第弍話 地区対抗ウグイ釣り大会、その1
親父さんに招かれ本殿の中へと通された。
中は畳張りになっていて、神様を祀る壇上は綺麗に整頓されている。
綺麗と言ってもお寺のように絢爛豪華な訳では無くて素朴な意味での綺麗だ。
通常、本殿に入ることが出来るのは神職の人のみで、その人と言えども、年に何回も出入りするのは、あまり好ましくないとされているが、親父さんはよく俺達を通してくれる。
理由としては、『神様らって特別扱いされて、みんながワイワイしているのを、ただ眺めているだけなん、現代のイジメと変わらねぇねっか』という、親父さんの粋な計らいからだ。
だが、誰でもって訳では無くて、神職の人を除いて、基本的には俺達五人組にしか扉を開いてはくれない。
『神様は子供が好きらってのもあるろも、たまり場を提供しているんだすけ、キッチリ掃除してくれや、お前らだってオッサンやオバサンに部屋掃除されるより、若い子に掃除された方が嬉しいろが?』という、これまた親父さんの粋な計らいである。
故に、この本殿は神様のお世話と引き換えに得られた、俺達の秘密基地と言っても過言じゃない。
……ガシャリ。
全員が本殿に入ると親父さんは内側から鍵をかけた。
まぁ座れや、と、促され俺達は円になって座した。
「ねら、来週の事らろも、分かってるいな?」
もちろんとばかりに俺達は頷く。
「来週の新春地区対抗ハヤ釣り大会は、この大谷地区の威信にかけて負けらんねぇすけ、今年もねらに期待してるろ」
俺達の住む城山市は横に長い市で、三つの地区が合併して出来ている。
上流にあるのが大滝地区、ついで真ん中にあるのが本町地区、下流にあるのが新宮地区だ。
合併前からお互いをライバル視しているところはあったが、合併以降は合理的に戦って白黒付けられるようなイベントが増え、それが目に見えるように強くなった。
そうして切磋琢磨するが故に、度々メディアからの取材がきて、地区同士のバトルが名物として扱われるようになり、今では貴重な観光資源になっている。
今回の釣り大会もそのイベントの一環というわけだ。
ちなみに、親父さんの燃えている理由は、この大会は合併した当初からある大会で、現在四年連続で一位を譲り渡していないからである。
「お父さん、大丈夫ですよ。今年は去年よりも手の込んだやり方で、既に手は打ってありますから」
と、自信満々に言うは、俺の一つ年下の
鳴かないホトトギスは、基本に立ち返って鳴かすタイプだ。
去年の優勝はこのインテリ眼鏡がキーマンだったりもする。
大会一週間前ともなれば、三地区を流れる嵐川にも良いポイントを見つけようと、釣り師達が多く見られるようになるのだが、彼の着眼点はポイントでは無く、仕掛けにあった。
使用する竿は違えど、三地区ほぼ全ての人がウキ、オモリ、ハリのシンプルな仕掛けで挑もうとしていたのだ。
そこで、ルールを確認すると、使用出来るものは『 一人、一竿、一仕掛け』としか書いて無かったので、海釣りで使用するサビキ仕掛けを用いて大会に臨んだところ、これが大当たり。
イワシやアジの鯉のぼりならぬ、ウグイの鯉のぼり状態で爆釣し、五人で大滝地区の実績の五割を叩き出す好記録を収めた。
まさにチートだった。
他の人が一匹釣る間に、こちらは三~八匹ずつ記録が伸ばせるのだから。
さらに言うならば、効率化を果たすべく全員で竿を垂らさずに、二人で釣って三人で魚の取り外しやエサの補充をするといったチームならではの作戦で、数え切れないくらいのウグイを釣り上げたのだ。
数が分からない理由は総重量が審査対象だからである。
しかし、このやり方に非難が殺到したため、今年からは、『 一人、一竿、一仕掛け、但しハリは一本までとする』とルールが改訂されてしまったのだ。
親父さんの心配の種はここにある。
「手は打ってあるってか? どうすんだて?」
「ほら、僕達去年の秋くらいからパン屋さんから乾燥させたパンの耳を貰って食べていたじゃないですか」
「そう言われてみれば、そうらな」
「実はそれを、定期的に川に撒いていたんです」
「そんげんので、釣れるんだか?」
「考えてみて下さいよ、管理釣り場って毎回決まった時間に、決まったエサをあげるから、そのエサを使えばどんな素人でも釣れますよね?」
「そうらな」
「現に今の嵐川のウグイは、ミミズよりも乾燥させたパンの耳の方が食い付きがいいです。つまり、どういうことか分かりましたか?」
「そうか! 他んしょはミミズとか川虫でばっかやってるすけ、見切るウグイは居るろも、パンなら誰も釣ってねぇすけ見切られてねぇし、他んしょは釣れにくいのにこっちは釣れるって算段ってことらか!」
「その通りです」
