第9話 笑顔と涙
翌土曜日。
負けた。
私は本田和恵に負けた。五勝一敗の相手に。私の得意な蹴りをしっかり対策していて、かっとなった私はしゃにむに突っかかって、とにかくみっともない負け方だった。本田は笑ってた。笑ってやがった。いい笑顔だった。ちくしょう。ちくしょうちくしょうちくしょう!
泣いた。試合に負けた中で一番泣いた。ぼろぼろ泣いた。
「初美センパイかっこよかったですよ、立派でしたよ、強いですよ、準優勝なんてすごいじゃないですか」
美岬はそう言って慰めてくれた。泣いてる私の肩を抱いて一生懸命慰めてくれた。確かに初めての準優勝だった。だけど悔し涙が止まらなかった。準優勝がこんなにも空しいものだったなんて。首から下がったオモチャみたいに安っぽい銀色のメダルが重い。
私は健気な言葉を投げかけてくれる美岬にありがとうの一言も言えなかった。美岬にいいところを見せてやろうとムキになって自滅した自分が腹立たしかった。
津山さんは何も言わず私の頭を優しく叩いてくれた。情けなかった。下手で弱い自分が情けなかった。
スポセンからの帰り道。二人は黙って自転車を押していた。二人とも無言だった。さすがの美岬も私にかける言葉、弱くて情けない私が嫌になっちゃったのかな。まあ、当たり前だよね。
「センパイ」
「うん」
「明日」
「うん」
「よかったらまたデートしてくれません?」
不思議なことに少し真剣な声の美岬。
でも私は少し呆れた。
「悪いけどそんな気分じゃないの」
「えー、そんな気分じゃないからこそですよ」
「一人で行けば」
「やです。それじゃ私アホみたいじゃないですか」
食い下がる美岬がうざい。
「ちっ」
「ね、いったんリセットしません?」
意外な言葉だった。
「リセット?」
「はい」
でも私は少し美岬の提案に傾いてた。確かにこの顔を見たりこの声を聞いたりするだけで癒されるのは本当だ。今の悪い感情を少しは忘れられるかもしれない。
「ううーん」
「ね、かわいい後輩からのお願い聞いてもらえませんか?」
自分からかわいい言うな。でもかわいいのはほんと。
「うーん、まっいっか。それで、どこ行くの?」
美岬は得意気に言い放った。
「ノープランです!」
「ぶっ、あんたねえ」
腹が立つよりおかしかった。
「それとも、また釣り堀に行って…… イケナイ事します?」
そんなことを言われると体中が熱くなる。顔も真っ赤になる。
「だめだめだめだめ、恥ずかしいこと言わないでよっ」
「じゃあ、明日の朝七時にお迎えに上がりますね」
「早いわよ!」
「ふふっ、じゃあ九時にしましょうか」
「そうして。今日は本当に疲れちゃったの」
「ゆっくり休んで下さいね」
「ありがと」
「あ、美岬」
「はい」
ちゃんとお礼を言っておかなきゃ。本当に私のことを心配してくれたんだろうし。
「今日はありがと。なんて言うかその、嬉しかった。すごく」
「はいっ!」
そうしたらそのままキスをする流れになって、初めて私の方からキスした。
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