高校二年生 秋
二学期と試合 ①
夏休みが終わり今日から二学期が始まった。来週には選抜の県予選が始まる。新しいチームになって初めての公式戦になるが、緊張感はまだない状況だ。
「おはようーー」
美影が教室に入ってきて笑顔で声をかけて俺の横の席に座る。離れた列には志保の姿が見えたので一緒に登校してきたようだ。いつもと変わらない風景なのだが、なんとなく落ち着かない。
「おっ、おはよう……」
いきなり噛んでしまいぎこちない挨拶になって、美影が「どうしたの?」みたいな顔で笑みを浮かべている。
美影に会うのが久しぶりという訳ではない、夏休みの最後までほぼ毎日顔を合わせていた。周りに人がいる場合は問題ないのだが、二人だけになるとあの日に志保と会話して以来、変に意識してしまう。
(やっぱり美影は気が付いているかな……)
志保の真意は分からないまま、深い意味があるのかないのか……あれから美影達と出掛けることは無かった。美影には申し訳ない気持ちが強くて、付き合い始めたのに二人では何処にも遊びに行っていない。
(ハッキリ言って夏休み前と何にも変わってないからな……)
二学期が始まる数日前から悩んでいるが何一つ解決していない状況で、己のヘタレさにため息が漏れてそのまま暫く机に突っ伏していた。
「どうしたの、具合でも悪いの?」
美影が心配そうな声で俺の肩を優しく揺する。
「いいや、悪くないよ……」
少しだけ顔を上げて美影を見ながら返事をすると、美影は安心した表情になった。
「良かった……でもなんか元気ないよ、何かあったの?」
「ううん、……何もないよ」
美影は俺の顔を見て再び心配そうな顔をするので、俺は軽く体を起こして首を横に振りながら否定する。しかし美影の目は疑ったままで俺を見ている。
「やっぱり……なにか隠してるでしょう」
「なんにも隠してないよ……」
「でも……」
だんだんと美影の口調が怪しくなって、機嫌悪そうにムッとした表情になってきた。
「う〜ん、……どう言えばいいのかな」
大きく息を吐き、悩んだ顔をして志保に助けてもらおうと、志保が居るはずの場所に目をやると志保の姿がない。もう一度確かめようと視線をやるがやはり姿がない。
「ねぇ、何を探してるの?」
俺の怪しい行動に美影が窺ってきたので、不意に振り向くと目の前に美影小さな横顔がある。美影は俺の視線を合わせようと顔の高さを合わせていたのだ。
綺麗な肌で、柔らかそうなほっぺがすぐ目の前にあって、思わず指で突きそうになる。美影が俺の視線に気が付き、至近距離で目が合ってしまう。
「あっ……」
「ご、ごめん……」
美影の顔はみるみる赤くなり、俺は顔が熱くなるのが分かった。お互い気まずい空気が流れる。
「アンタ達、朝から何やってんの?」
俺の前の席の大仏が登校してきて呆れた顔で冷めた声で俺と美影を眺めて、自分の席に着いた。美影は大仏の言葉に恥ずかしくなったようで自分の席に戻ろうとしていた。戻る前に俺の耳元に小声で呟いた。
「そのままほっぺにキスでもしてくれたら許してあげたのにね」
悪戯な笑みを美影が浮かべていたが、俺は焦って美影に何も言うことが出来なかった。
(美影には敵わないな……いいように手のひらで転がされる)
俺は大きなため息を吐いて再び机の上に突っ伏した。
放課後、部活前に志保が当惑したような表情で俺の前にやって来た。
「もう由規、いったい朝から何を揉めてたの、今日一日ずっと美影の機嫌が悪かったのよ」
「そうか、やっぱりあの後も機嫌悪かったんだな」
あの時に俺を困らせるようなことを言って機嫌が直ったかなと思っていた。しかし昼休みはいつものように声をかけてこなかったし、部活も先に行っていたのでまだ美影の機嫌は悪いままのような気がしていた。志保に朝の事も含めて原因について話をした。
「そうね……由規が悪いことには間違いないけど、もう少し上手にできたらね……」
事情を知っている志保は難しい表情をして頭を悩ませている。何かいいアドバイスでも貰えればと期待していたが甘かった。
「とりあえず謝っておきなよ、美影もそこまで怒っている訳ではないからひとこと言えば機嫌も直るじゃないかな」
「……やっぱりそれしかないか」
志保からのアドバイスもあまり効果がなさそうだがとりあえず頷いた。このまま放っておけないのは間違いないので美影にきちんと謝ることにした。美影とはあの後から一言も会話していない。
志保に一言礼を言って美影を探したが、まともに会話が出来たのは練習が終わってからだった。試合が来週末から始まるので練習は予想以上に厳しかった。いつもよりは疲労があったが、片付けが終わったタイミングで美影に声をかけた。
「あっ、み、美影、……ちょっといいかかな?」
「えっ、う、うん」
俺の改まった声に焦った返事を美影がする。
「あ、朝の事だけど、ごめんな……美影は心配していたのに俺がロクな返事をしなくて」
いざ謝るとなると恥ずかしくて言葉が詰まってしまう。でも美影は俺の言葉を聞いて驚いた表情で首を横に振る。
「そんなことないよ、私だってしつこく聞いていたし、最後に困らせるようなことを言ったから……」
美影は後ろめたそうな表情で返事をした。
「でも……そうさせた俺が悪いんだよ……」
「ううん、そんなことない私だって……」
「いや俺が……」
「私が……」
お互い引く気がないようで気まずい雰囲気になりそうになったが、美影は不意に笑い始めた。
「ふふふ、もういいや……私達って、似ているわね」
「えっ、そ、そうかな……」
美影の予想外の反応に俺は驚いていた。美影の笑顔でやっと俺の中にあった朝からのモヤモヤが消えたような気持ちになった。
(やっぱり美影に助けられたな、後で二人で出掛ける約束のメールをしよう)
もう体育館に残っている生徒はほとんどいなかったので美影と俺は慌てて体育館から退出した。
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