第35話 余裕



「紅葉さん?ダンジョン決壊の時と装備が変わってませんかね?」


「そりゃあね?ダンジョン決壊の前にメイン武装に負荷かかり過ぎて壊れちゃたから。ダンジョン決壊がなきゃ2日後に修復してもらう予定だったんだ」


「じゃあ」


「勘がいいならきづいたかな?この装備が私のだよ」


見せ付けるように紅葉は右手を上げる。

そこにはダンジョン決壊の時に握られていた凡庸な剣などではなく荒々しい漆黒のガントレットが装備されていた。


その装備を見ると肘の所に刃が付いている事に気が付いた。


「よくよく考えれば紅葉さんの戦闘スタイルの噂で剣を使うなんで聞いた事なかった」


「Sランクくらいになればある程度万能になるんだよ。いや、ある程度万能にならないとSランクの器に収まれないって言葉の方が正しいかな?」


「………」


「今器用貧乏って思ったでしょ?でも残念。自分で言うのもなんだけど"私"はある程度高水準な上で1つ突き詰めた人間だから。そんな私を……Sランクを簡単に納得させる事は出来ないよ?」


「………!!!!!」


ゾワッッ


真の背中に寒気が走る。

ダンジョン決壊の時に感じた覇気とは全く違う

今感じた怖いくらいの覇気は正しくSランクと言えるものだった。


ブルリと真の体が震える

それを見て紅葉はにやりと笑いかける。


「怖くなった?それとも武者震い?」


「武者武者してるんで武者震いです」




?????



変な空気が流れる。

紅葉は至極真面目な顔、デルガとアグリードはよく分かっていないのか頭にハテナマークが浮かんでいる様に見える。


一度咳払いをすると真は立ち上がる。


「正直俺はさっきの加賀美さんとの戦闘でほぼ全力だったんですよ。俊敏にはかなり自信あったのに攻撃も防がれるし」


「真君は壁やら天井やらを活かした複雑な戦闘に慣れていないだけだね。寧ろ君のハンターの経歴からすると異常な程優秀なんだけどね?」


「2人に助けられてレベル上げが捗りましたから」


アイテムボックスに仕舞っていた《紫紺の短剣》と《毒鳥の羽剣》を取り出して構える。

真の顔を見て紅葉はもガントレット装備の拳を構える。


「2人とも……今すぐ観戦スペースに行ってこのランクアップ試験を見てて。だから」


「「分かりました主」」


真に一礼して2人は観戦スペースに戻り席に座る。

チラリと見ると厳しい表情で見ていた。

どうやら真に勝ち目がない事を憂いている様子だ。

しかしそんなものは真が1番理解していた。


「古豪会長!!休憩は充分です!!!」


『もういいのかね?』


「ほんの少しでも早く認めさせたい」


『…………いいだろう、紅葉君荒鐘君。構えなさい』


その言葉を合図にして同時に今すぐ飛びかかりそうな程の臨戦体勢に入る。


『2人とも私の合図はない。各々の判断で試験開始とする』






見つめ合う。


キュッ


真の靴が床を踏み締めた音て2人は駆け出した。

最初から迷う事なく全力全開で真は魔力を全身に回し走る。


短剣とガントレットの肘に付いている刃が交差をして火花を散らす。


「いいー力だ。しかも君が持つ短剣も極上みたいだね?だから」


体を回転させて真の胴体に強烈な蹴りを入れる。


「ぐっ!!」


余裕を見せる事なく吹き飛ばされた真に一瞬で近づきガントレットに包まれた拳を更に胴体に叩き込む。


「ぶっ!」


更に吹き飛び壁にぶつかる

休ませる事なく真に切迫しその拳を何度も放つ。

最初の一撃をなんとか真は避けるが拳だけを使うわけじゃない紅葉の蹴りをモロに喰らう。


「ごはっ?!?!」


またまた吹き飛ばされ床にバウンドした真の胸ぐらを掴みながら腹を思い切り殴る。


「っっは!!」


ほんの一瞬だけ重力に逆らい空中に浮く。

浮いた所を肘の刃で傷を付けようとするが、なんとか真はそれを避け紅葉の左腕を蹴る事で距離を取る。

この一連の攻防を経て紅葉は漸く動きを止めた。


「うん。最初の蹴りを避けられたらまだ全然評価出来たかな?だけどこの肘の刃を避けられたのは良い反応速度だった。これは評価に値するね」


「今の一連の流れで分かった?Sランクわたしとの差。勝てなくとも引き分けに持ち込める位じゃないとSランクとして不足だよ」


(強すぎる…!俊敏の値には自信があったのに!俺の分析では俊敏はそこまで変わらないはずだろう?!何故最初の蹴りも避けられなかった!!!)


事実2人の俊敏の数字自体はほぼ一緒と言って良かった。

だが単純な対人戦の経験値の差が圧倒的過ぎるのだ。

そもそも紅葉自体が対人戦に偏った戦闘スキルを有している事も真が手も足も出せない理由の1つとなっていた。


必ず勝てば良いと言うわけではない戦いだが、Sランクハンターとしてしっかりと紅葉を納得させなければいけない。


「私のそこそこの実力見せたから次は真君が実力を示して私を納得させてね。それがこの試験の合格ラインだから。私は一切攻撃しないから私の体に短剣届かせるんだよ」


もう一度拳を構え真を挑発する。


真は冷静になるように何度か頭を振り短剣を握り体勢を低くする。

クラウチングスタートのように低い体勢から爆発的なスピードで紅葉に一瞬にして肉薄する。

そのスピードに紅葉は口笛を楽しそうに吹くと真から放たれた短剣の一撃を逸らす。


「っこの!」


体を無理矢理回復させながら身体能力を上げる荒技を駆使しても舞うように避けられ逸らされる。


少しでも速く動くため真は余計な事を考えなくなった。



斬る

防がれる


斬る

避けられる。


斬る

逸らされる。


蹴る

脚を掴まれ転ばされる。


少しずつこの戦闘の中で真の戦闘技術も磨かれていくが紅葉は更に先を行っていた。







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