第2話:命令

「それで、例の子供は大人しくしているんだな?」


 地下の大祭壇から、中央神殿の一室へと移動した私たちは、主メイソンの前で今後の方針について検討していた。


「えぇ、隣の部屋で菓子を食べております。祝福ギフトの発動も、ここでは禁止させております。また、騎士を中に四名、表に四名立たせておりますから、今のところ大丈夫かと」


 主メイソンの一番弟子であるグレッグ・ラフが神妙な面持ちで答えた。


 彼は優秀な召喚士であるとともに、契約の祝福持ちで拘束契約バインド・コントラクトが可能という、非常に貴重な人材として有名であった。男しかいない王国召喚士といえば、あまり外に出ず、研究ばかりしていて不健康そうなイメージが世間一般にあるが、彼の肌はよく焼けており、体つきもよいことから、騎士や冒険者に間違われることがしょっちゅうあった。


 イヴは、別の部屋で軟禁状態にしてあった。部屋にいろ、と命令しておけば、拘束契約に縛られて、逃げも隠れもできないので、本来であれば騎士に監視させる必要はないのだが。


「厄災の称号持ちなど、過去百年、どこの国でも聞いたことはない、違うか?」


 主メイソンの問いに、私たちは黙って頷く。

 それほどに稀な事態であり、それ故に、イヴを一人で放置できずに、騎士たちに監視させる羽目になったのだ。


「百年前には召喚した例があったのですか?」


 無知な若い召喚士が、きょとんとした様子で質問をする。


「封印された、あれだよ、バスティール帝国の……」と私が言葉を選んで口にすると「あ、あぁ、そうですね、失礼しました」と彼は恥ずかしそうに俯いた。


 仕方がないのかもしれない、百年前のアレは、厄災としての称号よりも、暴れた後の、単眼の夜の女王ワンアイズナイトクイーンという二つ名のほうが有名になってしまった事例だからだ。いや、そもそも、彼女の称号や祝福が何だったのか、今でもよく分かってはいない。バスティール帝国の王族や上層部なら知っているのかもしれないが。


 ザクセン王国にとっては、国土の一割を、彼女のもたらした死で埋め尽くされた、という屈辱の歴史だ。


「百年前のように、『英雄』の称号持ちを召喚できるとまでは思っておらんだが……」


 そして、彼は『聖戦』という、全軍に対して強力な身体強化を与え、さらに戦意を高揚させるという、戦争向けの祝福ギフト持ちであった。形勢は一気に逆転し、ザクセン王国の召喚した『英雄』は、単眼の夜の女王ワンアイズナイトクイーンを殺せないにしても、封印することに成功した。


「軍部との関係を考えると、『軍師』や『元帥』あたりの称号持ちが望ましかったのですが」


 グレッグが顔を顰め、小さく舌打ちをした。


 祝福ギフトにはあまり期待しない、というのが通例であった。あくまで称号が上位関係にあり、称号に合わせた祝福ギフトが与えらえるからだ。称号が『錬金術士』で、祝福ギフトが『殲滅系の大魔法』などということはあり得ない。逆に、祝福ギフトが『水魔法』のように役に立たないものであったとしても、称号が『賢者』のように稀で貴重なものであれば、その人物の持つ知識や経験は、国を豊かにし、戦争に役立てることができた。


 召喚の儀が有用なものであることを王に示すためには、個人の戦力よりも、軍全体に影響を与えるものが望ましかったのだ。


「それどころか、厄災だぞ、厄災、分かっておるのか、お前らは事の重大さが!」


 唾をまき散らしながら、主メイソンは怒気を放った。


「はっ、神殿の三十年分の魔力が無駄となりました」


 若い召喚士の言葉に「やはり、何も分かっとらんな、お前は!」と主メイソンは杖で彼の頭を殴りつけた。


「グレッグ、答えて見せよ」


 師の問いに、彼は逡巡する様子も見せず、


「まず、それ見たことかと軍部が騒ぎ立て、我々の予算を削れと言ってくるでしょう」

「その通り」


 機嫌を少し直したのか、嬉しそうに主メイソンは頷く。


「ただし、それはどうにかなります。中央神殿の魔力が枯渇したとはいえ、これは自然蓄積の分を使っただけ。魔導士どもを動員して魔力補充を行い、半年ののちに再び召喚の儀を行えば、我らの成果を示すことは可能です」

「うむ」

「ですが、問題が一つ」


 もったいぶったようにグレッグは、人差し指を立てた。


「厄災の少女の存在です」


 彼は主メイソンだけではなく、私たちに向かって宣言するかのように言う。


「国に災いを起こす存在を召喚したとあっては、次の召喚にも支障をきたします。危ない橋を渡って、異世界から、地球と呼ばれる世界から呼び出すぐらいなら、軍部の兵器増産に直接予算と人員を回したほうがいいのではないか、と。召喚士どもは役に立たない、と」


