第12話:騎士
「これ以上は待てない、先に進もう」
待ち合わせの場所にジョシュはいなかった。予定より少し早い到着にはなったが、日の昇り具合からすれば、彼が待っていてもおかしくはなかったのだが、グランツは一分一秒も惜しい様子だった。
「予定外のことが多すぎるのぉ、ジョシュは何か来れない理由ができたのかもしれんぞ」
「ロックの予想は悪いほうばかり。これ以上は勘弁してほしいわ」
夜通し
「ともかく急ごう、日が落ちる前にはカール村に着きたい」
どのみち、食事の持ち合わせはもうない。水もあと少しでなくなってしまう。本来は魔獣の生息領域を抜けたところで、ジョシュから受け取るはずだったのだ。
だが、アンバーの索敵の負担は減ったようだった。魔獣の生息領域を抜けたことで、そちらに振り分ける注意が不要になったのだ。また、日が昇っているから、
行きは、カール村から魔獣の生息領域の境目まで、四、五時間といったところだった。十分に警戒しながら、進んでいるため、行きよりは遥かに行軍は遅いが、順調に進めば、少なくとも日没までにはカール村に着くはずだった。
だが、ロックが言った悪い予想は的中してしまう。
しばらく進むと、一筋の煙が見えた。方向にして、間違いなくカール村のほうだった。
「どう思う、アンバー?」
「肉でも焼いてるのかしらね」
「それにしては、時間が早すぎるな」
「えぇ、分かってる、ロックが変なことを言うから、こんなことになるのよ。念のため、精霊を飛ばしてみるわ」
五人で茂みに身を隠しながら、彼女の様子を見守った。
「カール村まではまだ距離がありすぎるから、何が起こっているのかは分からないわ。途中までには何の反応もないけれど」
「ロック、どうする?
「どうせここから先は一本道じゃ。王都に戻るなら、多少回り道したところで、カール村からの距離はさして変わらん。ぎりぎりまで近づくしなかなろう」
訊けば、
アンバーが手の内を晒してくれたのは、単に、捕捉できるギリギリの範囲まで近づけば、そこからカール村まで戻る時間からだいたいの距離はどのみちばれてしまう、とのことだった。視界は共有できないが、多少の音は聞き取れるらしい。
「最悪。また索敵に神経をすり減らさないといけないのね」
「そう言うな、お前のおかげで俺らは無事なんだ」
「分かってるわ、兄さん。さっさと帰って、きちんと報酬もらって、ゆっくり休みたいわ」
順調だった帰路にも暗雲が立ち込める。
少し進んでは身を隠し、周囲を警戒し、いつの間にか会話が減り、
相変わらず、イヴだけは我関せずといった様子で、能天気にスキップをしていた。
ちょうちょさーん、と叫ぶから、いいというまでしゃべるなと命令すれば、フンフフーンと鼻歌を歌い始める。それも禁止すると、歩きながら指遊びを始めた。口をパクパクさせているのは、何かしゃべっているつもりなのだろう。
能力向上のバフか何かは知らないが、Aランク冒険者である
唯一、感情らしい感情を見せたのは、トイレに行きたい、と言ったときだけだった。
「範囲に入ったわ」
アンバーが険しい表情で呟いた。彼女の疲労も限界のようだ。
「それで、調子は?」
「判断は兄さんとロックに任せるわ。カール村の人じゃない三、いや四百以上の集団、加えて、馬が同じく多数」
ごくり、とグランツが唾を飲み込む音がした。
「会話は?」
「無理ね、防諜がされてるわ」
「素人じゃないな、王都の中央騎士団か?」
「さぁ、そこまでは……距離的に東部の治安部隊が来ることはないと思うわ、王都に近すぎるもの」
王都から派遣されたどこかの部隊であることを祈るしかない。
「ロック、どう思う?」
「ブラッドウルフとやり合っていた死体を見て、ジョシュはカール村に報告すると言っておったな。それで騎士団が派遣されたと考えたいところじゃが、如何せん早すぎる、昨日の今日じゃぞ。しかも、盗賊だと報告したとしても、十数名規模に対して四百は数が多すぎる」
