学祭の終わりに ①

 俺達が教室に戻ると同じタイミングで白川と大仏が戻ってきた。


「ちょうど良かったな」

「そうみたいね。どう、楽しめたかしら?」


 白川の機嫌は始めに会った時よりは柔らかくなっていたが、どこかトゲがある話し方のままだ。大仏と絢は微妙な笑顔で会話の様子を見ている。


「そうだな、楽しかったぞ。白川はどうだったんだ?」

「私も中学時代の友達に会えたから楽しかったわ」


 笑みを浮かべている白川だけど、やはりトゲのある言い方で話す。多分、今日はどんなに話してもこのままに違いない……俺はもう諦めていた。


「そろそろ帰ろうか、絢」

「……うん、そうだね。そろそろ……」


 白川が絢に話しかるが、絢は返事をしたもののまだ帰りたくなさそうな感じだった。時計を見ると絢の気持ちとは対照的に撤収の時間が近づいていた。


「俺達もぼちぼち片付けの準備を始めないといけないな」

「そ、そうなの……うん、そうね、帰ろうか、由佳ちゃん」


 残念そうな表情を浮かべた絢は未練を断ち切るように白川に伝えて美影の側に行き俺を呼ぶ。


「みーちゃん、よしくん。今日はありがとう、短い時間だったけど一緒に通っているみたいな体験が出来て嬉しかったよ」

「喜んでもらえてよかった……」


 絢は本当に嬉しかったのだろう絢の表情を見れば分かる……美影も安心したみたいで嬉しそうな顔をしている。


「こっちの学校に来ればよかったな……」

「あーちゃん……」

「ううん、大丈夫だよ。今の学校も楽しいから」


 絢が左右に首を振っているが、どこか寂しそうな表情をした。俺は入試前のことを思い出した。


(もしかして絢も悩んでいたのか……俺がもっと早く絢と話していたら違っていたのかもな、今さら後悔しても仕方ないことだ、それよりも笑顔で絢を見送らないといけない……)


 俺は無理矢理にでも笑顔を作った。


「今度は学校帰りでも遊びに行けるよ、また三人で出かけような」

「そうね、あーちゃんまた連絡するよ」


 美影が俺の返事に付け加える様に笑顔で話すと絢は微笑み小さく頷いていた。


 白川と絢が帰っていき、俺達は片付けの段取りを始めていた。美影は俺と離れて違う場所に手伝いに行った。


「ねぇ、やっぱり山内さんは凄いわ……」


 大仏が片付けの手を休めて俺に呟くように話しかけてきた。


「なんだよ、いきなり……」

「いや……だって、全て山内さんが考えていた筋書き通りなんだよね」


 大仏が感心した顔をしていて、俺は黙って隣で聞いている。


「アタシに由佳のことを頼みに来て、いろいろと話をしたけど本当にいい子だよね。アンタにはもったいないぐらいに」

「ちょっと待て。いろいろと話したって何を話したんだ?」


 美影とはいえ大仏が頼み事をあっさりと引き受けたのにはなにか理由があるはずだ。その話の内容が知りたかったが……


「それは教えられないわよ。アンタには特にね」

「そうだよな……」


 勝ち誇ったような顔で大仏が笑っている。俺は予想通りとはいえ項垂れるしかなかった。


「でも……笹野さんに対してなんであんなにまで……なにかアンタ知ってるの?」


 笑っていた顔がいきなり真面目な表情に変わり大仏は疑うような目で俺の顔をじっと見る。俺は左右に首を振り、知らないと素振りをした。


「そう……まぁいいけどね。アンタはちゃんと確かめたほうがいいんじゃないの?」


 大仏らしい返事だった。


(前から気にはなっていたけど、アイツ言う通り確かめるにはどうすればいいのだろうか……直接聞くのも変な感じだよな)


 俺が悩んで難しい顔をしていると、大仏はため息を吐いている。


「はぁ……つくづくなんでアンタなのかね、本当にもったいないわよ山内さんは……」

「おまえな……」


 さすがに二回も言われると腹が立ってきたので言い返そうとすると大仏が急に真剣な表情に変わった。


「もう笹野さんのことはこのまま終わりでいいの? 山内さんはどんなに優しくていい子でも笹野さんの代わりにはならないわよ。分かってる?」


 大仏の口調は厳しく、俺を責めるような目で厳しく見つめられる。すぐに答えられず、大仏の視線にも耐えられず顔を背ける。そのまま黙っている俺を窺いながら呆れた様子で大仏はため息を吐く。


「笹野さんと山内さんは仲が良いのよ。アンタ次第であの二人の関係も変わってしまうの……」

「分かってるよ……」

「本当に分かってるの?」

「あぁ……」


 不満そうに返事をしたので大仏は疑い深そうな顔をして首を傾げている。



「本当に笹野さんのことはいいの? アンタも笹野さんも似た者同士だから自分の本心よりも……」

「そんなことは……ないはず……だ」


 大仏に二度も絢のことを問われて、心の奥底を見られたような気がして歯切れの悪い小声になってしまった。


「もう……そんな顔をしてたら山内さんが心配するからしゃんとしなさい!」

「痛っ⁉︎」


 不意をつくように大仏が俺の背中をバシッと叩いてきた。大仏は一つため息を吐いて、熱が冷めたような顔になる。


「アンタのことだか当分の間はこのままで何にも変わらないだろうけど、でも覚悟はしておきなさいよ、その時がくるから……」

「……」


 冷ややかな笑みを浮かべる大仏になにも言い返せずに俯いていると、美影の声が聞こえてきた。


「あらっ、どうしたの?」

「なんでもないわよ」


 大仏が何事も無かったように愛想よく返事をしたが、美影は心配そうな顔をしている。俺は慌てて暗い顔からいつもと変わらないような表情をしようとする。


「そう? 大仏さんになにか責めらていように見えたから……」

「ふん、そんなのいつものことじゃない」

「ふふふ、そうね」


 大仏は軽く笑みを浮かべて答えると美影も小さく笑いながら頷いていた。二人の会話を微妙な気持ちで聞いていたが、美影の表情がいつもクールな表情になる。


「でもね、あんまり私の彼氏をいじめないで、大仏さん」

「ふっ、気をつけるわ」


 美影の言葉に嫌味はないので、大仏は余裕ある顔をしている。美影もそのまま何も言わずに余裕のある顔で微笑んでいた。俺は一瞬焦ってしまったが問題なかった。


(不穏な空気にならなくてよかった……でもこれも俺が悪いんだよな……)


 このまま暗い顔ではいけないと気を持ち直そうとして美影を見る。


「さぁ、片付けを進めよう」

「そうね、始めましょうか」


 美影はいつもの優しい表情で答えてくれので、ほっと一安心をする。大仏も仕方なさそうに頷き作業を始めた。

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