学祭二日目 ②

 俺はやっと調理側の仕事から解放されて客席側の仕事に戻っていた。当番の交代時間まで残り十分になった頃、約束どおり絢と白川が姿を見せた。


「あぁぁ、みーちゃん、すごくカワイイね!」

「ふふふ、ありがとう。あーちゃん」


 教室に入ってきた絢は美影を見つけるとすぐにはしゃいだ声を出して、美影も嬉しそうに笑顔で答えていた。


「あと少しで交代だから、ここで待っててよ」

「うん、そうする」


 美影が絢にそう言うと白川と一緒に空いているテーブルに座った。美影は一旦仕事に戻る。俺も一度仕事に戻ったが、すぐに調理側へ行き二人分のコーヒーを持って絢達の所に戻ってきた。


「ほら、俺の奢りだよ」


 絢と白川のいるテーブルに並べる。


「わぁ、ありがとう」


 絢は嬉しそうな表情をしているが、白川はむっとした不機嫌そうな表情で軽く頷いている。そんな白川の様子を見て絢が慌ている。


「もう由佳ちゃん……いいのよ」

「……うん、分かってるわよ。ごめんなさい、宮瀬くん」


 白川の表情が少しだけ緩んだ。気にしていた訳ではなかったのだが絢の気遣いに感謝して首を左右に振る。


「そんな謝る必要はないよ、白川の言いたいことはなんとなく分かるから」

「……そうかな?」


 俺の言葉に白川は訝しがる。絢は俺と白川の会話を聞いて、再び微妙な空気になり心配そうな表情を浮かべている。絢の顔色を見て、返事が拙かったなと反省をしていた。しかしここで空気を一変する。


「あの、白川さん。ちょっとお願いがあるんですけど」

「えっ、山内さん⁉︎」


 俺と白川の重苦しい空気の間に美影が入ってきた。美影の口調がはっきりとして意志が強そうな雰囲気で、白川はかなり驚いた顔をしていた。俺もさすがに動揺して、一抹の不安が頭を過ぎる。


(まさか、揉めたりしないよな……意外と美影は気が強かったりするからな)


 美影の表情は普段のクールな雰囲気だが、一歩も引く気はないようだ。


「絢ちゃんを少し借りてもいいかしら?」

「えっ、う、うん。いいわよ……」


 美影の表情は見た目いつもと変わらないが、口調の重さは全く違い迫力があった。白川は美影の意外な圧力に予想外のことで当惑しているようだ。会話を見ていた絢も慌てかけている。

 白川の返事を聞いた美影はすぐに軽く一礼をして少し強引な感じで絢に話しかける。


「あーちゃん、行くよ」

「う、うん。由佳ちゃん、またあとで連絡するね」


 そう言って絢は慌てるようにして立ち上がり、美影の後ろについて行く。俺もすぐに白川に頭を軽く下げて美影を追いかけた。美影に追いつくと、絢には聞こえないように話しかけた。


「いいのか? 白川が一人になってしまうぞ」

「ふふふ、よしくんはやっぱり優しいね。でも大丈夫よ」


 美影が振り返って白川がいた場所を確認するので、俺も振り返ってみると大仏の姿がある。


「あっ、アイツいつの間に……」

「私が頼んでいたの、こんなことがあるかもってね」


 得意顔で微笑む美影の表情を見て、志保が始まる前に見せた微妙な笑顔の意味がなんとなく分かった。


(いつの間に美影は大仏に頼んでいたんだ、そもそもどんな説明をしたんだろう……)


 でも今ここで考えても仕方ないので白川のことは大仏に任せることにした。美影も『大丈夫だよ』という顔をしている。やっといつも見せる優しい美影の表情に戻った。


「着替えて来るからちょっと待ってて、あーちゃんは一緒に来てね」


 美影は俺にそう言うと絢の手を引っ張って更衣室に向かった。何故美影は絢まで連れて行ったのか分からず、一人で待っていた。暫くして美影が制服姿で戻ってきているのが見えたが絢の姿がない。


(あれ⁉︎ 美影の隣にいる制服の子は誰だ?)


 顔が認識できる距離に来て、やっとこの学校の制服を着ている女子が誰だか分かった。


「……どうしたの? その制服姿は……」


 俺が驚いたような声で二人を見ると美影は楽しそうに微笑んでいる。


「みーちゃんがね、ぜひ着てみてって言うから……」


 絢が困惑した表情で答えるが、イヤイヤという様子でないので隣にいる美影は自慢そうに話す。


「似合うでしょう、ふふふ」

「まぁ、当たり前だよ。高校生なんだから」

「えぇ〜、そんな意味じゃないのよ」


 俺の返事に美影は不満顔をする。美影と俺が話している側で絢が恥ずかしそうに俯いて小さな声で俺に答える。


「さすがによその学校の制服を着るのは初めてだけど恥ずかしいと言うかなんて言ったらいいのか……」

「そ、そうか……で、でも全然違和感とかないし……そう、クラスメイトでも問題ないよ」


 絢の様子を見て俺は焦って返答をしてしまうが、それが良かったみたいで絢は少し嬉しそうな顔になった。普段から俺は絢の制服姿には見慣れていないので、この学校の制服を着ている絢にはそこまで違和感を感じなかった。


「今日は一般の人が多いから全然問題ないよ、これで三人とも同じ学校の生徒って感じでいいでしょう」


 相変わらず美影は楽しそうな表情で、いつものクールな雰囲気はなくどこかはしゃいでいるようだった。


(珍しいな……美影が学校でこんな表情をするのは、よっぽど楽しいんだろうな)


 絢はやっと慣れてきた様子で美影と一緒になって楽しそうに話し始めていた。


「それじゃ、ぼちぼち回ろうか!」


 絢の様子をみて安心した俺がそう言うと二人とも嬉しそうに大きく頷いた。

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