夏の思い出 ③
今日の部活は午前中で終わり、午後からバイトのシフトが入っていた。
(行きたくない……サボりたいな……でもお金がいるし……)
朝からそんな事ばかり考えていて部活もあまり身が入っていなかった。長山には愚痴られるし美影にも心配されて散々な午前中だった。
「お疲れ様ですー」
店の裏口から入るが足どりはかなり重たい、このまま回れ右で帰りたい気分だ。
「おっ、いらっしゃい……なんか顔色が悪いけど大丈夫か?」
目の前にマスターがやって来ていつも調子で挨拶してきたが、俺の顔を見て心配そうにしている。
「あっ、いや、問題ないですよ、ちょっと午前中の部活で疲れただけだから、ちょっと休憩すれば大丈夫ですよ」
「そんなに忙しくないから少し休んでから出ておいで、無理をするなよ」
「ありがとうございます……」
マスターが優しい口調で言ってくれたので助かった。チラッと店内を眺めると確かに忙しそうではないが、客いないわけではないようだ。そして問題の大仏は既に働いていた。
(おっ、良かった……先に表に出てるからとりあえずは顔を合わせずにすむぞ)
大仏の姿を確認して控え室に移動してマスターの好意に甘えて少し休んでから表に出ることにした。
(そろそろ出ようかな……)
控え室を出て、表に出ようとしたタイミングで大仏が前から現れた。
「あっ、やっと出てきたな」
「悪いな、ちょっと休ませてもらってた」
「うん、マスターから聞いてる、もういいのか?」
「あぁ、もう大丈夫だ」
予想外にふつうの反応なので驚きそうになる。
「じゃあ、ちょっと私が休憩するわ」
「そうか大仏は昼前からだったんだな、分かった、休憩してこいよ」
「ありがとうーー」
そう言ってそのまま控え室に消えていった。
(おぉ、このままいけるんじゃない)
気持ちがここに来たときよりも明るくなってきたような気がする。それからは閉店までいつもと変わらない調子で仕事をすることが出来た。その間に大仏と何度も顔を合わせたが特に何も言ってくることはなかった。
閉店の作業も終わり、帰る準備も出来てそろそろ退店しようした時に大仏が動き始めた。
「ねぇ……アンタ、山内さんと付き合い始めたの?」
「ん……えっ、い、いきなりなんだよ」
完全に油断していた、やっぱりコイツが放っておくはずがない……少し後悔をする。このまま逃げ出したいが帰る道のりが一緒なので無理だ。走る気力もないので諦めて大仏の話に付き合うことにした。
(どのみちいつかは追及されるだろうから)
店を出てゆっくりと歩き出すと大仏も歩調を合わせてついて来る。
「そうなんでしょうーー」
「あぁ、そうだ」
俺が返事をすると大仏はため息を吐き何度か頷く。
「あんまり新鮮味がないけど、やっとかと言った感じだな」
「どういうことだよ」
再び大仏は、深いため息を吐く。
「詳しい事情を知らない人が見たら普通はアンタ達二人は、付き合ってるようにしか見えない……」
大仏の言葉に返すことがないので小さく頷いて、俯いていることしか出来なかった。
「でもアンタが山内さんと付き合うのはふつうだよ、別にアタシがとやかく言うことでもないし、でも……」
「でも?」
大仏が何かを言いかけてやめてしまい、俺は気になる。大仏は、少し間を開けて尋ねてきた。
「山内さんから、それともアンタから?」
「何がだよ……」
質問の意味がよく分からず聞き直すと大仏は少し呆れた顔で無愛想に答える。
「付き合おうと言ったのはどっちかって聞いてるの」
「あぁ……えぇ……俺からだ」
改めて聞かれると何となく気恥ずかしくなったが、大仏には関係ないようだった。
「そう、じゃあアンタは吹っ切れたってことか?」
「えっ……」
大仏の質問に対してすぐに返事が出来ない……出来ないと言うより考えないようにしていたので答えることが出来ないのだ。
「……おいおい、そんなことでいいのか?」
俺は俯いたまま黙っていて、その姿を見て大仏が大きなため息を吐き頭を抱えるような仕草をしている。確かにあの時は雰囲気というか勢いで言ってしまったと冷静になってから頭の中をよぎっていた。
「でも嘘はついていない、美影のことは一番大事だし居てくれないと困る存在だ」
やっと頭を上げて大仏に返事をすることが出来た。
「その言葉を今ここで言われてもアタシが決める訳じゃないし……そもそもアンタが嘘をついたとも思っていないし、それは幼馴染みのアタシだから分かるわよ」
「……」
予想外の大仏の言葉に再び黙ってしまった。何故か今日の大仏の相手は調子が狂ってしまう感じだ。いつもがこんな感じだったら、本当に良い幼馴染みなんだけど……でもそれだと大仏じゃないか……
「とりあえずはアンタは一歩踏み出した訳だ」
「ん……そうなのかな……」
「いいんじゃないの立ち止またままでいるよりもね」
首を傾げている俺を見て、大仏は笑みを浮かべながら頷いている。本当に今日の大仏はおかしいんじゃないかと言うぐらいいつもと違うので返事に困ってしまう。
「そうだな……」
「上手くいくのかいかないのか、アタシには直接関係ないけど暫くはまたいろいろと楽しめそうだかね、ふふっ……」
意味ありげに笑い最後にいつもの大仏らしい表情になる。俺はその顔を見ていつもの表情だと安心して思わず吹き出してしまった。
「なによーその笑いは、アタシはそんなに性悪じゃないわよ」
「分かってるよ、ありがとうな……」
「ふん、じゃあまたね」
「あぁ、またな」
そう言って少しムッとした顔で大仏は道を曲がり、俺は真っ直ぐに家の方向に歩き始めたがバイトに行く前より足どりは軽かった。大仏のおかげで少しだけ客観的に俺の心の中を見ることが出来たような気がした。
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