「たまたま、中央騎士団が郊外で演習をしていた、とか」
「希望的に考えれば、の」
「だが、これで煙の意味は分かったな」
「ま、炊事じゃろうな、四百人分の食事であれば、日の明るいうちに準備を始めてもおかしくはなかろうて」
「とりあえず進むしかない……ってことね」
「治安部隊か、国軍か騎士団かは分からんが、遠目でも判断できればいいんだが」
ロックのぼやきに合わせて、アンバーが東のほうを指さした。
「ねぇ、あっち回りで進めば、小高い丘があるでしょう? そこなら、カール村を視認できると思うんだけど」
「イヴと私が行った場所ですね」
「そうそう、あそこは村全体を一望できるでしょう? 国軍の旗でも立ててくれてれば、安心して帰れるんだけど」
「距離的には?」
「一時間弱、といったとこかしらね」
「なら、そこを目指そう」
予定を変更して、真っすぐカール村を目指すのではなく、多少遠回りにはなるが、東回りで進むことになった。
アンバーは気を張ったままだ。索敵の精度を落とすわけにはいかないらしい。
再び、少し進んでは警戒し、身を隠し、
そろそろ夕方にさしかかろうとしたとき、どうにかカール村の東の丘陵に辿りつくことができた。
村の全貌が見える。目視では数は確認できないものの、カール村の周辺を哨戒している複数の重装備の兵士が見える。
不幸なことに、複数の煙が立ち上っていたが、それは炊事によるものではなかった。
「おい、あれ、家が燃えた後じゃないのか」
「じゃな」
「カール村が襲撃を受けているのか?」
「目の前の状況をそのまま受け取るんであれば、じゃの」
「じゃあ、治安部隊でも騎士団でも国軍でもねぇじゃねぇか!」
グランツが舌打ちする。
「兄さん、どうする、あんまり長居はできないわ。向こうから探知される可能性がある」
「分かってる!」
「アンバー、あの紋章らしきものが目に入るか? わしの老いた目では判別がつかん」
「ちょっと待ってよ、どこ?」
「馬がつながれとる、近くの天幕のところじゃ」
身をかがめたまま、アンバーが視線をやる。私も覗き込むようにロックの指さす先に目をやった。
「あれ、交差する杖と、中心の光の文様――聖光教会、みたいね」
「じゃあ、聖光騎士団ってことか!」
「なんで聖光騎士団が王国内で活動してるの?」
「残滓狩り、のため、ってとこだろうのぉ」
「俺らはまだ残滓と交戦したってことは報告してねぇんだぞ。ということは、カール村はもともと教会に目をつけられていたってことか?」
「まあ、そうなるじゃろうな。もしかしたら、昨日の時点ですでに包囲されとったのかもしれんしな」
沈黙がその場を支配した。
やっぱり報酬に見合っておらんかったの、とロックが吐き捨てるように呟く。
今更それを言っても始まらないでしょ、とアンバーが憤りをこめるように噛みつく。
「ロック、どう思う? いや、俺らはどうするべきかってことだ」
「あれらが聖光騎士団ってことは、少なくともわしらに危害を加えることはないじゃろう。むしろ、残滓の情報を欲しておるじゃろうから、遺跡であったことを報告すれば、むしろ保護してもらえるじゃろうて」
「本当に大丈夫なんだろうな?」
「それを信徒でもないわしに訊くか? わしらは別に異端でもない。それに、やつらの怨敵は
「分かった、なら、カール村に向かって聖光騎士団に事情を説明して、保護してもらう、それでいいな?」
「是非もなし」
「私は兄さんの指示に従うわ」
そこでグランツは私のほうをちらりと見た。
私個人としては教会に接触したくはなかった。厄災のイヴの存在もあるし、そもそも、私が教会に対して良い印象を持っていなかったからだ。他の宗教・信徒に対して苛烈ともいえる弾圧を繰り返す彼らの行動には目に余るものがあったし、何より、
だが、残滓である
