第4話:冒険者
馬車の周りに転がっていたのは、十五の死体と、咽ぶ一人の男。
先ほど私とイヴを襲った男は断続的に嘔吐を繰り返しており、拘束するまでもなく、死に体といった様子で放置されていた。
グランツやアンバーは困惑しているようではあるが、警戒は解いていない。が、手を出すまでもないといった様子で、きっと、その男が何か不審な様子を見せたとしても、すぐに対処できると判断しているのだろう。
私が彼らに近づくと、疲れた様子でグランツは私に両手を広げて見せた。
「何なのよ、こいつら!」
癇癪を起したように、アンバーが地面を蹴る。
「死兵っていうのはこういう輩のことを言うんだろうな」
グランツが大きくため息をつき
「一人打ち漏らしたのは、わしの責任じゃ。謝罪の言葉も見つからん」
「ロックが謝ることない、こんなのに襲われるなんて兄さんだって、私だって想像してなかった」
「それでも、だ。護衛を請け負った以上、責はわしらにある。しかも二人の守りはわしの役目じゃったからな、少しでも持ち場を離れるべきではなかった」
ロックの謝罪の言葉に、アンバーは唇を噛み締め、渋々といった様子で怒りを引っ込めた。
状況を訊けば、前方の敵十二名にてこずっている間に、さらに三名が側面から襲ってきたのだという。アンバーは前方の敵の相手に手いっぱいで、ロックはその伏兵の相手をしていたのだと。それすらも陽動で、さらに後ろに一名隠れているとは予想外だったらしい。
しかし、そもそも前方の十二名との戦闘は、それほど難易度が高かったのだろうか。
「何があったんです?」
私の問いに、三人は顔を見合わせ、しゃべるのおっくうだという表情を見せた。
「普通はね、ある程度の怪我を負ったら戦意喪失するはずなんです。そして、集団の半分も無力化したら、残りは撤退するもんなんですよ。だから十二人の敵といっても、私が三人、アンバーが三人ほどやってしまえば、それで相手は引いてくれるはずだった。今までの経験則から分かっていたから、同じように対処していたんだです」
疲労困憊といった様子でグランツが答える。
「それがこいつら、弓を何本くらおうが、目に矢が刺さろうが、お構いなしに突っ込んでくるし、兄さんに右手を切り飛ばされたやつも、何も気にしない感じで左手で斬りかかってくるし、残り一名になっても逃げようともしないし……」
ふいに沈黙が下りた。誰も、答えを持ち合わせていないのだ。
「レイさんとイヴさんは、特に怪我もないんですよね?」
グランツの問いに私は無言で首肯する。それは不幸中の幸いだ、と彼は安心したように笑った。
「では、そこに生き残りが一人いますので、少し話を聞いてみましょうか」
グランツは自然な動作でまだ吐き続けている男の鳩尾を蹴り飛ばした。
男はくぐもった声を上げて、地面を転げまわる。
「グランツさん、本当にこいつらは盗賊なんでしょうか?」
「この男を尋問できればいいんですが、それもしばらく無理そうですね……」
お手上げといった感じで彼は肩を竦める。
男は、苦しそうに呻き、涙と鼻水にまみれながら、地面とにらめっこをしたままだったが、また視線を上げると私とイヴを見た。
ふいにびくんと体を跳ねさせると、再び大きく嘔吐し始める。首を掻きむしりながら、狂ったように地面を転がりまわった。
陸に上げられた魚のように、背を大きく反らせると、痙攣を起こした後に、ぴくりとも動かなくなった。
「え?」
自然と出た私の呟きは、
「兄さん、ちょっとやばいんじゃない?」
アンバーが驚愕に満ちた顔で、グランツやロックのほうを見る。
グランツが男に近寄り、彼の首筋に手を当てた。私たちがじっと様子をうかがっていると、彼は失望したように首を左右に振った。
