第7話:遺跡

 頭、胴体、そして下半身の三つに分かれて転がっているブラッドベアの死体を前に、銀の鷹シルバーホークの三人やカール村のジョシュは放心したように立ち尽くしていた。


 私も無言ではあったが、この後、イヴのことをどうやって説明しようか、それで頭の中はパニックだった。


 すでにイヴの大剣は消えており、彼女は興味深げにブラッドベアの死体をつついている。もふもふじゃない、などと不満を言いながら毛皮をつんつんしていた。だいたい、魔力を帯びた皮というのは硬くなるのだ。だから、駆除するのも一苦労なのだが。


「レイさん、彼女は一体……」


 困惑するグランツを前にして、はいはい、分かっています、と心の中で面倒なことになったと毒づきながら、説明の流れをどうにか構築する。


「イヴのことですよね」

「えぇ、どういうことなんです?」

「見ての通り、祝福ギフト持ちです」


 銀の鷹シルバーホークの三人は一瞬顔を見合わせると、黙り込んでしまった。グランツがまだ納得できないといった様子で再び口を開く。


祝福ギフト持ち、というと……?」


 まあ、そういう反応になるな、と独りごちて、次の言葉をひねり出す。


「見ての通り、殺傷能力抜群の剣を生み出して振り回すわけです。あ、ご心配なく。人に向けてはいけない、と教え込んでありますから、獣や魔獣相手にしか攻撃しません」


 また、しばしの沈黙。

 グランツやアンバーは、ブラッドベアの胴体の上で勝利のポーズをとるイヴに視線をやると、二人そろって目を細めた。


「レイさん、祝福ギフト持ちには何度も会ったことはありますが、それにしてもあれは尋常じゃない」


 そうですね、なんたって厄災の称号持ちですからね、その事実を共有できれば納得してもらうのは簡単なんですがね。


 かといってそれを馬鹿正直に言うこともできない。そもそも極秘中の極秘事項なのだ。安易に口にすれば私の首が現実に飛ぶ。何より、たかが冒険者が国家機密のような厄災の称号のことを知っているわけでもないから、そこから説明しなくてはいけなくなる。


 何が起こるか分からないから、そもそも祝福ギフトを使わせないようにしてきたのだ。実際のところ、どういう能力なのか、全容を知っているわけではない。昨日、大木を蜂の巣ごと両断したのだ。まあ、熊の魔獣ぐらい殺せても驚きはしない。昨日と今日とで、だいたい効果は分かった。やはり、身体強化と武器生成の組み合わせであり、その威力も手に負えるレベルではないということだ。


「まあ、皆さんが見たまま、その通りですよ。害獣駆除であれば、単騎でAランク冒険者パーティ並みの実力はあります」


 これは嘘ではない。


 ブラッドベアは後少し時間があれば、銀の鷹シルバーホークの手によって倒されていただろう。私が焦って日和っただけで、ロックはブラッドベアの突進をちゃんと止めていたし、アンバーがもう片方の目を潰してしまえば、後はグランツに切り刻まれるだけだったはずだ。それが、イヴによって一瞬でバラバラにされてしまったというだけで。


 彼らにとっての驚きは、瞬間的な爆発力であれば、彼ら三人の連携よりも、イヴ一人のほうが上かもしれないということだろう。


 私にとっては、今、ここで露見すること自体が、予定外の出来事であるのだ。方向性は違っても、お互いに混乱していることに違いはない。


「妹とはいえ、子供を連れてくるなんておかしいと思ったんです。元から戦力として考えていたんですね?」


 グランツの問いに、私は首肯する。


「まあ、もしものときには、程度ですが」


 嘘を吐いた。そんなことは全く考えていない。何が起こるか分からない、厄災の称号持ちの祝福ギフトなんて、乱発して使えたもんじゃない。

 そもそも、イヴとまともにコミュニケーションができないのだ。


「レイさんや、そもそも、それも疑わしいがの」

「それ、とは?」

「妹ってとこじゃよ」


 黒髪のオッドアイの兄と金髪碧眼の妹、母親違いの設定というところには、それなりに無理があるのは承知の上だ。だが、ロックにとってはそこも納得しかねるのだろう。そもそも、初日の夜の様子からして、彼は疑い深い性格のようだった。