 一瞬、室内に沈黙が広がった。

 主メイソンは、ため息を一つ吐くと、彼専用にあつらえられた特別な意匠を施した椅子に腰を下ろした。


「そう、グレッグの言うとおり、我らは厄災を召喚したという事実を消さねばならん、いや、正確にはもみ消さねばならん」


 だが、すでにソレは隣室に存在している。きっと、甘いお菓子を頬張っているところだろう。


「すでに鑑定士三名の記憶は消去してある」


 主メイソンは若干疲れた様子を見せた。座ったまま、杖に両手をかけてもたれかかる。


「騎士のほうはいかがしましょう?」


 グレッグが訊ねると、彼は眉間に皺を寄せた。


「さすがに数十名の人間の記憶を消去することは不可能だ。一人、二人なら、記憶が消えたものがおっても不自然ではないが、それが数十名となると介入に気づくものが出る。そもそも中央騎士団には正式に人を出してくれと申請しておるし、今回ついてきたものだけではなく、召喚の儀の実行を騎士団内に知っておるものがどれだけいるか分からん。ただ、騎士どもは鑑定士とは違い、そもそも厄災の件は知っておらんからな。あるのは、我々が子供を召喚したという事実のみ」


「なるほど」


 グレッグや他の召喚士たちは納得したように相槌を打つ。


「子供は召喚したが、厄災の称号持ちという事実は秘匿せねばならん、分かるか、グレッグ?」

「はい。しかし、その存在が公になってしまえば、称号が何であるかが問題になるのではないでしょうか?」

「であるから、その存在そのものを表から隠さねばならん、ということだ」


 そこで私は一つの疑問が浮かぶ。だが、それを口にするのは憚られた。しかし、別の若い召喚士は躊躇なく、メイソン様に訊ねる。


「つまり、イヴを殺す必要はない、と?」


 はっ、とメイソン様は呆れたように息を吐いた。


「殺すことができればどれだけ楽か。それができんから、こうやって知恵をひねっておるのだろうが。第三拘束を理解しておらんのか?」

「異世界人は、前掲第一および第二拘束に反するおそれのないかぎり、自己を守らなければならない。つまり、我々を殺すことはできないし、命令した範囲では危害を加えることはできない、ですよね」


 若い召喚士の答えを受けて、自分の出番だというようにグレッグが前に出る。


「つまり、だ。我々があの少女を殺そうとしたとき、極端な話、命令外のことは何でもできるということだ」


「では、そのように命令を下せばいいのでは? 例えば、全人類に危害を加えてはいけない、とか」


「世界中の家畜を殺されたらどうする? 世界中の水を枯渇させたら? 直接的に我々に危害は加えていないが、いずれ我々は飢えて死ぬ。ありとあらゆる状況を想定して命令を与えることなど不可能なのだ。できることは、イヴという少女が第三拘束に従って他者から自己を守る、という状況を作らないことが求められるのだ。そもそも、百年前の帝国のアレは、だから殺されずに封印されたのだ」


 そこで、パンっとメイソン様が両手を叩いた。


「我々が直接手を下して殺すのは愚策よ。そもそも災厄の召喚など百年以上前の話で、殺そうとした途端に何が起こるか分からん。強硬策は取れん。封印でもできれば一番良いのだが、それをすると、せっかっくの貴重な魔力資源を使ってしまい、次の召喚に支障がでる。お前らの考えることは、この窮地をどのように切り抜けるか、具体的には、次の召喚までの間、あの少女の存在を隠し、さらに、いかに災厄から生み出される人類への混乱を抑えるかだ」


 我々が主メイソンに呼ばれた理由はこれか。


 だが、私には妙案など一つも浮かばなかった。そもそも、私はメイソン様に拾われてまだ七年足らずの未熟な見習い召喚士。二十年仕えているグレッグなどとは比較にならない。

 一通りの術式は習得していて召喚自体も可能だが、如何せん、政治の世界に疎い。騎士団との関係や、貴族・王族への根回しなど、政治的な手練手管に長けているわけではない。

 ましてや、過去の記録に残っているだけの、災厄の扱いなど手に負える範疇にはなかった。


「メイソン様、そこで一つ、提案がございます」


 グレッグが意を得たり、と力強い声を発する。


「言ってみよ」

「イヴを古代遺跡へと向かわせます」

「どういうことだ?」


「我々の第一目標は、イヴの存在を秘匿すること。しかし、どこから漏れるか分かりません。その時に彼女がここ王都にいれば、軍部への招集は避けられません。しかし、何らかの指令を与え、王都外での活動をさせておけば、仮に露見したとしても、王都に帰還させるまでの間に時間を稼ぐことができます。最悪、危険因子として王都から離したのだと説明できます」


