夏の思い出 ④

 もう八月も終わりが近づいてきたが、まだ朝から日差しが強い。お盆前の猛暑に比べると幾分かマシな気温だが今日も暑くなりそうだ。

 着替え終わり更衣室がある建物の影に入り美影と志保が出て来るのを待っている。ここに来る前に志保が「楽しみにしててよ」と笑顔で嬉しそうに話していた。


「ごめんねー、お待たせ!」


 いつもよりテンション高めに志保が出てきた。


「おぅ、やっと出てきたか……」


 見慣れている志保だがさすがに水着姿だけあってちょっと恥ずかしさが出てしまう。

 普段はあまり志保のスタイルを気にすることはないのだが、やはり今日は違う。


「どうーー?」


 水着を見せびらかすようにポーズをとる志保。派手ではないが、志保に似合っていて

 なんとなく照れてしまう。


(志保は意外とスタイルがいいな……)


 俺の心の中を見透かしたのか志保がニヤっと笑い呟く。


「もう……美影に言うわよ」

「なんだよ……もう」


 俺が焦って返事をすると背後から美影の声がする。


「どうしたの?」


 振り返ると美影が不思議そうな顔で立っていた。

 肌の露出は控えめだけど、大人びた感じの水着でスタイル抜群の美影にはぴったりで恥ずかしくて直視出来なくなる。


「似合ってるよ……」


 そう呟くと美影は、恥ずかしそうに下を向いて照れてしまった。


「……ありがとう」


 小さな声で美影が返事をすると、志保が割って入ってきた。


「もう、なんなの二人だけの世界みたいに、私のこと忘れてない……」

「そ、そんなことないです……」


 かなり不満そうな顔で志保が見るので俺は慌ててしまう。美影はそんな俺を見て小さく笑っていた。


「でも美影をしっかりと見張っとかないと、近寄ってくるよいろいろとね」


 笑みを浮かべながら志保は脅すように言い聞かせてきたので、確かに志保の言う通りだと俺は深く頷いていた。


 この辺りでは一番大きなレジャープールなので平日にも関わらず予想以上の人出だった。でも八月も後半なので泳ぐにはさほどストレスになる程でもなかった。

 三人で流水プールに入っていたが、やはり美影達はかなり目立っていたようだ、しかしほとんどが俺の存在に気が付き視線を逸らしていくような感じだった。


 暫く泳いだ後、志保が甘いのが食べたと言い始めたので美影と二人で買いに行った。

 俺は一人留守番をしていた。朝から休みなく遊んで、男子達の視線と闘っていたので一息ついていた。


「おっ、宮瀬じゃん!」


 いきなり声をかけられて思わず驚き振り向いてみる。


「あっ、慎吾、なんでこんな所に?」

「いや、友達とね――、それで宮瀬は?」


 微妙な笑みをする慎吾なので、ナンパが目的なんだと分かった。


「お、俺は……」


 女子二人と来ているのでどう返事をしようかと迷ってしまったが、すぐ慎吾にバレてしまう。


「ただいま……あれ、何処かで見かけたことがあるような?」


 美影が俺の飲み物と自分のデザートを手にして戻ってきたのだ。美影は思い出そうと一瞬考え込んだが、覚えていたみたいだ。


「あぁ、バスケ部だった井藤くんだ」

「おぉ、すごいなぁ、ちゃんと覚えてくれてたんだね」


 感心していた慎吾だったが、何かに気が付いたようで俺と美影の顔を眺めて、疑問を口にする。


「ん……もしかして付き合い始めた?」


 何故、慎吾がこうあっさりと感づいたのか理由が分からない……美影は恥ずかしそうに頷いている。


「なんで分かったんだ?」

「えっ、カンだよ……後は宮瀬の態度かな……」


 なんとなく予想はついていたが、慎吾はこういう話題に関して昔からカンが鋭かった。


「そんなに顔に出ていたかな? でも付き合い始めたのはつい最近だよ」

「へぇ、そうなんだ……良かったな、彼女も」


 慎吾は美影に話を振ると心から嬉しそうな笑顔を美影が見せる。その美影の笑顔を見て思わず照れてしまう。


「彼女のあんな笑顔を見せられたら嫉妬してしまいそうだよ、ホント、宮瀬は幸せものだな……」

「えらくオーバーに言ってないか、まぁいいか、ありがとう慎吾」


 慎吾にそう言われてむず痒く感じたがとても嬉しかった。すると慎吾が俺に聞こえるように美影に話しかける。


「とにかくコイツはヘタレだから彼女がリードしてやってね」

「ふふふ、分かっているわ、ありがとう」


 満面の笑みで美影が頷き返事をしている。よく分かっているなと俺は苦笑いをするしかなかった。慎吾が去ってすぐに志保が戻ってきた。


「どうしたの? なにかあった?」


 俺と美影の様子を見て違和感があったのか志保は不思議そうな顔をしていた。

 やはり久しぶりに会う知り合いに美影のことを紹介するのは慣れないと感じていた。この後に知り合いに合うことはなく、思う存分楽しむことが出来た。

 帰る頃には、三人ともクタクタに疲れていた。


 そして帰り道の途中、俺は買い忘れた物があるからコンビニに行ってくると美影が言うので志保と二人で待っていた。


「今日はありがとうね」

「どうしたんだよ、突然……」


 いきなり志保が真剣な表情をしているので驚いてしまう。


「だって私のわがままに付き合ってもらってね」

「なんだよ……今さら、いいよ楽しかったし」


 俺が笑顔で頷くと志保も微笑むがいつもと何か雰囲気が違う。


「そう……良かった……これが私だったら……」

「ん……なんて言ったの?」


 最後はほとんど聞き取れないぐらい小さくてか細い声だったので分からず、志保が寂しげに俯いている。


「ううん、何でもないよ」

「なんだよ、心配するだろ」


 顔を上げると志保は再び真剣な表情になっていた。


「あのね、由規……美影のことを頼んだわよ、美影は由規のことをなによりも大切に思っているから……誰にも負けないくらいに、だから由規も美影のことを一番大切にしてあげてよ」

「あぁ、分かっている、一番大切にね……」


 志保がこれまでにないぐらい真剣な眼差しで俺を見ている。その眼差しは俺の心の底を見ているような気がして志保の圧力に負けそうになった。


「本当にお願いね……」


 念を押すように志保が言うと、同じタイミングで美影が小走りで戻って来る姿が見えた。心の底に蓋をした気持ちを見透かされたのかと疑心暗鬼になりそうなので、それ以上何も言わずに頷いていた。


「どうしたの二人とも?」


 俺と志保の雰囲気がいつもと違うと気が付いた美影が心配そうな顔をする。志保がそんな美影の様子を見て慌てていつもの表情に戻り、話題を変えようとしている。


「なんでもないよ、今日のプールで話をしていただけだよ」

「そう……それならいいけど……」


 とっさに俺がそう言うとあまり納得がいかない顔をしている美影だったが、それ以上は追及してこなかった。

 志保は、美影に分からないように俺に「ありがとう」と合図を送ってきた。

 ここで方向が別なので美影と志保と別れて帰ることになった。帰ってから志保の真意について気になったが疲労で何にも考えることが出来なかった。

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