第3話:出立

 王都の東門の前で、冒険者――コリソン兄妹とロックと名乗るが三人が、私たちの目の前に立っていた。


「子供も随行するとは聞いていたが、まさか、ここまで幼いとは」


 彼の名前はグランツ・コリソン。兄のほうだ。銀髪の長身で笹耳が特徴的、おそらくエルフの血が混じっているのだろう。一目で冒険者と分かるような装備で、革の防具という軽装に、長剣を携えている。


「依頼料が破格なのは、そういうこと、ってことでしょ、兄さん」


 もう一人は妹のアンバー・コリソン。ポニーテールにまとめられた銀髪が風になびき、その美貌からか、通り過ぎる人々の衆目を集めている。彼女の武器は弓とのことだった。全衛が兄のグラントで、後衛が妹のアンバーということなのだろう。事前の情報では、二人とも精霊術を扱えるということだった。


「まあ、このパーティでドラゴンを仕留めろと言われとるわけじゃあるまいて、わしら三人ならさして問題もないじゃろ」


 最後の一人は、ドワーフのロック・ガンズワールド。身長はイヴよりも少し高いぐらいだろうか、平均的なドワーフの体格らしい。本職は鍛冶士とのことだが、その筋力から問題なく前衛もできるようで、手斧とラウンドシールドを携えている。


 雰囲気や能力だけみれば、三人ともAランク冒険者といった安心感を与えてくれる。が、Aランク冒険者のパーティが「破格の報酬」と表現するなんて、主メイソンはどれだけお金を積んだのだろうか。


「で、レイさん、と呼べばよいのかな? 出発前に二、三、最終確認しておきたいのだが、よいかな?」


 気さくな様子でグランツが話しかけてくる。


「ええ、お願いします」


 最初に行われたのは、護衛内容の確認だった。

 彼ら銀の鷹シルバーホークのパーティは、私レイ・ハードウィックと、その妹であるイヴ・ハードウィック(偽名)を守りながら、グレイトノワール遺跡へと向かう。理由は、表向き、遺跡の調査ということになっており、私の職業は古代文明の研究者という流れだ。


 私が黒髪で、イヴは金髪だが、そこは母親違いという設定になっている。無理やりなこじつけだが、まあ、ない話ではない。


 問題は、なぜ非戦闘員のイヴを随行させるというところだが、そこは預け先がないと多少無理やりな理由をつけてあった。


「ここ王都クレヴィルから、グレイトノワール遺跡まで向かう途中のカール村までは交易馬車で移動、そこでいったん補給と休息をとる。カール村から遺跡までは徒歩で移動。まあ、だいたい、片道一週間といったところか。それでいいですね?」


 私は無言で首肯する。


「で、イヴさんはともかく、レイさんはどこまで自衛できるのですか?」


 私が初歩的な火魔法しか使えない、魔獣の討伐経験すらないことを伝えると、グランツやロックは無表情のままだったが、アンバーのほうはあからさまに顔を歪めた。


「ではレイさんは妹さんと常にロックの後方にいてください。あっちの方面は何もないですから盗賊の類はいないと思いますが、問題は魔獣のほうが危険ですね。何かあれば、私とアンバーが前にでます」


「まあ、それがいいじゃろうな」


 少し呆れたようにロックが頭を掻く。

 言われなくても前に出るつもりなど欠片もない。私は非戦闘員なのだ。


「お兄ちゃん、イヴはこれから旅にでるの」

「そうだね、ちょっとした冒険になるかな」

「カール村、グレイトノワール遺跡、魔獣が出たら危険」

「正解」


 召喚してからずっと、なぜかイヴは私のことを「お兄ちゃん」と呼ぶ。むしろこちらにとっては二人の関係を隠蔽するうえで都合が良く、否定することもないので放置しているが、そんな風に呼ばれたことはないので、少しこそばゆい。


 アンバーのほうは感情を殺すのが得意ではないようで、年齢不相応なイヴでの片言のやり取りに興味深げな視線を向けてくる。イヴは私に話すときも、こちらに目を合わせることがないので、まるで独り言を言っているように見えるだろう。一人で王都においておけない、連れていくしかない理由としてアンバーが勘違いしてくれると、むしろこちらとしては都合がいいのだが。


「お兄ちゃん、イヴ、がんばるね!」

「いや、頑張らなくていいよ……」

「イヴはいい子!」


 遠くに視線をやって、急に胸を張る。一体、何を頑張るつもりなのだろうか、相変わらず、掴みどころがない。

 私たち二人のやり取りを不安げに見つめていたグランツが、交易馬車が来たことを教えてくれた。


 ここからは、野営を一泊挟んで、グレイトノワール遺跡の近隣のカール村というところまで馬車で移動することになる。


 イヴと他人との接触を減らすため、相乗りではなく、特別に一台用意したものだ。本当に主メイソンは金に糸目をつけないらしい。遺跡の調査自体が、王国からの特別調査という名目になっているから、銀の鷹シルバーホークのパーティも不審には思わないかもしれないが。