「まあ、そこは否定しませんよ。正直なところ、妹でもそうでなくても、どちらでも何も変わらないでしょう?」


「わしからしたら、イヴ嬢ちゃんは、王国の機密の何かとでも言われたほうがしっくりくるが」


「そこはノーコメントということで。変に勘繰りをされないように、高い報酬で、信用できる冒険者のみなさんを雇っているということで」


「わしが心配しとるのは、わしらの預かり知らぬところが原因で、余計な被害が出ないか、ってとこなんじゃがの。例えば、嬢ちゃんのことはよう分かった。で、あんた、レイさんは、まだ何か隠しておらんかね。本当に、古代文明の研究者なのかい? 嬢ちゃんとは違って、あんたは戦闘経験はからっきしのようじゃがの」


「そこは信用してもらっていいですよ。研究者ですから」


 真実は言っていないが、嘘はついていない。私はただ主メイソンの元にいるだけで、召喚士の真似事をしているに近い。実際に召喚士の称号を持っているわけでもなく、王国から職業として認められたわけでもない。やっていることと言えば、実際に召喚の儀の準備をすることもあるが、大半は、文献を漁って古代の魔法陣の解読をしたりすることがほとんどだ。


 そもそも、召喚士とは異界から何かを呼び出す能力を持った称号持ち、もしくは職業の総称であり、その存在すら一般には知られていない。知っているのは各国でも王族や限られた上層部、貴族のみ。魔獣を使役するのは魔獣使いテイマーであって、炎の精霊イフリート風の精霊シルキーを呼び出すのは精霊魔法使いだ。


「じゃが……」


 彼はまだ納得がいかないようだ。


「何か、まだ問題でも?」

「予定外のことが多すぎる。そもそも、そこのブラッドウルフとやりあった奴らのこともよー分かっとらん。一旦、カール村に戻って仕切りなおしたほうがよいと思うがの」


「それでは日程が延びてしまう、報酬はどうなるんです? 追加しろと?」

「想定より危険度が高いんじゃからな、もちろん、上乗せしてもらう」

「それは困る!」


 主メイソンがどの程度まで許容するのか分からない。余計な費用がかかってしまうことは避けたかった。


「ロック、そこまでにしておこう。依頼主のことを詮索するのは契約に反する。報酬が異常に高い時点で、最初からそのリスクは織り込み済みだっただろう?」


「グランツ、わしはお前さんら二人のことを心配して言っておるんじゃぞ。そもそも、わしはこの依頼には前向きじゃなかったんじゃ」


「だが、この依頼を達成すれば、再起に必要な額が手に入るんだ」


「それは、もうええと、何度も言っておるじゃろう。あれはわしの問題であって、お前らには関係のない話で……」


「ロックがよくても、私とアンバーが望んでいることも分かっているだろう?」


 言い争いを始める二人を見て、私は彼らは彼らなりに意図があってこの護衛依頼を受けたのだと理解した。


 話の流れからすると、ロックには借金だか何らかの理由でそれなりの金がいるらしい。本人はどうでもよいと言っているが、グランツとアンバーはこの依頼を受けることで、それを解決するだけの十分な金を無理やりに得ようとしているといったところか。


「つまり、ロックさんの懸念を払拭出来ればいいんですよね?」

「わしの疑問は解決できんじゃろう?」


「私は単なる研究者であって、イヴは一応私の妹という扱いです。目の前の盗賊もどきの男たちに襲われる理由は私にもさっぱり分からない。これは本当です。ですが、これらのことを証明する手立てはない。もちろん王国はそれを担保してくれますが、それすら信用できないとなると、確実に分かっていることは二つだけになります」


「と、いうと?」

「遺跡に行って帰ること。これだけであれば、Aランク冒険者のあなたたちにとってみれば、造作もないことのはずです」


「それだけじゃないじゃろう、だから危ないと言っておる」


「そして、イヴが、ブラッドベアを一撃で両断できる祝福ギフト持ちということ。これは依頼の達成を簡単にはしても、困難にすることにはならないでしょう。戦力が増えるだけではなく、あなたはイヴという護衛対象に向ける注意を減らしてもよくなるわけですから」


 頭を掻きむしりながら、うぅむ、と彼は唸った。危ないという感情と、論理的には理解できるという意識の狭間で、葛藤しているようだ。


「今まで通り、イヴを前面に押し出すことはしません。ですが、仮にあなたが魔獣や盗賊を仕留めそこなったとしても、私の護衛はイヴにしてもらいます。必要に応じて、魔獣の相手もさせましょう」


