断編 大戦の始まりの記憶2
「…おい、ライナー。ここは孤児院じゃねぇんだぞ。」
神の尖兵の襲撃後、少女はリュースハイト=ライナーに連れられ“剣聖”と呼ばれている人の元まで来ていた。
「で、ですが!村から数キロ離れた森の近くまで歩いてたんですよ!この子を孤児院へ預けても、きっとどこかへ行ってしまいます!」
「――そうか。」
剣聖は少女をじっと見ながら、ふと何を思ったのか一度家の中へ戻っていった。
「あの……師匠?」
「ほら…食え。」
「――いいの?」
「ああ、いいぞ」
ただ、
ふと蘇る、父と母との穏やかな時間―――――――――
――――ツゥ――ッと涙が
そして蘇る記憶――
――――――――――――心の底から
「―――い。」
「ん?」
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い―――――!
「神の尖兵が……憎いです。」
表情が歪み、より一層醜悪になっていく。虚無感は消え去り、瞳の奥が徐々に憎悪で埋め尽くされていった。
「……そうか。だが、止めておけ。」
「…どうして?」
「無駄死にするだけだ!」
“お前は弱い”…そう剣聖はきっぱりと告げた。少女は
(こんな時、どう声をかけてあげれば良いのだろうか…。)
……淡い期待を抱いてここまで連れて来た。だけど―――
「お願いします…私に剣を教えて下さい。」
少女は必死に剣聖に頼み込むが、首を縦に振ることは無かった。
「大体その身体じゃあ―――」
「あいつは!私がっ!殺す!!」
悔しくて悔しくて、血が
その姿は――――――復讐に駆られた“修羅”の如く
「――っ!…………私が教えられるのは基礎的なものだけだ。それ以上は教えられない。それならば……」
「――それで構いません。ありがとう……ございます」
少女は深く頭を下げ、お礼を言っていた。その様子を黙って見ていたライナーは師匠に一礼するとその場を後にして行った。
「僕がしたことは……間違っていたのだろうか?」
―――自分の選択が正しかったのか……その答えに辿り着かぬまま
全ては仇討ちのため、少女は剣聖の元で剣を振り始める。
来る日も、来る日も………素振りと剣聖の打ち合いを只々繰り返していく。
「腕だけで振るな!力任せに振っていては身体を痛めるぞ!」
――だめ…このままじゃあ!
だが何も進むことはなく淡々と日々が過ぎていき、
「……焦っても得られるものはないぞ。」
「………っ!だって!」
「いつまで立っても神の尖兵を殺せない……か?」
――見透かされていた…それ以上は何も答えることはできなかった。
「もう…諦めろ、お前の力じゃあ何も成せない。」
「私は…っ!まだ――っ!」
自分の全てを否定された気がして…その場から逃げ出してしまった。
「ねえ、どうしたの?」
行く宛も無く、気づけば河川敷にたどり着いていた。川のせせらぎが静かに聞こえる中、見知らぬ水色の髪の少女の声だけが響く。
「別に…」
こちらに向けて掛けられた声も、そよ風程度にしか聞こえなかった。何にも興味がなく、流れる川だけをただぼうっと眺めていた。
「…それは違う。だって…すごく悲しそうな目をしているんだもの。」
そんなに悲しい目をしていたのだろうか――自身の心の中にあるのは、神の尖兵への憎悪と己の無力感・焦燥感だけだった。
今更、悲しいことなんて――
「あの!私、ウィルカって言います!良ければ…話を聞かせてもらえませんか?きっと……お父様だったらゆっくりと話を聞くと思いますから。」
だが、ウィルカはこちらをただじっと見つめていた。それから、ゆっくりとこれまでの事をポツリポツリと話していった。
「…そうなんだね、頑張ってるんだね。」
話を聞き終わった後、ウィルカは少女をそっと抱きしめながら頭を撫でた。
――温かい
ぬくもりを感じたのはいつ以来だったのだろうか?ただ復讐のために
「ねえ…私がしてきたことは間違ってたと思う?」
「それは……自分で答えを探さなきゃ。でも、もし考えても答えが出なかった時は、一緒に探してあげる。」
……まだ、答えが出せぬまま時間は過ぎていった。
「あ!そうだ!王都に来てまだ間もないでしょ?今住んでいる所まで送ってあげる。」
「……いいの?」
「大丈夫、私よく遊びに来る所だから詳しいんだ。さあ、行こう!」
ウィルカに連れられるまま、河川敷を後にしていった。
「それで、今はどこに住んでいるの?」
「えっと、場所は…確か…」
ウィルカに連れられた少女は、また剣聖の家まで戻ってきていた。
「あ!……リーシャ様ぁぁぁぁ!」
「ああ?やっぱり…ウィルカに会ったのか?」
剣聖を見るや否や、すぐさま懐に飛び込んでいった。困惑する少女をよそにウィルカは剣聖と話していた。内容を聞く限り……ここを飛び出したところを見られていて、後をつけてきたらしい。
「もう…こんなかわいい弟子を取ったのなら、私に連絡してくださればよかったのに…ついでに私も取ってくだされば……」
「ウィルカは駄目だ…あまり私は良くは思われていない、それに…ここにいるのがバレると迷惑が掛かってしまう…早く帰りな。」
「むぅ……分かってますよぉ、帰りますね。」
ウィルカは頬を膨らませながら、不満げに剣聖の家を後にしていく。
「あ、あの…ウィルカ…さん!その、また会えますか?」
呼び止められ、ウィルカは足を止める。振り返りながら、笑顔で少女に手を振りながら去っていった。
「あの…その――」
ウィルカが去った後、何を話せばよいか分からず
「はぁ…とりあえず今日は休め。」
「……はい。」
だが、それ以上は剣聖は何も言うことはなく、夕食を食べる時も一言も喋ることはなかった。
その日の夜は眠ることができず、部屋の外に出てただ空を眺めていた。星が僅かに煌めくだけで広がる空虚…まるで自分の心のようだった。
『頑張っている』……結局、何がしたかったんだろう?心はまだモヤモヤしたままだった。
ふと、どこからかすすり泣く声が聞こえた気がした。声の先は剣聖の部屋であり、そこだけポツンと明かりが点いていた。そっと中を覗いてみると、グラスに注がれた飲み物を飲みながら剣聖は泣いていた。
「どうして、私はこんなにも弱いんだ……あんな目をしたガキ一人すらろくに救えないなんて。」
「あ……。」
その時に初めて気づいた。悲しい目とウィルカが言っていた理由に――“あいつを殺したい”…その気持ちに押しつぶされて忘れていた気持ちに。
「そっか…私寂しかったんだ…。」
同時にお父さんやお母さん、村の人…そして親身になって話を聞いてくれたウィルカのことが頭の中を駆け巡り、胸を締め付けられるような痛みがした。
「もう、誰も死んで…ほしくない。」
「あ、あの師匠!」
「ん……なんだ?」
翌朝に朝食を食べ終わった後、少女は剣聖に声を掛ける。
「私…もっと、強くなりたいです。」
今度はしっかりと師匠の目を見て、はっきりと答えた。
「……っ!?ああ、そうか……分かった。早速始めるぞ、覚悟しておけ!」
「――はい!」
気のせいか師匠の顔はいつもより頬が緩んでいたような気がした。
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