「おそらく大丈夫でしょう。むしろ、彼らの目をかいくぐってカール村を避けて王都に向かうと、背後から追われる可能性もあります。その際に、何か隠し事をしていると誤解される危険もありますから、ここは正直に話すしかないかと」
私の意見を受けて、グランツは特に反論しなかった。
イヴの存在は、どうにか隠すしかない。まさか、彼らもわざわざ十歳の子供に対して鑑定をかけるようなこともないだろう。そもそも、鑑定したところで、アンファンテリブルズという称号を理解できない可能性が高い。アンファンテリブルズが厄災の一つである、というのは、王都のごく一部の限られた鑑定士でしか判断できないのだ。過去に召喚された者たちの残した記録は最重要機密であって、メイソン様によって厳重に管理されている。教会側が把握しているとは考えにくかった。
グランツとロックは、自らの武装を解除し、剣や盾をしまった。アンバーも
攻撃の意思なし、という非武装の状態を見せつけるためだ。
イヴには、しばらく
カール村の前には、複数の騎士が哨戒を行っていた。
私たちが姿を現すと、一瞬、警戒の色が見えたものの、こちらが無防備であることを見せつけると、剣を下ろし、
「お前らは?」
「A級冒険者の
グランツが、それ以外何もない、といった雰囲気を出しながら説明する。
「どこから来た?」
「グレイトノワール遺跡の調査を行っていた。カール村で一泊して、王都クレヴィルに帰還したい」
「遺跡だと?」
「あぁ、そのことについては共有したい情報もある。あんたらは聖光騎士団ってことでいいんだよな?」
「我々は第七聖光騎士団だ。共有したいこととは?」
「それについてはあんたらの上の人に相談させて欲しい、面会できるか?」
「待て」
彼らはそう言うと、カール村への奥へと伝令を送っていった。
奥には、焼かれたのか、朽ち果てた家屋がいくつか見える。いくつかはまだ残り火で煙が上がっている。見える範囲にはカール村の村人がまったくいない。彼らはどこへ行ったのだろう? どこかに集められているのか、それとも……。
嫌な予感がして、私は一つ身震いした。まさか、カール村全体が、あの残滓の
時間が経ち、太陽が西の平野に沈みかかろうとしていた。
しばらくすると、伝令の騎士が戻ってきた。
遺跡の状況について、団長に会って話すことが認められたのだ。
「兄さん、どこまで話すの?」
彼らに聞こえないように、小声でアンバーが囁く。
「そのままだ。ただし、依頼者のことは伏せておく」
「レイさんの召喚のことは話さないのね?」
「あぁ、俺らは遺跡調査の護衛を頼まれただけだからな。それ以上のことは知らない、で押し通す」
グランツがちらりと私のほうを見た。
「私にとってもそのほうが助かります。余計な詮索を受けたくはないですから。仮に遺跡の調査のことを訊かれても、私も王国からの依頼であると説明します」
下手に情報を開示してやぶへびになることも恐れたが、そもそも、私が召喚士――見習いであることを差し引いても――であることも、そして反召喚の儀を行う予定だったことも知られてよいとは思わなかった。それはメイソン様の意図ではないだろう。
我々は、あくまで、遺跡の調査に向かったら、そこでたまたま残滓の
「こっちだ。武器の類は置いていけ」
騎士に促され、五人で天幕の中に入ると、白銀の鎧をまとった男が二人座っていた。
真正面に位置する金髪碧眼の男は、表情を崩さず、鋭い視線を私たちに向けてきた。その冷えた雰囲気に、私は肝を冷やした。
彼は、第七聖騎士団団長クラーク・バートリーと名乗った。
もう一人の男は名乗らなかったが、たぶん騎士団の中でも上位に位置するのだろう、一見して手練れと思える風貌と威圧をしていた。
日は沈み、夜が始まろうとしていた。
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