第8話
…はぁ、はぁ。息が上がり、興奮している"俺"を2人の"わたし"は見つめていた。
…無事か?これで、偽物は居なくなったぞ。
"俺"が本物だ、アリア、さぁ、一緒に帰ろう。
いややヤァぁぁ!!
残された"わたし"は突然起こった出来事に冷静さを保てなくなっていた。
…本当に”居た”なんて。でもこんなのって…。私…。
部屋の中央にいた"わたし"は、パートナーを失ったもう1人の自分を見て、不安げな表情と驚きを隠せないでいる。
問題ない。落ち着くんだ…!本物は君だ!
自分自身を殺したもう1人の"俺"は動揺する"わたし"の肩を抱き、言い聞かせるようになだめた。
この星は、危険だ…!早く"俺"と一緒に脱出しよう。
何で、何で殺したの!?それにこの子はどうするの…!?
まさか、本当に居たなんて思わなかったのよ、いえ、信じたくなかっただけで、私は…。
落ち着くんだ…。彼女はまやかし、幻だ!俺も人は殺していない!
奴らは幻、何の問題もないだろ!?
あ、あ、貴方は本物…?
なんだって!?
俺を疑ってるのか!?
ち、違うわ!
ふざけるな!
"俺"は明らかに興奮していた。
自身とはいえ、確かな感触で人を殺したのがはっきりと分かっていたからだ。
俺は、間違ってない…!
"俺"は自分に言い聞かせるように小さな声で言った。
そして"俺"は、泣き崩れる"わたし"の前に振り返った。
…や、やめて。…殺さないで。
恐怖で震える"わたし"へ、歩みを進める"俺"。
…俺は間違ってない。
"俺"は荒々しい息を宥めるように、ぶつぶつと呟きながら"わたし"の元へ進んでいく。
"わたし"が恐怖で顔を覆ったその薬指には、エンゲージリングが輝いてる。
しかし、その事が逆に"俺"の感情を昂らせた。
どうして、オマエが、それをもっているんだ!!
その時だった。
"俺"は"わたし"に背後から激しく引き止められた。
やめて!!もうやめて!!
離せっ!何故止める!?
逃げて!!
"わたし"の声に我に返ったもう1人の"わたし"は、"俺"の亡骸を残して暗闇が広がる廊下へと走り出して行った。
ふざけるなっ!
なんて事をしたんだ!アイツを取り逃がしたら、何をするか分からんぞ!
おかしいのはそっちよ!!何で、何で殺したの…!?
お互いに話し合って、そもそも何が起こってるかちゃんと見極めるべきだって、そう言ったのに、なのに、何で…。
"わたし"は、状況を飲み込めないまま、泣きながら"俺"に詰め寄った。
こんなのって、おかしい。
…。
だが、こうするしか。話し合いで決められる問題じゃない…。
…貴方は最初から自分を殺すつもりだったのね…。
あれは、"俺"じゃない。
…。
…。
暗闇の中ただ一つ灯る小部屋で、2人は横たわる"俺"を見つめながら、暫く間沈黙を続けた。
…部品は手に入れたんだ、もう此処には用はない。
…あの子はどうするの?
何故、気にかける?分かっているだろ、本当は、君も!
…でも、このまま放っておくなんて…。
…だから殺すべきだったんだ。生きながらえても、彼女に残るのは絶望だけだ。
…。
君は、判断を間違えた。
お互いを見た時に君も感じた筈だ。
これは、言いようのない確信だとね。
“僕らも彼らも本物”だって事を。
あの一瞬、判断を遅らせてしまえば、もっと悲惨な状態を生んだだろう。
何故なら証明のしようがないからさ、自分が本物だという確信は、自分の主体性にしかない。
しかし、俺たちの意識は誰が証明できるんだ?
…脱出した船の中で、"わたし"はパートナーの"男"の言葉を反芻していた。
モニターから見える背後に映る小さな星は、
不時着する時よりも、大気が厚くなり、真っ白なガスの塊のようになっていた。
隣にいる"男"に目を向ける。"男"も"わたし"を見た。
彼は本物の彼なのだ。疑問を持ってはいけない。
搭乗時に必要な認証システムは"男"と"わたし"を完全なる本人だと認識した。
目的地は月面基地。
…記憶も、姿形も、感情も同じ。
…きっともう1人の"わたし"は悲しみに暮れ、絶望しているのだろう。
それは、はっきりと理解できるのだ。
何故なら彼女も"わたし"だったから。
星に残された"わたし"は宇宙へと飛びたった船を見つめていた。
…真実は告げられない。
あの日、私達は死んだ。
不時着の衝撃で私達は死んだ。
だが、私達は生きていた。
この星に充満するガスが私達を複製した。
不時着した船体ごと複製したこの星は、私達が息絶える前に私達を複製した。
初めに複製された”オリジナル”の私は、彼に先立たれた。
理由は、私達を複製した私達が彼を殺したからだ。
…彼を失って、1人あぶれた"わたし"は星に取り残された。
しかし、暫くすると飛びたった船は再び星に帰ってきた。
着陸は失敗する。
ガスに覆われた船は再び複製され、また私達は複製された。
ノイズが走る。
選ばれなかったもう1人の"わたし"が此処へやって来る。
つまり"わたし"にはもう時間がない。
彼女には真実を伝える。
"わたし"だけが、何度も同じ光景を見ていた。
テセウス 些事 @sajidaiji
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