第13話:混沌
「で、
クラークは無表情のまま問う。私からは、彼がどのような感情を持っているのか掴み取れない。
「俺がリーダーのグランツといいます。遺跡には調査目的の護衛の依頼をうけてやってきました。そこの二人、レイさんとイヴさんの護衛で」
「子供連れ、でか?」
「イヴさんはレイさんの妹さんで、王都に預け先がないということで……」
「遺跡の周囲にはそれなりに魔獣が跋扈していると思うが?」
「えぇ、ですが、俺らも一応、Aランク冒険者ですので、その程度であればどうとでも……」
グランツの説明に、クラークはふむ、と考え込むような仕草を見せた。
私にはAランク冒険者の認知度などは分からないが、聖光騎士団としては納得できるほどの説明であるらしかった。
「で、遺跡のことで何か知らせたいことがあると聞いているが?」
「
「は? 何だと!?」
クラークの隣に立っていた男の怒声で空気が一変した。
「ヴィタリ、そう焦るな」
クラークが、ヴィタリと呼ばれたもう一人の男を手で制した。
「それで……お前らが生き残ってここにいるということは、倒したのか?」
「いえ」とそこでグランツは言葉を切った。「どうにか逃げてきました」
「逃げた?」
「何度も攻撃しましたが、そのたびに再生して効果がありませんでしたので、勝てないと判断して……」
「まぁ、見たところ魔法士もいなさそうだし、それでは火力が足らないだろう。むしろ、よく生きて逃げてこられたな?」
「そこらへんは何とも。
「若いのに詳しいな。最近では王国では見つかっていないと聞いているが、あぁ、そうか、そっちのドワーフの知識か?」
「そんなとこじゃ。わしは遭遇するのは初めてじゃないからの」
それから、グランツは
マーズと名乗っていたこと、カール村の村長の妻の姿を取っていたこと、魔力弾を放ってきたこと、巨大な狼の姿に変身したこと。
なぜかヴィタリという男は、隣で睨むように私たちを見ていた。
グランツの説明を聞くと、クラークはふむ、と一言だけ放ち、右手で顎を撫でた。
「グランツとか言ったな、お前がその狼タイプの四肢を切り落とした、と? で、相手が動けなくなった隙に逃げ出してきたと?」
本当はイヴが首を斬り落としたのだが、それはさすがに荒唐無稽すぎるのと、イヴの話をするとややこしくなると私が言い張ったので、事前にそう説明することが決まっていた。
「えぇ、妹のアンバーが眼を潰していたので簡単でしたが、それが何か?」
「いや、Aランク冒険者とはそこまで強いものなのか、と、そう思ってな。少し認識を改めないといけないかもしれない」
彼は不思議そうに、見定めるようにグランツとアンバーを無言で眺めていたが、しばらくして納得したように一つ息を吐いた。
「ヴィタリ」
「はっ」
「彼らも疲れているだろうから、せめて温かいものでも提供してやれ」
「かしこまりました」
天幕を出ると、完全に日は落ちており、松明に火がつけられていた。
前を歩くヴィタリにぴったりとついていきながら、話があっさりと終わったことに私は安堵していた。
周囲を見回しても、聖光騎士団と思しき騎士たちが警戒しているのが目に入るだけで、はやり村人たちに出会わない。
どこへ行ったのだろう?
