県大会と決心 ①

 あれから翌週の週末、バスケットボールの全国大会の県大会が始まった。初戦の相手は俺達のチームよりは格下だが油断は出来ない。準備は万端で、チームとしても良い状態だ。ベスト十六で当たるシード校との試合までは負けられない。

 問題があるとすれば、先延ばしにしてきた絢の事だ。もちろん今日も応援に来ている……昨日メールで連絡があったから間違いない。今のところ絢の姿を見ていないのでまだ会場に到着していないのかもしれない。

 前の試合がハーフタイムになり、コートでのアップになった。軽く何本かシュートを放つがなかなか決まらない。


「おいおい、大丈夫かよ……頼むぞ」


 シュートで外したボールを俺にパスしなが皓太が不安そうな顔をしている。


「……大丈夫だ、問題ないよ」

「そうか、それならいいけど、外してばかりいると前みたいに彼女から怒られるぞ……」


 からかい半分で皓太は笑っていた。体調は問題ないし、調子が悪い訳ではないが、練習とは言えこれだけシュート外すと多少不安になる。皓太には問題ないと答えていたが、内心は少し焦っていた。

 ハーフタイムが終了して俺達のチームはコートから引き上げる。微調整して多少シュートが決まるようになったが本調子とは言えない状態だ。


「ねぇ、由規……大丈夫なの?」

「あぁ……なんとかなるよ」


 コートの外に出た時に志保が駆け寄って来て心配そうな顔をしている。美影は側にいないみたいだったので少し安心をした。


「そう……美影がすごく心配してたよ」

「そうだよな……うん、分かった……美影には心配ないと伝えてくれ」

「……本当に?」


 俺の返事に志保が不安そうな目をしているが、これ以上美影やチームメイトに迷惑をかける訳にもいかない。


「大丈夫だから、志保もそんな顔をするなよ」


 俺はこれ以上心配させまいと明るい表情で大きく頷いた。志保は俺の顔をみて多少安心したようで小さく頷いていた。

 試合開始まで少し時間があるので、気分転換をしようと一人で外に出た。日差しはまだ強いが、日陰だとわりと過ごしやすい。


「ふぅ……」


 大きく息を吐い、天を仰ぐと爽やかな青空だ。


(とにかく平常心だ……いつもどおりにすれば問題ないはず……)


 余計なことを考えないようにして心を落ち着かせようとしていた。暫く遠くを眺めていると、少し離れた場所からこっちに向かって控えめに手を振る女の子の姿が見えた。よく見ると絢だが、一人でいるようだ。


「もうすぐ試合が始まるでしょう、どうしたの?」


 小走りで慌て気味に俺のところへやって来た絢は、少しだけ息を切らせている。


「う、うん、気分転換だよ」

「そ、そうなの、何かあったの?」


 絢は心配そうに俯き気味の俺の顔を見ている。


「あぁ、ちょっと調子が悪くてね」

「えっ⁉︎ そうなの……でもそんな時はチームメイトに助けてもらったいいんだよ、いつもはよしくんが頑張っているから、みんなが助けてくれるよ」


 明るく励ますような笑顔で絢が俺の顔を覗き込む。意外と絢の顔が近かったので驚いたが、少し気分が軽くなったようなきがした。


「そうだな……ありがとう」


 俺は顔を上げて絢に向かって頷いた。返事を聞いた絢は安心したようで笑顔になる。この前に感じた懐かしい雰囲気に浸りそうになっていた。


「あっ、こんな所にいたんだ、もう試合が始まるよ」


 息を切らして美影が走って呼びに来たが、違和感を感じたのか隣にいる絢に視線がいくと距離が近すぎたのか驚いた表情になる。


「あーちゃん、なんでここに……」

「応援にきたんだよ。久しぶりだね……みーちゃん」


 美影と絢の間に妙な空気が流れる。美影はいきなり俺の腕をきつく握り絞めると強く引っ張り出して、普段あまり見ることがないようなきつい顔をする。


「ごめんね、あーちゃん。もう時間がないから行くね‼︎」

「う、うん……」


 いつもと違う雰囲気の美影に圧倒された絢はそれ以上何も言えずに俺達を見送っていた。俺も同様に何も言えず小さく手を振ることしか出来なかった。美影は表情を変えることなくギュッと俺の手を握っている。体育館に着くと入り口の所に志保が立っていた。


「やっと見つけたみたいね……ん⁉︎ どうしたの美影?」


 俺を引っ張って来た美影の顔を見るなり志保はかなり驚いた表情になる。


「な、なんでもないわ……ほら、宮瀬くん早くみんなのところに急いで!」


 志保に声をかけられ一瞬焦った美影だったが、俺に対してはいつもより強めの口調だった。俺はすぐに頷いたが、美影が目線を合わせることはなかった。


(美影は俺の調子を心配していたから、さすがに絢とあの距離は不味いよな……)


そのまま俺はチームメイトがいる場所に急いだ。


「どこに行ってたんだよ」


 俺の姿を見つけた皓太が大きな声を出して呼んでいる。もちろん全員揃っていて、みんなに平謝りして試合に臨んだ。

 今回の試合は、チームメイトに任せて俺はいつものようにシュートを打つことはしなかった。それでも相手チームは俺に対してのマークは厳しいが、その分もう一人のフォワードの後輩のマークが弱くなる。俺に回ってきたボールは、相手を引きつけつけてから後輩にパスを出しシュートを決めさせた。


「なんだ宮瀬、そういう作戦か……そうなら言ってくれよ」


 皓太は、苦笑いしながらディフェンスに戻る。


「悪いな、今日の俺は無理そうだから」

「まぁ、後輩にはいい経験になるだろうけど、この試合限りにしてくれよ、本当に宮瀬のメンタルはどうなっているにやら……」

「……分かってるよ」


 俺が小さく頷くと皓太はやれやれといった顔をして、相手チームがオフェンスに備えていた。絢が言った通りになっていたが、皓太の一言で俺の気持ちも少し楽になり、試合にもスムーズに進めそうな気がした。

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