バスケ部夏合宿 ⑤
美影は恥ずかしそうに顔を赤くして俯いてしまった。絢の名前が出て俺も焦って必死だったみたいで少し冷静になると恥ずかしさが湧き上がってきた。
(勢いで言ってしまった……良かったのだろうか……)
心の中に小さな迷いが顔を覗かしそうになり、また沈黙が続きそうな雰囲気になる。
「本当に私でいいの……」
恥ずかしさを押し殺したようなかぼそい声で美影が顔を上げて俺を見つめている。俺は美影の表情を見てさっきの迷いを一蹴した。
「本当だよ……でも美影はこんな俺でいいのか」
「……うん」
恥ずかしそうに美影は小さく頷く。美影の素直な返事を聞いて俺は少しほっとした。
「これからは美影の彼氏としてよろしくお願いします」
「そんなに改まらなくても、よしくんはこれまで通りでいいよ」
「そ、そう……」
「うん、そうだよ」
気持ちが落ち着いたのか、美影はやっといつもの優しい笑顔になる。
(……とりあえず良かったんだよな、これで……)
美影の笑顔を見てもう一度、自分の心に問いただしてみた。でもこれ以上、悩んでも仕方ないし、美影に告白したのだから前に進もう……と心に決めた。
静まり返っているところで突然、スマホの着信音を鳴り出す。
「あっ、ごめんね」
美影が慌ててスマホを取り出し、画面を見て苦笑いをする。どうやら志保からの着信のようだ。
「どうしたの……」
美影が会話を始めたので、俺は、再び夜空を見上げる。天候が変化した訳ではないけど、星空がさっき見たよりも明るく鮮やかに見えるような気がした。
「分かったわ、すぐに戻るわよ……もう……」
話が終わったようで、美影はちょっとムスッとしている。会話の内容はよく分からないが、志保が何かを頼んできたのだろう。
「ごめんね、志保からで、すぐに戻ってきて欲しいみたいなの……」
「そうなのか、やっぱり美影が頼りになるんだよ」
「ううん、そんなことないよ……もうちょっと一緒にいたかったなぁ……」
美影は残念そうな顔をしている。そんな表情をしている美影を励まそと俺は頭を軽く撫でてあげる。
「大丈夫だよ、もうどこにもいかないから……」
「えっ……うん、分かったわ……そうね、また明日ね」
俺の言葉に一瞬美影は驚いたみたいだが、すぐに納得して再び笑顔になって立ち上がろとした。そんな時に「また明日」と返事をしようと油断していた俺は美影の顔が近づいて来たのに気が付いていなかった。
「おやすみ……」
耳元で美影がその囁き、俺の頬にキスをして恥ずかしさを誤魔化すように素早く階段を降りていった。キスされた頬に手をやり呆然と美影の後ろ姿を見送りながら心の中で呟いていた。
(これでいいんだよな……うん、これでいいんだよ)
翌日、早朝に軽く体を動かした後に朝食をとると、自習時間になった。
体育館を午前中は別の部活が使用するのでそれぞれ分かれて夏休みの課題に取り組むことになった。俺は空調の効いた図書室に行くことにした。
(思っていたより快適な温度だな、なんか寝てしまいそうだ……)
昨日の夜はあまり熟睡が出来なかった。まだ昨日の事は誰にも話はしていないが、多分周りは今さら何を言っているんだという反応になりそうな気がするので話そうとは思っていない。
(さて、始めようとするか……)
暫くは、集中して問題を解いていたがだんだんと睡魔が襲ってきてほんの少しだけ目を閉じていたつもりだった……
「……宮瀬くん……」
優しく肩を叩きながら囁くような控えめな声で呼ばれて、意識が戻ると目の前に志保が座っている。声の主は隣に座っている美影だった。
「あれ、いつの間に来たの……」
「ついさっきだよ、もう…さっそく寝てるなんて」
ちょっと呆れた顔をしている美影と鼻で笑っている志保を見て言い訳をする。
「ははは、そんなに居眠りしてないよ」
「そう、私達は片付けをしてから来たから宮瀬くん達が行ってから結構時間たってるよ」
そう言われて時計を見るともう三十分以上経っていた。
「あれ、本当だ……」
「……もしかして、昨日の夜あまり寝られなかったの?」
美影は心配そうな表情になる。志保が俺と美影のやり取りを見ながらニヤッと笑っている。
「なんだよ……なにか言いたげな顔をして……」
「べつに何もないですよ」
志保の表情は明らかに昨日の事を知っている顔だ。でも志保に知られるのは想定内のことで仕方がない……
「いいよもう……志保が言いたいことはもう分かっているから……」
ため息混じりに返事をすると志保はいつもの明るい笑顔で嬉しそうな顔をしていた。
「やっと安心したわよ……いつまでこの状態が続くのか心配していたのだから本当に……でも由規と美影が正式に付き合うようになっても私はこれまで通り遠慮はしないわよ」
志保は最後に不敵な笑いをしていた。
「お手柔らかに頼むよ」
俺は愛想笑いで返事をしたが、心の中では少し安心していた。美影と付き合うことになって変に志保に気を使われるのが嫌だったので今まで通りにしてくれるほうが良かったのだ。でも隣に座っている美影はちょっとだけ遠慮して欲しそうな顔をしていたので思わず吹き出しそうになった。
「そろそろ始めない?」
美影が志保と俺の間に入ってきた。さすがに静かな図書室で会話を続ける訳にはいかない。
「そうだな、始めるか」
俺は頷きながらもう一度ノートを開き直して勉強の準備を始めたが、志保はまだ物足りないような表情をしていた。
「ほら、志保も準備して」
急かすように美影が言うとやっと志保も渋々勉強の準備を始めた。それから三人で次の練習が始まるまでこれまでと変わらない雰囲気で課題を進めることが出来た。
今のこの空気が俺にとって居心地が一番いいみたいだ。
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