第参話 地区対抗ウグイ釣り大会、その2

 ――そして時は経ち、四月半ばの決戦当日。


 大会は中町地区で行われる。

 午前九時、市長の開会の挨拶から始まった。



「え~、皆さん。本日は晴天にも恵まれ、第五回新春地区対抗ウグイ釣り大会に御参加頂き、誠に感謝申し上げます。今までは大滝地区が四回連続で優勝しておりますが、今回は中町、新宮地区のガッツを心より応援しております。もちろん、大滝地区の皆様も逃げ切れるよう頑張って下さい。それから~――」



「ヘッ、相変わらず癪に障るスピーチらな」



 姉貴は……というより大滝地区の民の九割強はこの市長が嫌いだ。

 何かにつけて大滝地区を引き合いに持ってきて、嫌味と受け取られかねない発言や行動をする。


 それでも市長選に落選しないのは、大滝地区の人口が他二つの地区よりも少ないため、満票を自地区の候補者に入れたところで結果が目に見えているからだ。


 故に、それにあぐらをかいて、この市長、天城田あまぎだは言いたい放題。


 しかも、直接的な悪口では無く、遠回しな嫌味が余計イライラを誘発する。

 俺達はスピーチ中、ほとんど悪口大会だ。



「……ルー…………更して……優勝…………ハンデ」



「はッ? 今あいつ何て言ったて?」



「ルール変更?? ハンデ??」



「――はい。それでは、皆さん、よーい、スタート!」



 開幕の合図と共に、目の血走った大人子供が会場を後にする。

 ただし、大滝地区以外の民が、だが。



「ルールばっか変えんな!!」



「そうだそうだッ!!」



 始まったばかりだというのにヤジの嵐。

 理由は、突然のルール変更である。


 今年から優勝地区は、開始十五分のハンデタイムを設けると、そう天城田は吐かしたからだ。



「いやぁ、十五分くらいハンデがあっても勝てると思ったんですけど、無いと勝てないんですかね。皆さん、お強いのに自信はあまりないようで」



「天城田てめぇ! ぜってぇ目にもん見せてやるすけな! 吠え面かくなや! このもーぐれ野郎!!」



「ちょ、姉貴! 抑えて抑えて!」

「弥夜癒さん! 失格になりますよ!」

「弥夜癒ちゃん、よしよーし良い子だねー」

「姉ちゃんマジ最高かよー、シシシぃ」



 俺より少し背が小さいのに、三人がかりでやっと抑え込めるって、どこにその馬鹿力があるんだよ姉貴はと常々関心している。



「ん? 何か聞こえた気がしますね。言葉は相手が理解出来るものを使わないと……意味、ないですよ」



 実はこの市長、三地区のどこの出身でも無い。

 故に、方言に疎いのだ。


 外部から来た人間なのにどうして選挙で勝てたのか本当に謎、闇しか無い。



「ほら、もう十五分過ぎてましたよ」



 そう言って、近くにあった時計を指さして見せた。


 十五分遅れで、いよいよ出陣である。


 現場は既に等間隔で人が入っている状態だ。

 しかし、それは想定内。

 釣れてはいるが全体的にボチボチといった様子だ。


 俺達は誰も寄らない川上の流れの速い場所へと陣取った。


 穴場になっている理由は単純で、攻めにくいからである。


 流れが速いためウキを使うとすぐに流される。

 底を攻めようとすれば根掛かりしやすい。


 こうした悪条件から敬遠されがちなポイントだが、俺達からしたら好都合だ。



「さぁ! バンバン釣るろッ!」



 ポイントに着いて一番槍は姉貴。

 ハリに乾燥したパン耳を付ける。

 水に投げ込む。

 その間、僅か、五秒。

 水中に糸が走る。



 バシャバシャバシャ



 皆の準備が終わろうかと言う時には、既に一匹が陸に上がっていた。


 そして、俺、暁葉、昼愛倫と続く。



 バシャバシャバシャ

 バシャバシャバシャ

 バシャバシャバシャ



 入れれば釣れる、入れれば釣れる、と言った具合でドンドン差を詰め、最初の集計までにはバケツの中はウグイで黒くなっていた。


 この大会の集計方式は、二時間に一回係の人が軽トラで回収に来て中間測量をし、ほぼリアルタイムに順位の変動がスマホで確認できるようになっている。


 初回は十時半だ。



 チロン



 透璃の元に通知が届く。



「来ましたよ。一位は中町、二位は新宮、三位は大滝です。重さは上から、五、四、三キロになります。」



 数字が綺麗な理由は、小数点以下は切り捨てだが、最後の集計の時に表示されるシステムを採用しているためだ。



「よーし! こっから逆転するろ!」



「おー!!」



 みんな、とにかく釣って、釣って、釣りまくった。

 乾燥させたパン耳を付けては投げるを、ひたすら繰り返した。


 そして、来たる二度目の集計。



 チロン



「二回目は、一位は大滝、同率二位で中町、新宮です。重さは上から、十、八キロになります」



「余裕らねっかな、よし、みんなで飯にしようれ」