「死んだんですか?」
「ええ、吐瀉物が詰まって窒息死したように思えます」
そう言いながら、グランツは彼の口元に顔を寄せた。
「毒の臭いはしませんね、種類によっては何らかの匂いがするはずなんですが。泡も出ていないですし」
捕まった後の情報漏洩を防ぐために、男が自死した可能性を考慮したのだろう。
「まあ、そうはいうても、口から毒を摂取したのならともかく、体のどこかから注入したのなら、わしらにゃ分からん」
眉間に皺を寄せながら、ロックが吐き捨てるように言う。
だが、同時に私は別のことを考えていた。そもそも、この男は捕まった後に苦しみ始めたのではなく、私たちを襲うとした直前に異常をきたしたのだ。誰かが、もしくは何かが、私とイヴを守ろうとしてこの男に何かをした、と考えるほうがしっくりくる。
「死んだものはしょうがありません、金目のものをできるだけ回収して、さっさと先へ進みましょう。それでいいですか、レイさん?」
私には何がベストな選択なのか、判断しようがない。経験豊富な
「グランツ、一度、王都に戻って警備兵に報告せんのか?」
ロックの疑問に、グランツは首を振った。
「もともと、このような状況のために俺らが雇われたって考えるほうが分かりやすい。依頼主がそれなりのリスクを織り込み済みで、護衛を頼んだっていうなら、BランクやCランクに頼まなかったのも、報酬が高いのも納得できる。幸い、この程度ならこっちも対処できる範囲ではあるしな。これでいちいち王都に戻っていたら、
「じゃが、さっきはわしのせいで撃ち漏らしたぞ」
「今後は、ロックはレイさんとイヴさんの傍を離れないようにして、アンバーには前も後ろも両方をカバーさせよう」
三人は、肝心なところには触れてこなかった。気づいているのか、それとも、わざと訊かなかったのか、それは分からない。
私は、あの時、イヴが口にした言葉がひっかかっていた。「囮」というのが的を得ているのであれば、全面も側面の伏兵も、すべて
馬車の荷が狙いだったとして、男一人をよこしたところで、持ち帰れるものは限られている。一人で運べるような、なにか重要なものを運んでいるわけではないのだ。もしくは、荷に何か貴重なものがあると、そう彼らは間違った情報を得ていたのだろうか。
そうでなければ、あの男の目的は、私とイヴどちらか、もしくは両方の殺害である可能性があった。誰がそんなことを彼らに依頼したのか見当もつかなかったが、霧に包まれたような朧げな悪意が私をひどく不安にさせた。
どちらにせよ、今回失敗したことで、相手が諦めてくれることを祈るしかない。
それからは何の問題もなく、カール村への行程は順調に進んだ。
日が沈みかけたところで、川場の近くの開けた場所で野営を取ることになる。
軽い夜食を取った後、グランツとアンバーは、周囲の様子を見てくると言って闇夜の中に消えていった。
御車は、昼の一件で精神的に疲れてしまったのか、荷台ですでにうつらうつらとしていた。
私はイヴとロックと三人で、焚火を囲んでいた。季節は夏から秋へと切り替わる時期ではあったが、まだ日が落ちても蒸し暑い。
「レイさん、あんた、何か狙われるような理由をお持ちかい?」
「いえ、まったく」
首筋にうっすらと汗の膜が張る。
「わしらは、依頼主が国の遺跡調査機関としか知らされておらん、末端のあんたらが知らされていないとしても、あんたの上の人間が知っている可能性は?」
主メイソンやグレッグの考えとして、厄災の子であるイヴの存在を疎ましく思っている可能性はあった。しかし、そうであれば、外に出したりせず、内々に処理するだろう。こんなややこしい手段を取って消すことは考えられない。
私を消したいと思っている?