眼鏡越しのウィンクが実にいやらしい。
ちなみに、ルール上では撒き餌行為は原則禁止されているが、河原や橋の上でパンの耳を食べていて偶然落としたり、手が滑って落としたり、転んで全部落としたのは故意では無いからセーフである。
物は言いようとはよく言ったものだ。
しかも、その悪巧みをあろう事か、神の御前でやっているのだから目も当てられない。
だが、親父さんは『神様らっておちゃめなところはあるすけ、こういう事に参加して貰うのらって嬉しいと思うれ? ねらだって、良い事する時ばっか呼ばれて、悪い事する時は呼んでくれねぇヤツを仲間って言えるんだか?』と、非人道的な悪い事は決して許さないが、イタズラ程度の事は推奨してくれている。
ただ、やるなら見つからないようにやれと、それだけは念を押してくるのだ。
「ほんなら、ねらに任せるすけな。そこにあるがんは食っていいろ。今、麦茶を持ってきてやるすけ、自由にしてくれや」
そう言うと親父さんは本殿を後にした。
「よし! 役割分担の確認すっろ! 今回も釣り班は、おらと、ナップル。サポートは暁葉、透璃、ひめ、応援は日奈、で良いろっかね!」
「弥夜癒さん、それはダメですよ」
「何でかや、おめも釣りしてぇなったか?」
「違います。今回はハリが一つしか使えないので、手数が必要になりますから、サポートは僕がしますので、釣り班は弥夜癒さん、
「そういや、今回サビキは使えんかったねっかね。勘弁ね」
姉貴は笑って誤魔化す。
みんなもそれを見て、釣られて笑った。
「持ってきたろ~」
親父さんはピッチャーとコップを六つ持ってきて、それを置くとまた戻って行った。
ここには五人しか居なくても、麦茶を注ぐときや菓子類等の分配の時は必ず六等分している。
理由は、『仲間ら言うすけ来てるってがんに、コップでも箸でも何でも、それが例え任意でも故意でも、自分の分だけ足りんかったら、切ねぇろが。神様らって同じら』と、小さい時から口酸っぱく言われてきているからだ。
誰もこれに異を唱える者はいないし、目には見えなくても、俺達は居る者として
ちなみに、日奈とは御祭神である岩姫のことで、正式名称は、『#日奈岩姫大神__ひないわひめのおおかみ__#』という。
「お弁当はいつも通り私に任せてね~。今回も腕によりをかけて作るからね!」
この女子力の塊みたいなのは、同い年の
鳴かないホトトギスは、胃袋を掴んで鳴かすタイプだ。
「暁葉さん、簡単に食べられるモノにしましょう。今回は前回と違ってより効率的にいかないと……」
「効率効率言うてると彼女なん出来んぞー、ダメガネ」
スマホをいじりながら透璃を遮るは、透璃の同い年にして、姉に弥夜癒を持つ
鳴かないホトトギスは、からかって鳴かすタイプだ。
「ひ、昼愛倫ちゃん。ぼ、僕はダメガネ何かじゃ」
スマホの画面からチラリとパッチリ二重のつり目が覗く。
「ほーら、もうキョドって。シシシぃ、ダメガネじゃんかー」
透璃はペースを崩されるとすぐに顔に出る。
まさに顔真っ赤という言葉が良く似合う。
昼愛倫は、年齢を問わずちょっかいを出すのが好きだが、特に透璃は反応が良いためお気に入りのサンドバッグになっている。
「それでは皆様のために、軽く食べられるモノで、腕によりをかけさせて頂くであります」
ピシッと軽い敬礼をし、麦茶のペースが早い透璃におかわりをさり気なく注ぐと、ついでに他の連中の分も注げる暁葉は、出来る女である。
「ナップルよぉ、前回みたいにおらんがんに絡めんなやー? 絡まってるがん解くのうんめぇ暁葉も、今回は釣り班なんだすけな」
「分かってます。分かってますって」
姉貴は俺の肩に手を回すと、嫌味ったらしく言ってくる。
ちなみに、ナップルってのは俺、
鳴かないホトトギスは、誰かに頼って鳴かせて貰うタイプだ。
後、ナップルってのは俺のヘアースタイルからきている。
高校に上がったのを機にワックスを使うようになった俺は、少し、ほんの少しだけ好きな漫画のキャラクターに憧れて、似たような感じに仕上げたら姉貴にパイナップルってバカにされて以降、一部の人達にナップルと呼ばれる羽目になってしまった。
それと、忘れちゃいけない。
日奈っちは姉貴と同い年で永遠の十八歳。
鳴かないホトトギスは……何者にも屈しないド根性で鳴かすタイプだと思う。
と、言うか、昔話からでしか推察ができないから分からない。
この五人……いや、六人で一つのチーム問題児なのだ。
この日は、夕方まで作戦会議兼、雑談をして、みんなで姉貴の家でご飯を食べてそれぞれ帰路に着いた。
決戦の日が実に待ち遠しい。
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