秋の気配と休日 ①

 翌日の試合にも勝利して、次の試合は来月の半ばにあるにで当分の間練習は厳しいままだった。しかし今週末は体育館が使用出来なくて二日間練習が休みになった。来月の最初は中間試験があるので、ゆっくりと出来るのが今週末ぐらいだ。

 今日は土曜日で久しぶりにバイトを頼まれたので気分転換を兼ねて気楽に仕事をしていた。

 お昼も過ぎて、暇な時間帯になってきた頃に事件が起こった。店の入り口が開いてお客さんが来たのだと表の扉へ向かうと意外な二人組が立っていた。


「ふふふ、来ちゃた……」

「ごめんね、どうしてもって、みーちゃんが言うから」


 美影と絢が楽しそうな表情をしている。何故、二人揃ってここに来ているのか全然わからない。


「な、な、なんで……それも二人で⁉︎」


 それ以上の言葉が出てこないぐらい驚いていた。とりあえず入り口で立ち止まっていたらいけないので、二人を窓際の席に案内する。


「ここの席でいいかな、お冷やを取ってくるよ」

「うん、ありがとう」


 美影と絢がそう言って向かい合って座った。俺はまずは落ち着こうとカウンターに逃げ込むように下がった。


「おぉ〜、大丈夫なの⁉︎」

「大丈夫な訳ないだろう……」


 カウンターの奥に戻ると大仏が様子を見ていてようで顔を出してきた。さすがの大仏も俺の焦り具合に心配しているみたいだ。


「アンタどうする気なの?」

「どうもするもこうするも……」


 全く考えが浮かばない、俺の様子を見た大仏は半ば呆れた顔をしている。


「仕方ないわよ。もうなるようにしかならない。諦めなよ……アタシは着替えるから」

「うぅ……そうだよな」


 項垂れる俺を大仏は哀れそうな目で軽く笑いながら控え室に戻って行った。やはり頼りにならない幼馴染だが、そもそも大仏に助けを求めてはダメだ……気を取り直してお冷やを準備して二人の席に向かう。


「決まったか、注文は?」


 二人が楽しそうに会話をしていた。俺は出来るだけ普段と変わらないように話しかけたが、緊張しまくってなんとなく動きがぎこちないような気がした。


「うん、私はAセットで、あーちゃんは?」

「私は……Bセットにするわ……何か大丈夫?」


 絢が少し心配そうな顔をしたが、心配ないと頷いて俺は二人の注文を確認すると再びカウンターに戻った。二人とも話しかけたそうな顔をしていたが、俺の頭の中はまだ整理出来ていないので忙しいフリをしていた。

 カウンターの中でマスターも俺の異変に気が付きハラハラした顔をしている。


「大丈夫か⁉︎ もしかして修羅場とか言うやつか?」

「ち、違いますよ……仲良いから問題ないですよ」


 マスターの勘違いで少し気持ちが楽になったが、状況に変化はないので問題ないことはないのだ。


(美影は絢に話しているのだろうか……確認しようがない……)


 二人の所に行こうにその事が頭から離れないので会話が難しい。頭を抱えて悩んでいると美影達から二つ離れた席に私服に着替えた大仏が座っているのを見つけた。普段はかけることのないメガネをかけて変装したつもりの大仏だが、美影達は気が付いていなようだ。俺と目が合うとコーヒーを持って来いと合図をしてきた。


(アイツは……もう最悪だ……)


 うんざりした顔をしたが、ここで変に行動されても厄介なので大仏の言う通りにすることにした。

 店内には、あと一組だけお客がいたが立ち上がり会計をしよとしている。これで店の中には俺の知り合いしかいない状況になってしまった。先に大仏の所へコーヒーを持っていく。


「お前、変なことするなよ。頼むから……」


 俺は小さな声で話すと珍しく空気を読んでくれたのか大仏も小声で答える。


「心配しないで大丈夫よ。アンタのヘタレを観察するだけ……」


 からかい半分で小さく笑っている大仏はまたこれをネタにするつもりだろう。俺は小さく息を吐きながらカウンターに戻り、美影達の注文したセットを運ぶ用意をした。


「はい、こっちが美影で……」


 二人の席に注文の品を運んできたが二人とも話しに夢中だ。

 これならわざわざここに来なくてもいいのに……少し不機嫌そうな顔をして戻ろうとすると、絢が気が付き考え事をしていた美影に教えたみたいだ。美影は慌てて俺に謝るような素振りをしていた。


(なんの話をしているのだろう……ここに来たのには何かしら訳があるはずだ)


 相変わらず大仏はおとなしそうにしているが聞き耳を立てているだけだ。やれやれとカウンターで片付けを始めて暫くすると、美影が俺に手招きをして呼んでいる。分かったと何度か頷き、きりがいいところで作業をやめて美影達の席に向かった。


「もう、遅い‼︎」

「だって仕事中なんだぞ……それでなんだよ」


 美影はムスッとした顔をしていたが、機嫌が悪い訳ではないみたいすぐに楽しそうな表情に変わる。


「明日、特に予定はなかったよね?」

「あぁ、今のところはないぞ……なんでだ?」


 美影は前にいる絢と目を合わせると頷き予想外のことを話し始める。


「明日、三人でマリーナワールドに行こうよ!」

「えっ⁉︎ いつ、誰と?」


 全く状況が把握出来ずに困惑していると美影が膨れっ面をして俺を見上げる。


「もう、よしくんとあーちゃんと私の三人よ!」

「え、え、えっ……あ、あし、明日……」

「うん‼︎」


 満足そうな表情をした美影を絢は優しく微笑んで見守っている。俺は相変わらず状況が掴めないままで立ちすくんでいた。


「……」

「どうしたの? あっ、ほらあっちのお客さんが呼んでるよ」


 美影にそう言われて席から離れたが、呼んでいるお客は大仏だった。美影達はまだ大仏には気付いていないみたいだが、俺は大仏の所には行きたくなかった。冷やかされるのが分かりきっているからだ。でも仕事中だから仕方ない……


「はい、なんでしょか?」


 ぎこちない笑顔で接客すると、大仏は笑いを堪えている。


「ふっ……アンタも大変ね……ふふふ……」

「やかましいわ……ふう……なんでこんなことになるのかな」


 俺は小声で愚痴をこぼしながらため息を吐いていると、相変わらず大仏は笑いを堪えなが呟いた。


「上手くやりなさい……これまでのアンタの行いの結果よ」

「ふう……そうだなオマエの言うとおりだな……」


 ズバリなことを言われてしまい、何も言い返すことは出来なかった。背後の席では美影と絢が楽しそうに明日の事を相談しているみたいだった。

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