私はかぶりを振った。それもないだろう。心当たりがないわけではない。しかし、それでは主メイソンが私を引き取ったことと矛盾するし、その場合でも盗賊もどきに襲わせる理由が見当たらない。
少し熟考はしてみたが、やはり、心当たりはなかった。私が否定すると、ロックは何か考え込んだように、顎鬚を撫でた。
「少し、気になっていることがある。レイさん、あんたのその左目に埋め込んであるもの、魔晶石かい?」
「よく分かりましたね」
私は彼の言いたいことが何となく分かった。
ロックは元鍛冶士だったはずだ。仕事柄、魔晶石を埋め込んだ特殊な武具を扱ったこともあっただろう。グランツやアンバーには分からなくても、彼には色や輝きでばれてしまったのだろう。
「年を経れば色々経験もあるものだ。であれば、昼のあいつらが、それを狙った可能性はあるってことかい」
魔晶石はそれなりに高価なものだ。魔力を蓄積でき、多くの魔道具や武具に利用することができる。ほとんどは小指ほどの大きさではあるが、稀に大きなサイズのものも迷宮から産出されたり、大型の魔獣からとれることがある。こぶしほどの大きさのものであれば、王国で数個あるかないか、厳重に管理されるぐらいの貴重なものだ。
「そう思います?」
「微妙だな、だからレイさんも隠してないんだろ?」
義眼に使えるほどの大きさのものであれば、一年は暮らせるほどの価値がある。だが、それだけのために護衛付きのグループを襲って人殺しをするかと言われれば、答えはノーと言う程度のものだ。
もとより襲われるリスクがあって完全に隠すつもりであれば、眼帯でもつけている。
「見る人が見れば分かるでしょうけれど、そういった分かる人っていうのは貴族や商人、一部の高レベル冒険者でしょうし、この程度の魔晶石のために人殺しをしようと思うほど飢えていないですからね」
「じゃな」
ロックはあごヒゲを撫でると、一つ大きなため息をつき、言いにくそうに声を発した。
「でな、レイさん、それでちょっとした噂話を思い出した。聞いてもらえるかの?」
断る必要性も感じず、私はどうぞと話を進める。
「六、七年前のことだったか、南の国境付近のとある村が、進軍してきた帝国軍に襲われたって話を聞いたことがある」
突然の話の切り替えに、私は少し困惑した。
背筋に一筋の汗が流れた。
「あぁ、その程度の話なら、私も聞いたことがあります」
「辺境の治安部隊がぶつかったらしいが、兵力に差がありすぎて、一人残らず壊滅したらしいの」
まるでその目で見てきたことを思い出すように、ロックは饒舌に話し始めた。
「だが、帝国軍はなぜか結局撤退したって話だ。あくまで噂じゃが、治安部隊が壊滅した後、派遣された王国軍がついた頃には、なぜかそこら中、治安部隊と帝国軍の死体だらけで、帝国軍の生き残りは這う這うの体で逃げ出した後だったって話みたいじゃな」
「治安部隊の練度が良かったのかもしれませんね、人数の差も互角に持ち込めるほどの」
「どうじゃろうな、ただ、その村の人間もほとんどやられちまったって。ただ、わしが聞いた話には続きがあってな、村には生き残りが一人だけいた。治安部隊と帝国軍の戦闘の一部始終を見ていた子がいて、王都へと連れ帰ったってな。その子はオッドアイだったそうじゃ」
私は枯れ木を焚火に放り込んだ。パチパチという音が、妙に大きく聞こえた。
「オッドアイですか」
「レイさん、あんたの声には南の訛りがあるように思える。オッドアイも、魔晶石の赤い義眼といえなくもない」
一瞬、静寂が訪れる。薪が弾ける音だけが三人の周囲に響いていた。
「それが私だと?」
「さぁ、どうじゃろうな。その村にはわしの古い知り合いがいてな、まあ、ずっと会う機会もなかったが、前から気になっておった。その子が生きているならば、彼の生前の様子でも聞ければよかったんじゃが」
炎の揺らめきで、ロックの表情は憂いを帯びているように見える。おそらく、その知り合いとやらのことを思い出しているのかもしれない。
ただ、私は彼の思いに答えられそうにない。
「残念ながら人違いですね。この魔晶石も最近埋め込んだものですし、それまでは眼帯でしたから」
「そうか、すまんな、レイさん。ずっと気になっていたんだ」
ロックは申し訳なさそうに深々と頭を下げた。
「しかし、話は戻すが、結局、昼のあれは何が目的だったんじゃろうな? 単なる盗賊には見えんかったが」
「私にも心当たりがないんですよね」
それからは、帝国との南部戦線の情報を交換したり、銀の鷹シルバーホークが最近訪れた迷宮ダンジョンの話を聞かせてもらった。
イヴは時折、何もない闇夜に視線をやったり、焚火をぼーっと眺めるだけで、口を開こうとはしなかった。
そんな彼女の様子を見ながら、私は第三拘束のことを考えていた。
――異世界人は、前掲第一および第二拘束に反するおそれのないかぎり、自己を守らなければならない
あの時、男が短剣を私たちに向けてきたのは、第三拘束が許容される状況といって差し支えなかった。
だが、イヴの
やはり、男が死んだのはイヴの仕業ではない?
男が死んだのは偶然なのだろうか。
彼女は私の命令に絶対服従である。イヴがあの男を殺したのか、という問いに、彼女は、お兄ちゃんじゃないの? と返してきた。嘘はつけないのだから、彼女は、本当に私がやったと思っているのだろう。そして、実際に、私がやったわけではないのだ。
それ以上、確かめる方法はない。
答えは出ないまま、夜は更けていき、私とイヴは見張りを
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