第6話

くそ、しまった…。


この施設は両端に各フロアに繋がる階段がある為、行き止まりがない。

"わたし"を捕まえにこの場所を離れれば、"わたし"に侵入を許してしまう。

それが"わたし"の狙いなのだ。だが、このまま此処にはいられない。


そして次にやる事は決まっている。


"わたし"であれば、扉のロックを解除する為に施設の電力供給を止めるだろう。


また予備電力を含む全ての電力が停止すれば、生命維持に欠かせない酸素の供給もこの施設では不可能になる。


施設内の酸素濃度が低くなれば、必然的に扉の外に出なければいけなくなるのだ。


たとえ、それでも扉が開かないとしても、中にいるであろう偽物の自分が死ぬだろうし、開けてくれるのならば真実を見る事が出来る。


…ギリギリまで粘って、体調の変化の機微で"わたし"かどうか判断するべきだろうか?しかし、それは危険すぎる、"わたし"との区別の為に"わたし"の首を締め続けるようなものだ。


どちらにせよ、時間がない。"わたし"が行動を行うと仮定して、先回りするべきなのか、しかし、裏をかかれる場合もある。


…だが、本当にあの"わたし".が本物だとしたら、俺は…。いや…。


…何とかして"わたし"を拘束する。部品を回収すれば、故郷に帰れるんだ。


…どちらの"わたし"が本物か?初めに決意した彼の決断は揺らいでいた。

実際対峙するとますます"俺"はわからなくなってしまった。


そこから"俺"は深く考えない様にした。


"俺"は背後の扉の前に戻り、"わたし"に声をかけた。


そこに居るか…?

ええ。"あの子"が来ていたのね…?

…そうだ。


今、俺の声は聞こえるんだな?

ええ、もちろん、少し聞き取りづらいけど。


くそ、何なんだこれは。

どうしたのよ!一体?


…もう1人の君は、探していた部品を持っていた。

船を修理するつもりらしい。脱出の為に俺に協力すると言っていた。

しかし君の存在を話すと、態度を変えたんだ。

…船の定員が2人しかない事を知っているからね。


…そんな…。

彼女は君を認めていなかった。

だが、不思議な事に君の事を見ていないと言ったんだ。


そんなの、嘘よ!私ははっきり”あの子”と目があったの!

どういうつもりか分からないけど、”あの子”は嘘をついてる!

いや、落ち着くんだ。


その時、施設の電力が停止した。


…やっぱりそうか。

どうなってるの!真っ暗で何も見えないわ!

落ち着くんだ!もう1人の君がやったに違いない。

おそらく施設の酸素供給を止めて君を部屋の外に出させるつもりなんだ。


…あの子、私を殺すつもりなの?

どうだろうか、しかし君が彼女の立場ならどうする?


何なの、まるであの子が本当に私の分身のような言い方じゃない…。


…私を信じてくれるって言ってたじゃないの!

…信じているさ、少なくとも今の俺は君を救うと決断している。

迷いはないさ。


本当に。なら何故?

…正直に答えてもいいか?

…実際に対峙して分かったが、一定の記憶に少々な齟齬があっても、あれは君だ。

どう言えばいいか、あれは、君に化けた別の何かじゃなくて、確かに君自身だと思う。

…。


でも、今貴方が話しているあたしは、確実に私自身だわ。

…ああ、そうだ。


仮に貴方は、あの子と"わたし"を選ばなくてはいけないとしても、

"わたし"を選んでくれるのよね?


…。

…ああ。


…。

…そう。


…分かったわ。

…もし仮にあの子が私自身だとしたら、…あの子の立場だったとしたら、


わたしは…わたしを殺さないと思う。

…そうか。


貴方は"彼女"に私を選ぶという意思を伝えた?

…扉を開けなかった事で俺の意思は伝わっているはずだ。


…そう。彼女は傷ついているでしょうね。

でも、諦めはしない。

きっと私と対峙しようとする。確かめられずにはいられないから。

それは私も同じ。


…わたしを選んでくれるのよね?

ここから出るわ。貴方が私を選んでくれるなら、何も怖がる必要はないもの。


だが…。


怖いのは、貴方なのよね?

…ああ。


…君がここから出て、俺の前に2人の君がいた時、その二つを区別するものが全て無くなったとしたら、俺は確信を持てなくなる。



…いい、聞いて。


どんなにあの子が私と同じであったとしても、今、目の前にいる私が貴方のパートナーよ。

どちらも本物じゃない。本物はわたしよ。


静かに開いた扉から身を出した"わたし"は、"俺"を見つめた後、"俺"にくちづけをした。


…手を繋ぐことで、君を繋ぎ止めるよ。

キスをしたのは、わたしだけよ。


…一緒に帰ろう。

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