「はいはーい! 私の出番だね!」



 暁葉は近くの手洗い場で手を洗うと、すぐに花柄の敷物を広げて昼飯の支度に取り掛かった。

 テキパキと無駄の無い動きで本当に手際が良い。



「みんな~! 手を洗っておいで!」



「あ、暁葉さん!? 手軽なモノって……」



「ハイハイ、細かい事はいいからいいからダメガネ、手を洗いに行くよー」



 昼愛倫は透璃の手を掴むと手洗い場へと連行した。

 そのくらいに俺と姉貴もキリが良くなったので一旦釣りは辞めにして、暁葉特製、愛妻弁当ならぬ愛友弁当との初対面だ。


 一同、『うぉぉぉおおおおお!!』と歓声があがる。



 串に刺さった肉巻きおにぎり。

 ラップで包まれている細長い卵焼きみたいなもの。

 アスパラベーコンやピーマンの肉詰め。

 定番のサンドイッチに。

 トルティーヤ。

 デザートには冷凍こんにゃくゼリーだ。



 流石は暁葉。

 仮に時間に余裕が無かったとしても、釣りをしながら十分に食べられて且つ、食べ応えのあるものを用意してくれていた。



「ねーねー暁葉ちゃんさ、この黄色いのなーに? 卵焼き?」



 スマホで写真を撮りながら、昼愛倫は物珍しそうに暁葉に尋ねた。



「ふっふーん! それは食べてみてからのお楽しみだよ~」



「なんだろー、いただきます。…………うんまぁーい! ひめこれメッチャ好きー!」



「でしょでしょ~。みんなも食べてみてね!」



 どれどれと棒状の卵焼きのようなものを頬張る。



「……オムライスかこれ!」



「ピンポーン! スティックオムライスでーす」



 うーん、こんなもの一度も母さんに食べさせて貰ったことないのに……と、暁葉の才を羨みながらパクパクと食べ進める。



「うぉい暁葉!! これリンゴ味らねっか!!」



「うん、弥夜癒ちゃんはリンゴ欲しいかなって思って。でも、普通に切って来るより冷凍ゼリーの方がお外だし美味しいかなって」



「やっぱおめ、よーできたがんらな。おらが嫁に貰ってやるれ」



 姉貴の強烈なハグが暁葉を襲う。



「弥夜癒ちゃん苦しいよぉ」



「ゼリー結構種類あるのな」



「うん! みんなの好きなやつ入れてきたから。弥夜癒ちゃんはリンゴ。翔陽はパイナップルで、透璃君はブドウの昼愛倫ちゃんはライチ。私はキウイだよ」



「みんなの好きなやつ、さり気なく入れるって相変わらずポイント高いな」



「君達こんにちわ」



 そうやって暁葉の女子力を称えながら舌鼓を打っていると、どこから湧いたのか、そよ風と共にサングラスを頭にかけた馴れ馴れしそうな風貌の男性と、髪の毛がピシッとセットされていて如何にも真面目そうな眼鏡の女性の二人組みは現れた。



「何の用ですか?」



「SJD新聞の記者ですけど、大滝地区の現在貢献度ブッチギリの一位ということで取材に来ました。お時間大丈夫ですか?」



「取材ならひめが受けるー!」

「取材ならおらがやるろ!」



 流石姉妹息ピッタリだ。

 二人とも目立ちたがり屋なところは親父さんに良く似てて血は争えない。


 初めに男性記者から質問が来た。


「お! じゃあ、そこのお二人さんをメインに取材させてもらうよ。現時点貢献度一位な訳だけど、自分の中でどうしてこの結果に結びついたか意見貰えるかな?」



「それは簡単らな。場所取りの問題られ」



「ふむふむ。秘訣は場所取り……と。他にはあるかな?」



「んー。チームワークかなー」



「若者らしいコメントありがとう」



 男性記者がメモをしている間に、女性記者が続ける。



「ちなみに、エサはどんなものを使ってるんですか?」



「パンらな。こんげな感じでほれ、耳だけ抜いて中の白いのを使うと良く釣れるれ」



 姉貴はくり抜いた部分を記者に見せると、そのままそれを女子高生がパン耳を除去した中身は貴重だからとプレゼントした。


 男性記者は受け取った後にしばらく見つめてからそれを食べ、そのガタイの良い見た目とは違って口の中のモノを無くしてから口を開く。



「なるほどな。そんな攻略法があったのか。最後に、大会への意気込みを聞こうか!」



「ぜってぇ勝つれ!!」

「絶対勝つよー!!」 


 二人は記者らに拳を突き出し、息ピッタリに答えて見せる。


 それを見届けるとニッコリ笑って『頑張って下さい』とだけ残して彼らは去って行った。



「……アハハハ!! いやぁ、おもしぇかったな、あいつら」

「……フッ、実にそうですね」

「……にゃはは! ちゃーんと見てたね~。パン耳じゃない方だけど」

「……ヒハハハ! ホントそれなぁ!」

「……多分……見てないよねー! シシシぃ」



 俺達は彼らの後ろ姿が小さくなって、人ゴミの中に紛れるのを見届けると声に出して笑いあったのだった。

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