「ヴィタリさん、カール村の人はどこへ?」
「後で会わせてやる。それまでは中で待ってろ。食事を出してやる」
そう言われて、指示された天幕の中へ入る。ちょうど五、六人が入れるぐらいの大きさだった。ヴィタリはそのままどこかへ去っていった。
しばらく待っていると、別の騎士が、温かいスープとパンを運んできてくれる。
「助かった」
「あぁ、やっと一息つけるのぉ」
「これだけ騎士がいれば、夜でも警戒する必要はないわよね」
グランツもアンバーもロックも、ずっと精神を張り詰めたままだったのだ。安全と思える場所にきて、やっと落ち着けるのは嬉しかったに違いない。私も両手をあげて叫びたい気分だった。
その勢いのまま、野菜スープとパンに手を伸ばす。
「イヴ、野菜嫌い」
「ちょっとしか入ってないだろ。せっかくのスープなんだぞ。今日はもう食べられないかもしれないぞ?」
「イヴ、野菜食べない」
そう言って、イヴはパンだけを齧っていた。
私は、仕方ない、といった感じでグランツとロックの顔を見回した。
「じゃあ、わしがもらう」
早い者勝ちじゃ、とにやりと笑うと、ロックはそのまま皿を奪って一気に飲み干してしまった。
それからは、天幕の中でしばらく明日からの予定について話し合っていた。予定では、明後日にまた交易馬車が来るはずだった。丸一日カール村に滞在することになるが、この分だと、聖光騎士団と一緒に駐留することになりそうだった。周囲の様子を見る限り、彼らはここを拠点にしそうな感じだったからだ。
気がつけば、ロックが眠り込んでいた。
疲れているんだろう、放っておこうと言っていたグランツとアンバーも、そのうち瞼が重くなったのか、うつらうつらし始めた。
隣でイヴが何かぶつぶつ呟いていたが、それがまるで私には子守唄のように聞こえた。
いつしか、私も意識が途切れるようになって、そのうち完全に眠りに落ちた。
どれぐらい時間が経ったのだろう、何かの声で目が覚めた。
それが悲鳴であることに気がつくまでに、相当の時間を要した。瞼が重い。ひどく意識がぼやける。視界が定まらない。
誰かが叫んでいる。
あぁ、アンバーだ。兄さん、兄さん、と何度も、何度も声を上げている。
段々と視界がクリアになっていく。
「兄さん、兄さん!」
目の前で、アンバーが膝を地面につけて座っていた。いや、座らされていた。両腕は後ろに回され、その髪を騎士の男の手によって掴まれ、顔を持ち上げられている。
アンバーの視線の先へ目をやると、地面にうつ伏せに突っ伏したグランツの姿が見えた。彼も両腕を縛られ、何度か殴られたのか、顔が晴れ上がり、口元は血で汚れていた。
その奥では、ロックが同じように両腕を後ろで縛られ、地面に転がされていた。彼は意識がないのか、ぴくりとも動かない。
顔を上げて見渡すと、数えきれないほどの騎士に囲まれていた。
私も両腕を後ろで拘束されていることに気がついた。
「お前も目が覚めたか」
声のしたほうに目をやると、仁王立ちのクラークがいた。松明に照らされたその顔は、変わらず感情のない表情だ。
尺取り虫のように体を曲げ、どうにか体を引き起こし、膝立ちの状態になる。
「あんたたち、な、何を……」
私の切れ切れの問いに、彼はため息をついた。
「見て分からんか?」
「わ、分かるわけがない」
「異端審問だよ」
異端?
突然の出来事に混乱して、うまく頭が回らない。
肉の焦げたような臭いが鼻をつく。
「私たちは聖光教会の信徒ではないが、他の信徒でもない。異端審問にかけられるようなことなど何も……」
言葉を遮るようにクラークは淡々と言葉を放つ。
「残滓と接触したものは、すべからくこうなるのだ」
は?
