二学期と試合 ④

 美影から県大会の話題をされて、とりあえずは返事はしたものの別の事を考えて黙ったままだったので美影が心配そうな顔をしている。


「あっ、ご、ごめん……」

「ううん、何か心配事でもあるの?」

「いや、大丈夫だよ、ただ昨年のことを思い出してね……」

「う〜ん、そうだね……いろいろあったね」


 昨年の同じ大会の頃を思い出して笑みを浮かべている美影だが、俺はとっさに思いついたことを言ったので全く違うことを考えていたから罪悪感が残った。


(でもそうだな、確かにいろいろとあった……まだ実戦復帰はしてなくて志保とトレーニングしていた頃だな……)


 この頃には、美影と付き合うようになるとは想像がつかなかった。でも美影はその頃も俺のことを考えて志保にいろいろと助言をしてくれていたのだ。


「ありがとう……美影」


 声に出して言うつもりではなかったのだが、耳にした美影が驚いた顔をして俺の顔を見つめている。


「えっ、な、なに、突然、どうしたの?」

「ううん、なんでもないよ」

「もう〜、なんなのよ……」


 首を横に振り否定するが、あまりの美影の驚きように思わず吹き出してしまいそうになった俺を見て美影はムッとしていた。悪いことしたなと反省をしていたが、そんな美影も可愛いかった。

 その時、吹き抜けを挟んだ反対側の通路に他校の女子が数人目に入った。


(絢の学校生徒か……って、あれは……)


 間違いなく絢本人だった。絢以外は俺の知らない女子みたいで少しだけ安心したが、ピンチなのには変わりがない。

 幸いなことに美影はさっきのことで全く気が付いていない。運良く美影は手を握ったまま絢達のいる場所とは別の方向に行こうとしている。


(とりあえずよかった……このまま美影に引っ張られよう……)


 本気で怒っている訳ではないので、暫くすると美影の機嫌も元に戻り、帰りのバスの時間までぶらぶら歩きなが過ごした。こうして二人で過ごす時間は、付き合い始めてからあるようでなかった。

 学校や部活でほぼ毎日顔は見ているが、二人だけという時間はほとんどない。でも美影は、これまで俺にに不満を言ったりすることはなかった。


(美影の性格からすると……無理してるのかな)


 握っている手に少しだけ力が入ってしまい、気が付いた美影がチラッと俺を見て首を傾げている。


「どうしたの?」

「うん、また放課後に時間があったら遊びに行こうな」

「う、うん、いいけど……」


 俺の返事に驚いたようで、不思議そうな顔で見つめている。確かにこのタイミングで言う事でもなかったので美影の反応は仕方がない。


「悪いな、いきないり変なことを言って、あっ、ぼちぼち時間だな……」


 目の前にあった大きな時計の針が帰りのバスの時間に近づいていた。


「本当だ、あっという間だったね」


 満足そうな顔をした美影だった。


「そうだな、今度は休みの日にもう少し遠くにいくか」

「うん!」


 嬉しそうな顔をして美影が答えたので、俺も笑顔になった。バス停に行くと美影が乗るバスが先に来た。


「また、明日……」

「うん」


 美影が一瞬だけ寂しそうな表情をした。俺は小さく頷き、手を振って見送った。


(やっぱり我慢しているのかな……もっと我儘言わせてあげないと……)


 美影の事を考えながら、自宅方向に行くバスが来るまであと十分ぐらいだったのでそのままバス停で立って待っていた。


「えっ、よ、よしくん?」


 不意に背後から名前を呼ばれたが、聞き覚えのある声だった。


「……絢」


 振り向くと驚いた顔をした絢が一人で立っていたが、出来れば今は会いたくなかった。まだ美影と関係をどう伝えていいのか迷っているからだ。絢が美影とのことを知っているのかどうかも分からない、焦らないようにしたいが難しい……


「久しぶりだね……」

「あぁ……花火大会の時以来だな」


 これまでと変わらない様子の絢なので美影との事は知らないのだと少し安心した。


「こんな所で会うなんて、びっくりしたよ……」

「そうだな、絢はここまで学校からだと遠いだろう」


「うん、でも友達がどうしても行きたいお店があるって言うからね……よしくんは?」


 絢からの問いに一瞬迷ってしまった。美影とのことを言うべきか……


「……来週、試合があるからな、それで新しいのを買いに……」


 とっさに俺は手に持っていたスポーツ用品店の袋を見せる。


「そうか、来週から始まるよね、またいつものように応援に行くから、がんばってよ!」

「あ、ありがとう……」


 何の疑いもなく笑顔で話す絢の顔を見て、俺は心の中で後悔していた。


「そうだ、みーちゃんは元気にしてる?」

「えっ、あぁ、げ、元気にしてるけど」


 美影の名前が出て来てかなり焦ってしまうが、表情を変えないように気を張った。


「そう……やっぱり忙しいのかな、メールをしても返事が遅かったり、短っかたりするから」

「そ、そうかもな」

「え〜、よしくん同じクラスなんでしょう、なんで知らないの、もう……」


 拗ねた顔をした絢だったが、すぐに笑顔になる。絢の笑顔が中学時代と変わっていなかったので、つい昔に戻った懐かしい感覚になりそうになる。


「……学校帰りのデートみたいだね……」


 まるで心の声が漏れたかのように絢が呟いた。


「えっ……」


 俺の慌てた様子を見て、絢は焦った顔をしている。


「あっ、も、もしかして聞こえてた?」

「う、うん……」


 やはり絢は恥ずかしかったみたいですぐに顔を赤くする。俺もそんな絢を見て恥ずかしくなってしまった。


「でも……あの時にちゃんと返事をしていたら……本当にこうやって出来たかもね」

「……」


 絢の言葉に返事が出来ずに俺は小さく頷くことしかできなかった。絢は微笑んではいたが、どこか後悔しているような表情にも見えた。

 なんとも言えない空気が二人の間に流れていた時にバスがやって来た。それぞれバスに乗り込むが、席はほぼ埋まっていて二人で一緒に座れなかった。別々の場所になり絢と会話をすることは出来なかった。


(美影との事は話せなかった……まだ美影も話せていないみたい……)


 そのまま時間が過ぎて絢が降りるバス停に着いて、手を振って見送ることしか出来なかった。笑顔だった絢は、どことなく寂しそうな雰囲気で、俺の頭の中に絢の表情が離れなかった。

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