 彼のプライドを挑発する言葉になってしまったが、致し方ない。

 予定外のことだが、もはや手段は問うていられなかった。


 イヴを戦闘に参加させることは簡単だ。一言命令するだけでいい。しかし、彼らの連携の邪魔になることは避けたかった。しかも、イヴは人を殺せないだけで、意図せぬ行動の結果、彼らに危害を加えてしまう可能性がある。例えば、斬り飛ばした木がアンバーに当たってしまうかもしれない。それが制御できないから、なるべく戦闘をさせたくはないのだ。


「一つ質問がある」

「なら、なぜ最初からそうせんかった?」

「イヴが祝福ギフト持ちということは伏せておきたかったので。こんな異能持ちの子供の存在を公にはしたくないでしょう?」


 再びロックは唸った。顔を歪め、明らかに葛藤しているようだった。

 私の言い分は正論の積み重ねだ。そう説明されたら仕方がない、というだけの話であって、根本の疑念を取り除くものではない。


 だが、それなりに効果はあったようだ。


「よかろう、正体不明の連中に襲われる可能性はあるが、下手すりゃ、そこの嬢ちゃんだけで仕留めてしまいそうじゃし」


 隣で、グランツとアンバーがほっとした様子で息をついていた。


 私もまったく同様の気分で、これで主メイソンに怒られなくて済む、と安堵した。

 しかし、私ならロックと同じように二の足を踏むような状況だが、グランツやアンバーはなぜ高額の報酬が必要なのだろうか。まあ、彼らが私のことをこれ以上詮索してこないのであれば、私も彼らの事情に踏み込む必要はないのだが。


「ちょ、ちょっと待ってくれ、あんたらはいいかもしれないが、俺はどうなる? こんな危険だなんて聞いてねぇよ」


 すっかりもう一人の存在を忘れていた。ジョシュが怯えた様子で割って入ってきた。


「ブラッドベアやブラッドウルフなら、鉢合わせしても仕方がねぇと思ってたし、実際、あんたらがどうにかしてくれるかもしれねぇが、それより、あの死体の数は尋常じゃねぇ。これ以上、先に進むってのは報酬に見合わねぇよ。それに、俺は村に戻って報告しねぇと……」


 彼の言い分はもっともだ。だが、状況の悪いことに、報酬を上げれば済むという話ではないらしい。村に戻って報告すると言われれば、それを止めるのは難しそうに思えた。


「レイさん、遺跡の調査は半日もあればいいって話でしたよね?」


 私と同じように感じたのか、グランツが私の顔色を窺うように言う。


「えぇ、実際はそれほどかからないと思いますが」


 古代遺跡の魔力を用いて反召喚の儀を行う、などと馬鹿正直に言うこともできない。主メイソンから賜った巻物スクロールを使うだけで、あとはそこに遺跡の魔力を流し込むのが私の役割だ。


「予定外ですが、遺跡で一晩過ごしましょう。そうすれば、最低限の食事を持つだけで済みます」

「今から、直接遺跡に向かうのですか?」


「イヴさんのことを考えて休憩を何度も取る遅めの行程にしていましたが、さっきの様子を見ると、その必要はないのでは?」

「なるほど」


 相談の結果、ジョシュにはいったん引き返してもらい、明日の昼、また、道しるべのある魔獣生息範囲の境目で待ってもらうことになった。五人分の水と食料を、イヴを除く全員で手分けして運ぶことになった。


 結局、ブラッドウルフと、それと争った男たちの死骸は、そのままにして先へと進む。


 グランツの言った通り、歩くスピードを速めても、イヴは苦も無くついてきた。むしろ私が一番の足手まといと言えた。


 精神的にも、肉体的にも私の疲労は限界を超えていたが、どうにか日が沈む頃には、グレイトノワール遺跡へと到着することができた。


 事前に同僚のグレッグから説明を受けてはいたが、そこは、想像以上に巨大な、そして朽ち果てた建築物だった。両手で抱えることのできないほどの太さの円柱が無数に並び、天使や悪魔のような絵が記載された天井は遥か彼方に見える。


 階段状に積まれた石に足をかけたとき、ふと、どこかから、見つめられているような気がした。


 周囲を見回しても、誰もいない。アンバーに訊ねたが、風の精霊シルキーにも反応はないということだった。


 きっと何かの間違いだ、そう思って、私は神殿のような遺跡の奥へ――祭壇へと視線をやった。

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