「なあ、レイさん」


 馬車に乗って、少し時間が経ったところで、ロックがふいに話しかけてきた。


「依頼主のことを殊更に詮索するつもりはないし、何で今更あの何もない遺跡の調査をするのか訊ねるつもりはないんじゃが、今後のことを考えて、一つ、わしの疑問を聞いてもらえんかの?」

「何でしょう?」

「あの遺跡の調査などもう散々されておって何もないはず……いや、まあ、それを再度調査するのはいいんじゃが、探索者シーカーもつけずに自ら出張ってくるってのがどうにもな。あんた、普段はこもって研究ばっかしとるタイプじゃろ?」

「そうですね」


 日に焼けてもいない青白い肌に、線の細い体。きっと、ひ弱な研究者に見えていることだろう。


「報酬がえらく高いし、馬車も自腹で用意するときた、わしらの知らない何かが、この旅に影響なければいいんじゃがの」

「危険なことがあるのではないか、そう心配されているのですかね?」

「まあ、そう考えておかしくはないじゃろう? あんたが遺跡で何をするつもりか訊くつもりはないが、どの程度のリスクがあるのか、それぐらいは教えてくれてもいいんじゃないかと思ってな」


「そういう危険は一切ないと思ってもらってよいですよ。正直、魔獣のことは私には何も分かりませんが、そもそも、そんなに危険なのであれば、私のような新米が行くこともないですし、イヴを同行させることもしませんし……」

「ふむ」


 ロックは今だ不審げといった反応だ。


 実際は、見習いとはいえ、私は召喚士というザクセン王国に十数名しかいない貴重な人材であり、そこらの一研究者というわけではない。私が正式な召喚士であれば、王都を出て、辺境に行くことなどありえないのだ。


 また、情報の拡散を防ぐために、人数をなるべく少なくする必要があり、かつ口の堅い信用できる冒険者を雇ったら、結果的にお金のかかるAランクパーティを雇うことになってしまった、というだけなのだ。

 かといって、それをそのまま話すわけにもいかない。


「王国としては、なるべく、今回の遺跡調査を内密に行いたい、というだけで、何か危険なことがあるというわけではないのです」

「内密ねぇ、そこらへんの低ランク冒険者だと信用できないってわけね」


 自らのポニーテールを触って時間つぶしをしていたらしきアンバーが、興味深げに口を挟んでくる。


「まあ、あの遺跡の近辺の魔獣程度なら、わしらの敵ではないからの。イヴさんがいなければ、アンバーだけでもどうにかなる難易度じゃろうし」

「おじさん、一応、私はか弱い弓使いアーチャーであって、近接や護衛は得意じゃないんだけど」

「か弱い? 王都一の射手が、か?」

「それはそれ、これはこれ、よ」

「お前さんは単に大好きな兄貴と離れたくないだけだろうに」


 頬を膨らませたアンバーがロックを弓で小突く。仲の良いパーティだ。


「お二人と、ロックさんとはどういう関係なのですか?」


 私の問いに、三人は顔を見合わせた。


「私たち二人は、ロックのおじさんの客だったのよ」


 アンバーが遠くを見つめるかのように、何かを思い出すように、ぽつりと呟く。


「わしの本職は鍛冶士だと言ったじゃろ。数年前までは王都で鍛冶をやっておったんじゃがな、色々あって辞めることにしてな、それでこの兄妹に誘われてパーティに入ることになったんじゃ。まあ、アンバーには、兄貴との時間を邪魔されて邪見にされとるがの」


 がはは、とロックは豪快に笑う。それを受けて、アンバーが不機嫌そうな表情になる。


「誘ったのは私じゃないし。兄さんだし」


 まぁまぁ、とグランツがアンバーを宥める。


「レイさんにもわかると思いますが、盾役がいるとパーティの安定度が全然違いますからね。私はロックにアンバーのことを任せて、安心して前に出ることができますから。それにほら、こうやって護衛の依頼も受けやすくなる」


