第7話

暗闇の中、制御室へと向かう2人。"彼女"はきっとそこに居る。

どんな手段を使ってでも、俺たち2人の仲を崩そうとしてくるはずだ。

"わたし"は自分を傷つけないと言ったが、本当にそうだろうか?

極限状態に陥った人間は何をするか分からない。

選ばれなかった方はここに永遠に取り残されるのだ。


…冷静になるんだ。そもそも"彼女"が本当に生きている人間かなんて分からない。

自分でもそう言ったじゃないか。

その精巧さに驚いたが、何かが"わたし"に擬態している可能性はやはり消す事はできない。

どちらも本物、そうじゃない。

あいつは偽物なんだ。"わたし"が本物なんだ。

今、ここに居る"わたし"が。


"俺"は自分に言い聞かせる様に頭の中で"わたし"の言葉を反芻していた。


…息が、苦しくなってきたわ。


おかしい。

酸素供給が止まったとしても、この大きさの施設ではまだまだ十分な酸素濃度が維持されるはずだ。



…急ごう。


"わたし"は身につけていたものを含めて、複製された。

それは"俺"のリングが証明している。

あれは世界に2つしか無い。

かと言って、何者かが私の妻の墓を暴き、リングを用意したという訳ではないだろう。

何故、これほど設備の整った施設が放置されている?

何故人がいない?人がいないのに、人が来る事を想定していた様な準備の周到さ。

…ノイズ。


"俺"は何か重要なことを見落としている気がした。


薄暗い廊下を慎重に渡り、制御室へと向かう。

もう1人の"わたし"と対峙する為だ。もう、迷ってはいけない。


そうだ、落ち着かなくては、

この混乱こそ、何者かが得をする状態なのかもしれないのだ。



地球外の世界では、何が起こっても不思議はない。

どんな状況下でも冷静であれ。

それが特殊訓練をこなし、様々な試練を乗り越えてきた誇りある我々の教訓である。


…”私たち”はこの星を調査しに来たのではない。

あくまで脱出する事が、故郷に帰還する事が目的なのだ。


制御室のドアが不自然に開かれている。灯りはない。


罠かもしれない。

…しかし、どちらにせよ、"彼女"の持つ部品を回収しなくては脱出は不可能なのだ。

主導権は"俺"にある。


…無線機からノイズが鳴った。


気がかりは、彼女達が問題を起こさないかと言う事だ。


"俺"は背後にいる"わたし"に合図を出した。


“今から突入する”

"わたし"は頷いた。


ゆっくりと歩を進めると、室内の自動照明センサーが作動し、辺りが明るくなった。



部屋の中央に、もう1人の"わたし"がいた。




しかし、一瞬だった。

気がつく間も無く、"俺"の視界は歪み、頭部の激しい衝撃とともに床の冷たさが体に伝わった。


意識が朦朧とするその最中、"俺"は彼女達が激しい動揺に陥っている姿を見た。


そして、その動揺は"俺"にも広がった。


消えゆく意識の中で、確かに"俺"は見たのだ。

もう1人の自分の姿を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る