第3話 美岬のヒーロー
「そっかそっかあ、うんうん、辛いですよねえ、失恋」
美岬はポテトを頬張りながらしたり顔で目を閉じ、うんうんと頷く。
「中二のあんたに何が判るのよ」
「判りますよお。私も去年大失恋したばっかりなんですからあ」
去年ってことは、中一で大失恋、ねえ。
「そうだ。あんたあんなとこで何やってたのさ。危ないにもほどがあるよ」
「あ! そうだった!」
美岬は初めて間延びしない声を上げるとぴょこんと飛び上がった。その勢いでメガネがずれる。ごつくて重そうなバッグを背負いお店を出ようとする。絶対身長百五十センチなさそうなのによくあんなの背負えるな。
「どうしたの? 何何? 何急いでるのさ?」
「早くいきましょう! せっかくのチャンスが!」
彼女について行ってみると、例の場所に近いビルとビルの狭間だった。その向こうには高いタワーが見える。
「いやさすがにまずいでしょ、ここ来るの……」
「ふふっ、大丈夫ですよお、初美センパイって言うヒーローがいるんですもん」
「いやいや、ヒーローじゃないから私」
「ああほら! もうすぐ時報です!」
美岬は慌ててバッグからやたらとでかいカメラと一脚を取り出してきた。なるほど彼女はこれで夜景を撮りたかったのね。
「うわーこれきれいですう」
窓からの明かりできらきらしたビルとビルの狭い谷間。二十二時ちょうどになると、その間に高々とそびえるタワーが様々な色に明滅する。赤、青、白、緑にピンク。確かにすごくきれいで幻想的。
もしかして佑希と生明もこれを眺めてたりするんだろうか、と思ったが頭を振って無意味な考えを振り払う。
「センパーイ、相当重傷ですね。あ、それともフラれたてですか?」
隣を見ると一脚を構えて大きなカメラを持った美岬が横目でにやりと笑ってた。
「うっさい! 余計な詮索すんなっ! いいから早く写真撮って! いい加減帰るからねっ!」
「はあい」
どっちかって言うと、両方だな。重傷でフラれたて。ちぇっ。
美岬の撮影はタワーのイルミネーションが消える一、二分で終わった。私たちはそそくさとその場から立ち去り、私と美岬の住んでいる八街区(※1)に歩みを進めたのだが。
「こっここって、うちと同じブロックじゃん」
「うわあ、奇遇ですねえ。私超嬉しいですー」
喜色満面の美岬。かわいくてちょっと胸がうっとなった。
「そうだ、センパイ。このデータ差し上げますからコード教えてください」
結局連絡先まで交換しちゃった。そして美岬が撮った夜景の画像データも貰った。
「じゃ、あたしもう帰るから」
「今日は本当にありがとうございました。このご恩は一生忘れません」
神妙な顔で頭を下げる美岬。しかし、どこの日本昔ばなしだ? そのセリフ。
「ほんと、夜はもう出歩いちゃだめよ、あのあたり。マジで危ないんだから」
「はい」
「じゃ」
帰ろうとした瞬間
「初美センパイ」
「ん?」
カシャッ
振り向いた私を不意打ちで撮影する美岬。
「ちょっと何勝手に撮ってんのよっ!」
「えへへぇ、かわいいからつい。あ、これも送りますね。まあまあ撮れてると思うんで」
「もお」
「ふふっ、私これ端末(※2)のTOPに貼っちゃお」
「やめてよ恥ずかしいっ」
「だってセンパイは私の恩人なんですから。ヒーローなんですから。いいですよね?」
「う、まあ、そ、そこまで言うなら」
「わーい」
「さっ、いい加減早く帰りなさい。親御さん心配してるだろうし、ねっ」
「はいっ、また明日っ」
「また明日っ?」
そのまま扉を開けて家に入る美岬。ちょっとウィンクしてたような。ヤバい、めっちゃくちゃかわいいんだけど。でも中学生なんだよなあ……うーん。
それにしても疲れた。はあ。
▼用語
※1街区:
ここでは所得や社会的地位に応じて居住可能な街区が厳密に定められている。十から上の街区は一般的に高級住宅街とされる。
四街区までは人間の非居住地域。五街区は低所得者層向け。八街区は中の上所得者層向け。十二街区は大企業要職や政府高官が居住する。ちなみに十五街区は「殿上人」つまり政財界の要人が住まう。十~十二街区には小奇麗な観光施設も多く、デートコースの定番。ごく簡単な手続きを取ればほとんどの人が入れる。十、十一街区は許可なく出入りが可能。十三街区以降に入るにはそこの住人の許可でもない限り厳しい審査が必要。
※2端末(総合携帯端末):
旧世界スマートフォンやタブレットにほぼ同じ。所有者が個人番号と紐づけられていたり、3D画像を投映出来たり、通信範囲や電池容量について旧世界のそれと比して著しい向上が見られる。
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