「私たちはその残滓と戦って逃げてきたんだぞ、それを、そんな……」
「逃げのびた、など誰が信じるのだ? 捕らえられ、眷属化されて送り込まれたと考えるほうが筋が通っているであろう? そうでなくとも、もともと
馬鹿な……。
ふいに、背後に熱を感じて振り返る。
振り返るべきではなかった。
見るべきではなかった。
言葉にならぬ言葉を、ただ、何か体の奥底から勝手に吐き出される何かを口にして叫んだ。
積まれた人の山。
それが焼かれた跡。
まだ火は燻り、闇夜でもうっすらと煙がのぼっているのが目に見える。
伸ばされた大人の腕。
何かを掴もうとする小さな手。
数えきれない苦痛に満ちた顔。
「か、カール村の人々……なんてことを……」
先ほどのクラークの言葉は、嘘偽りなど一つもなかったのだ。カール村の村長の妻が
だとしても、いくら何でも、こんな酷いことを。
全身を悪寒が走る。
今、その矛先は、
「待って、待ってください、私たちが眷属でないのは日の下で何の問題もなかったことで分かるでしょう? そして、同時に、信奉者でもなんでもない。私は、王国の召喚士で、メイソン・アルブリットンの直属の部下です。メイソン、召喚士メイソンです、知っているでしょう? 残滓などと関わりあいがあるはずがないのは、それで明白でしょう? 王国が、召喚士が私の無実を証明してくれるはず……」
「召喚士、だと?」
クラークが振り返り、その先にはヴィタリの顔が見えた。指示され、彼は地面に転がっていた私の荷物を漁り始める。荒っぽくさかさまにし、落ちてきた
「こんなものが。私には詳細は分かりませんが、あながち嘘とは思えませんね」
ヴィタリから
「召喚士がこんなところで何の用だ? 遺跡で何をしていた?」
「遺跡の魔力を使って異世界から召喚を試みようと」
「それで、
「ち、違います、遺跡の魔力は枯渇していて、それで召喚の儀はできなかったんです、信じてください」
必死の嘆願をしたが、クラークは不思議そうに私を見つめたままだ。
「言いたいことは分かった。まあ、だからと言って、どうなるわけでもないのだが」
「え?」
「どのみち、王国に報告されては困るのだよ」
ここにきて、私は大きな勘違いをしていたことに気がついた。
彼らはカール村の住民全員が眷属もしくは信奉者であるなどとは最初から思っていないのだ。それでも、その疑いがあるものを全員虐殺したのだ。そして、それが対王国にとって問題となる可能性をはらんでいることも理解しているのだ。だから、私たちに生きて帰られると困るのだ。
あぁ、と私はすべてを理解してため息をついた。
最初にクラークと面会したとき、彼はこう言っていた。
――少し認識を改めないといけない
だから、私たちを丁重に扱った。そして、温かい食事――睡眠薬入りのスープを提供して、拘束することにしたのだ。
でなければ、いくらグランツやアンバーが警戒を解いていたと言っても、そう簡単に捕まることなどあり得ないし、そもそも、夜通し走って逃げてきたとはいえ、全員があんな早い時間に眠りこけることなどなかっただろう。
そこまで考えて、イヴの姿が見えないことに気がついた。
あの子はスープを飲まなかったはずだから、寝てはいないはずだ。
だが、姿が見えない。
すでに殺された?
ありえない、イヴには第三拘束がある。身の危険を感じれば、
だが、周囲の様子を見ている限り、彼らにそのような混乱は見られない。何事もなかったようだ。
「お願い、兄さんを離して、死んでしまうわ!」
悲痛なアンバーの叫びが響く。
「煩いのは嫌いだが、まあ、女は生かしておいてやる。良かったな。せいぜい、聖都シュタインで禊ぎをするがよい」
「待って、兄さんとロックはどうなるの?」
「男はいらん。死んでもらうに決まっているだろう」
そんな、とアンバーが地に伏せ、嗚咽を漏らす。
その様子に見飽きたのか、クラークは顔を私へと向けた。
「良かったな、召喚士、お前も特別に生かしてやる、まさか王都の外へ出てくるとは。貴重な人材だからな。神シルヴァの元で奉公に励め」
だが、私はクラークの言葉よりも、別のことに気を取られていた。
それは、いつの間にか、彼の後ろに立っていた。
口を三日月のように歪め、微笑んでいる。
「イヴ……そこで何をしている?」
彼女は前に出て、ただ、ひたすら、にたにたと気持ちの悪い笑みを浮かべていた。
その様子をみて、クラークが彼女の頭を撫でる。
「いい子じゃないか」
「そうだよ、イヴは唯一神シルヴァのところへずっと行きたかったんだよ。イヴは聖都シュタインで神様に仕えるの。ずっとそう願っていたんだよ」
「幼いのに、よく分かっている。こういう聞き分けの良い少女は素晴らしいと思わないか?」
「クラーク様に褒められて、イヴはとても嬉しいです」
私の目の前で、二つの化け物が顔に笑みを張り付けていた。
だが、より恐ろしいのはどちらか。
狂信者か。
それとも、厄災の子か。
なぜか急に饒舌になったソレを目の前にして、私は大きく身震いをした。
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