「だが、それならどこかの村で軟禁することでもよいだろう?」

「ええ、おっしゃるとおりです。ですから、古代遺跡なのですよ。もはや人のいなくなった古代遺跡であれば、下手に郊外の村などに軟禁するより、露見する可能性は低くなるでしょう」


「だが、死ぬぞ?」

「我々があの少女を殺そうとすれば、その反撃は人類へと向かう可能性があります。しかしながら、相手が魔獣であれば?」

「こちらは安全であるということか」

「おっしゃるとおりです」


「それだけではなかろう? 魔獣に襲わせるだけであれば、古代遺跡である必要はない」

「はい、ご慧眼のとおり、古代遺跡に向かわせるには意味があります。あそこには蓄積された膨大な魔力が手つかずであるのです」

「なるほどな、妙案よ」


 主メイソンは、蓄えた長い顎ヒゲを撫で、狡猾そうな笑みを浮かべた。


「申し訳ありません、どういうことなのでしょうか?」


 話についていけない。古代遺跡というものが、王国の内外にあることは話に聞いて知ってはいる。そこには、前時代に作られた都市のなれの果て、場所によっては朽ち果てた神殿もあるらしい。だから、何百年と自然界から蓄積された魔力もあるのかもしれない。だが、それとイヴの扱いとの関係が分からない。


「レイ、古代遺跡の魔力を用いて反召喚の儀を行うのだよ」


 ――反召喚の儀。


「それは……つまり、どこか別の世界へ飛ばしてしまうと?」

「然り」


 私は絶句した。そのような方法があるなど思いもよらなかったからだ。


「しかし、古代遺跡と言えば、噂では魔獣の跋扈する危険な場所。貴重な召喚士を王都から離し、向かわせるなど、王国からの許可が出るとは思えませぬ。そもそも、魔獣から身を守るために十分な護衛を雇えば、それこそ召喚士どもに不審な動きあり、と内外に示してしまうことになるのでは?」


 若い召喚士が混乱した様子で疑問を口にする。この後に想像されるのは、一体、誰がその儀を古代遺跡で行うか、ということだ。


「そこで、レイの登場よ」


 主メイソンは口元を歪めて、嬉しそうに言う。


「は?」


 自然と私は素っ頓狂な声が出てしまう。このような重大な件にまさか私の名前が登場してくるとは思わなかったのだ。


「レイ、お前は公的には王国に所属する召喚士ではない。見習い召喚士という立場はあくまで我々の内内の認識であるだけで、正式な立場は私の奴隷、せいぜい身の回りの手伝いをしているという立場なのだ。お前が王国の外のどのような危険な場所に行こうとも、対外的には、王国召喚士が行動しているということにはならん」


 全身に震えが走る。鼓動が大きく跳ねて、耐えきれず胸を掻きむしった。


「しかし……」


 どうしても二の句が継げない。


「しかもだ、未熟とはいえ、召喚の儀の遂行は可能。反召喚の儀は本来、上級召喚士のみに伝授される秘術ではあるが、簡易的な術式もある。心配するな、高度な技術を必要とする魔法陣はこちらで用意してやるから、お前は古代遺跡の魔力を変換し、注ぎ込むだけの簡単な作業よ。実際に召喚自体をお前にやらせるのは危険じゃからな。すぐに準備をして、あの少女――イヴとともに古代遺跡へと向かえ」


 両の手が小刻みに振動する。寒気が止まらない。魔獣など、せいぜい近辺にいるような小型のものしか見たことはない。それも十分な護衛がいる中で、彼らが戦うのを馬車から遠めに眺めていただけだ。


「ですが……私は魔獣と戦えるような……」

「そんなものはどうとでもなる。騎士団を護衛につけられないのであれば、冒険者でも雇えばよかろう。金に糸目はつけぬ。ギルドに依頼を出して最高のAランク冒険者を護衛につけてやる。表向きは古代遺跡の調査、としてな」


「私は……」

「なぁ、レイよ。私もこれ以上、リスクを抱え込みたくはないのだよ、分かるな?」

 その意味を理解して、それでもなお、私はどうにか恩赦を与えてもらえないかと祈る。


「私は十分にお仕えしており……メイソン様、どうか……」

「くどい、これはお前の主としての、メイソン・アルブリットンからの命令だ」


 そして、私――見習い召喚士、いや、奴隷のレイ・ハードウィックは、災厄の少女イヴとともに、魔獣の徘徊する古代遺跡へと三日後に旅立つことになった。

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