 なるほど、と私が納得していると、イヴがふいに顔を馬車の前方へと向けた。


「十二?」


 彼女が疑問形で呟いた言葉の意味が分からず、私たちは顔を見合わせた。


「十二」


 再びイブが呟く。


「何が?」

「丘の上? 馬に乗った人? 武器いっぱい?」


 グランツが眉間に皺を寄せる。


「レイさん、この子は一体……」

「いえ、私にもさっぱり……」


 本当に分からないのだ。まるで、何かを確かめるような、宣託でも受けているかのような言いぶりだ。


「獲物?」


 また、イブが呟く。本人もよく分かっていないのか、首を傾げ、語尾が上ずっている。


「アンバー、一応、風の精霊シルキーを周囲に飛ばせ」


 グランツに言われた通り、アンバーはぼそぼそと何かを呟く。彼女の周囲が虹色に煌めき、細かい粒子が周囲へと飛び散っていった。


 ふいに予期しない静寂が訪れる。

 アンバーの様子を三人で見守るが、彼女はまだ何かを詠唱している。


「どうだ?」

「待って、まだ」


 アンバーは目を閉じたまま、苦しそうに顔を歪めている。


「前方、盗賊と思しき集団、十二人」


 グランツが眉間に皺を寄せた。


「王都を出てまだ半日しか経ってないぞ、何でこんなところで賊がいるんだ? ついてないにも程があるだろう」


 目を見開き、アンバーがグランツに向かって悲鳴のような声を上げる。


「接敵まで五分!」


 そこからの三人に行動は早かった。

 グランツは御車に向かって、馬車を止めるように言った。

 アンバーはひらりと身を躱すと、馬車の幌の上へと登っていった。


「わしは後方でグランツとアンバーが撃ち漏らしたやつを引きつける。レイさんとイヴ嬢ちゃんは、このまま馬車の中で待っていてもらえるかい?」


 ロックの指示に、私は無言でこくこくと頷く。

 十二人もの盗賊なんて、私にどうにかなるものでもない。

 火球ぐらいの援護はできるが、三人の連携を邪魔してしまうだろう、と無理やり自分を納得させて閉じこもる。


「兄さん、ロック、視界に複数の馬群、すぐに向こうの弓の射程範囲に入るわよ」


 幌の上でアンバーは叫ぶ。


「射程はお前のほうが長いはずだ、やれそうなら先制しろ!」


 長剣を抜いたグランツが、馬車の前へと躍り出る。

 ここまでくれば、私にできることなど何もない。ただ、イヴを引き寄せて、雨避けの布を二人かぶることぐらいしかできない。


「イヴは怖くない、お兄ちゃんを信じる」

「ああ、大丈夫だ、Aランク冒険者三人にかかれば、盗賊ぐらいなんとかなるさ」


 正直なところ、確信はなかった。普通CランクやBランク冒険者でも盗賊狩りをすると聞いたことがある。であればAランクの彼らにとっては造作もないはずだ。

 たとえ、それが十二対三であったとしても。


 ふと、そこで私の中で一つの疑問が浮かび上がった。

 イヴは、アンバーが風の精霊シルキーを周囲に飛ばす前に、十二という数字を口に出していた。丘の上、馬に乗った人、武器、とも言っていた。まさに、今の盗賊のことを示していたといえる。言葉足らずなのは仕方がないとしても、彼女は正確に捉えていたことになる。彼女の祝福ギフトは、武器生成ではなかったのか?


「イヴ、きみは遠い場所のことが分かるのか?」


 私の問に、彼女は何も答えなかった。一瞬、視線を私のほうにやっただけで、興味なさげに指を弄り始める。


 人の叫び声が近づいてくる。

 いや、これは叫び声ではない。雄たけびだ。私たちを殺そうとする盗賊たちの。


「千里眼のような、離れた場所の――」


 そう言いかけた私の声をかき消すように、馬車の前方で絶叫が木霊した。

 グランツの声ではない、別の声だ。

 不安と恐怖がないまぜになって、私は体の震えを抑えようと両腕で体をきつく締めた。


 断続的に、剣戟の音、男たちの叫び声、馬の鳴き声が繰り返される。


「おかしいよ、こいつら! 何で矢を何本も受けても突っ込んでくるのよ!」


 想定外のことが起こったのか、幌の上で叫ぶアンバーの声が響き渡った。


「馬を狙え! とりあえず、足止めするんだ!」


 少し遠くで、グランツの指示が聞こえる。

 ふいに、イヴがびくんと体を震わせた。


「囮、後ろ」?


 その言葉につられて、私はかぶっていた布から顔を出し、馬車の後方へと目をやった。


 刹那、それが視界に入り、体が硬直する。

 男が一人、今、まさに馬車の縁に手をかけ、乗り込もうとしているところだった。汚れた身なりに、右手には短剣を持っており、血走った眼で私を睨んでいた。


「まさか……」


 それ以上の言葉が出ない。体も動かない。

 グランツは馬車の前方で盗賊を迎え撃っているはずだ。

 アンバーは幌の上にいるが、注意は前方に向いているはず。

 しかし、ロックはどうした? なぜ後方で私たち二人を守っていない?

 男は右足を馬車の縁にかけ、今まさに、乗り込もうとしていた。


 かぶっていた布を宙へと放り投げ、即座に右手を前にかざし、詠唱を始める。相手が一人であれば、小規模の火球でも牽制にはなるかもしれない。その間にロックやアンバーが戻ってきてくれることを祈るしかない。


 だが詠唱を終える前に、それは起こった。

 男は右足を馬車の縁にかけたまま、乗り込もうとはせず、呆けたように口を大きく開ける。


 ふいに、彼の全身が小刻みに震え始めた。

 持っていた短剣が地に落ちる。

 次の瞬間、その場で男は激しく嘔吐した。大粒の涙を流しながら、激しく咽る。


「助……けて、ごめ……んなさい、すいません、許して……くだ……」


 四つん這いの姿をとりながら、とぎれとぎれの言葉で男は訴える。

 彼の両手は小刻みに震え、顔は真っ青だった。


「あーあ、お兄ちゃん、この人たち役立たずだー」


 振り返ると、イヴがけらけらと笑っていた。口元を歪め、初めて私に見せる笑顔は、愉悦に満ちていた。

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