当に?

 

 わかってるよ、多分、冗談とか、その場の適当なおふざけとか、そのたぐいのことだって。

 

 わかってる。私の外見が変わっても、ちっとも態度が変わらないのも、そもそも私に興味がないんだと、きっとそういうことなんだよね。

 きっと彼はすごく親切な人で、だから、バカにされるとか、そういうことを通り越して、周囲の人間に見向きもされなかった頃の私にも優しかったんだ。


わかっているよ。彼だけは私の中身を見てくれるとか、そういうのって、痛い処女のもうそうなんだって。

 

 にしたって変な話・・・・・・そういう勘違いを、深層心理で実はしていたとして、じゃあ中身をみてくれているのになんで外見を磨こうとおもったのか・・・・・・まあこの考察は後日に回すとして。


 そう、言いたいことはつまり、だから、この感情というか、私の理性を無視して、私の心をかきみだすこの感覚は


From 高橋&ほたる


『『俺の(私の)勘違いなんだ!!』』



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

恋とはつまり大いなる錯覚である。 @onaka54ippai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る