県大会と決心 ②

 ハーフタイムになり、いつもは美影が持ってきてくれるのだが、困惑した顔の志保が俺にタオルを渡してくれた。


「いったい、何があったのよ?」


 周りを気にしながら志保が小さい声で話しかけてきた。


「うん……」

「仕方ないわね、試合中だし詳しい事は聞かないわよ」


 俺の曖昧な返事に気をつかったのか志保は深く追及しようとしなかった。タオルを頭から掛けて視線が分かりにくいようにして美影を探したが見つけられなかった。


(とりあえず志保がいるから任せておこう……)


 目の前の試合に集中しようと今の間は頭から離しておこうとしていた。

 ハーフタイムが終了してコートに戻る時に、美影がどこかしらか戻ってきていた。俺と目が合うと恥じらうような表情で「頑張ってね」と声に出さずに口を動かしていた。試合前の厳しい表情とは違っていたので安心をして後半に臨めた。

 試合はリードしているものの、オフェンス時に俺が抑え気味で得点をあげていない為、得点差は僅かだ。


「おっ、試合開始の時よりも表情が良くなったな」


 開始前に皓太が俺の顔を覗き込みながら機嫌が良さそうに話しかけてきた。


「えっ、なにも変わってないぞ?」

「そうか……まぁいいや、しっかりと頼むぞ!」


 皓太は笑みを浮かべているが、俺自身はなにも変わったような気がしていないので何故そんなことを言うのか分からなかった。

 試合が再開されるとやたらと皓太からのパスが来る。それもシュートを打って下さいと言わんばかりの絶妙なパスだ。


(なんだよ……今日はダメだって言っていたのに……)


 今のところはシュートを外していなにので問題はないのだが、なんでこうパスを回してくるんだと考えているとまたナイスパスが入ってきた。


(うわぁーー、これは難しいぞ‼︎)


 味方にパスをしようにもコースを塞がれていて、シュートを打つにもピタリとマークがつかれている。いつもなら強引にシュートにいくのだが、今日の調子だと難しいかなと頭をよぎった。

 でも状況からシュートにいかないとボールを取られるだけなのでいつものようにシュートを放つ。予想外に放ったシュートは綺麗にリングに吸い込まれる。


(あれ⁉︎ いつもと変わらない感覚だ)


 シュートを決めて自陣に戻ろうとしていると皓太がニヤッとして俺を見ている。


「気がついたか……もう問題ないみたいだな、一気に突き放すぞ!」


 そう言って皓太の目つきが変わると、俺も皓太に言われた事で自信が戻ってきた。それからは皓太の宣言通りにワンサイドで得点を重ねていった。

 試合が終了した時には、得点差が二十点以上ついていた。試合終了後にキャプテンの長山にも念を押される。


「マジで頼むよ……俺達のチームは宮瀬の出来次第なんだか……」

「分かった。でもキャプテンのお前がそれを言うなよ」


 苦笑いしながら俺が答えると長山も和やかな表情をしていた。

 今日はこの一試合だけで明日も試合がる。まずは初戦に勝利したのでみんな嬉しそうな表情をしている。俺も朝の事をすっかりと忘れていた。帰り支度が終わり現地で解散になりみんなバラバラで帰り始める。


「……ごめんなさい……」


 いきなり帰ろうと振り返ると俺の前に、落ち込んだ表情の美影が頭を下げていた。


「ど、どうしたんだ……頭を上げなよ」


 驚いた俺は優しく声をかけると、ゆっくりと美影は頭を上げてくれたが表情は固いままだった。


「私が悪いの……一人で勝手に拗ねて、ひがんだような事をして……」

「ううん、美影が悪い事はないよ……」


 首を横に振り俺は否定をする。あの後、冷静に考えると試合前の絢との状況は美影が怒っても仕方がない。でもまさか美影が謝ってくるとは想像していなかった。


「そんな事ないよ……私がいけないの……なにも変わらなくていいよって言ったのに……だからあーちゃんにもこれまでと同じようにしていいのに……」


 そう言って美影は俯いたままだ。俺は告白した時に美影が言っていた言葉を思い出した。


(あの時の言葉がこんなに重たい意味があったのか⁉︎)


 美影の優しさなのか、気づかいなのか……でも俺はこれから付かず離れずで絢と接しないといけない……難し過ぎる。でも今はあれこれ考えている状況ではない。


「……分かったよ、俺も気をつけるからいつもの美影に戻ってくれ……」


 このままだと美影が泣いてしまいそうなので、とにかくいつもの笑顔を見せて欲しかった。


「……うん……もうこの話はおしまいね」


 顔を上げた美影はぎこちないがいつもの優しい表情になった。俺は美影の顔を見てほっとする。


「さぁ、帰ろうか」


 少し離れた場所で見守っていたのか志保がそう言って美影の隣りやって来た。俺と美影が同じように頷き帰り始めた。暫く歩き始めて、美影が突然走り出した。


「ちょっと待っていて」


 美影が走り出した先に見覚えのある姿がある。志保が俺の横でため息を吐いている。


「もう……本当にお人好しなんだから……」


 俺は絢の姿を確認して返す言葉がなく黙って見ていると、志保が俺の顔を伺いながら寂しそうに呟く。


「私だったら、由規を独り占めするんだけど……」

「えっ……」


 俺の返事に志保は聞こえていないと思っていたのか恥ずかしそうに顔が赤くなる。なんとなく気まずい空気が流れて、俺と志保はお互い黙ったままそっぽを向いて美影が戻ってくるのを待っていた。


「ごめんね……ん……どうしたの二人とも」


 戻ってきた美影は爽やかな表情をしていたが、俺と志保の様子がおかしいのに首を傾げている。


「な、なんでもないよ。さぁ、帰ろう!」


 志保は素っ気なさそうな顔をして必死に誤魔化そうとしている。俺は美影の表情を見て安心していた。


(あの感じだと絢とも上手くいったみたいだな……)


 志保は逃げ出すように早足で歩きはじめていたので、俺と美影は慌てて追いかけた。

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