第7話 名無しの騎士と双剣の喪失者
―――頭の中に流れてきた映像を回想する。
『おい、お前……まだ死にたくないんだろう?』
少女は師匠から突きつけられた剣を見据えながら、静かに頷いた。
『なら、真正面から剣を受けるな!いいか、誰もがお前みたいに非力な訳がない……何倍もの膂力を持つ奴だっている。ましてや……殺したいと思っている“神の尖兵”は、多くの兵士の犠牲があってようやく倒せる相手だ。走れ!そして相手の懐に飛び込め!剣が振り下ろされるのが早ければ自分の刃で受け流せ!……さあ、もう一回だ!』
これが本当に自分が過去に体験した出来事なのだろうか?窓越しに見る景色のような、どこか俯瞰した光景だということは頭の中では分かっている。それでも―――
剣を受け流し、首を狙い済ました一撃を敵の懐に潜り込みながら―――頭の中に流れる断編を『本当に体験してきた出来事だ』と信じ込みながら、身体へイメージを叩き込んでいく。
「大丈夫……私なら、できる……絶対に、生きて帰る」
―――来るっ!?
一瞬の踏み込みから、一気にリィンへ距離を詰めて来る。凄まじい速度で振り下ろされる大剣に、リィンは刀の刃先を合わせ身体をひねらせていく。
「……っ!」
――――路地裏に甲高い金属音が響き、剣士の身体に斬り込んでいく!
切り込まれた二刀の衝撃に刹那動きが止まったが、リィンが間合いを取ろうと後ろに下がるのを見透かしたかのように、横薙ぎに大剣を振ってくる。
「……ここでっ!」
――横薙ぎの振りに合わせて、深く……より深く沈み込みながら猛攻を交わし、懐に飛び込んでいく。
「《
―—―行ける!
両側からの
「……えっ?」
突如として振り上げられた左手の短剣によって、狙いすましたかの如く二刀が弾かれてた。唐突な反撃に一瞬思考が停止する。
(……搦め手!)
「――っ!」
衝撃で後ろによろけるが、即座に振り払われた大剣のなぎ払いをギリギリの所で剣士の真上へ向かってジャンプしていく。もう一度覚悟を決めて二刀を握り直すが、左手だけ力が入らない事に気づいた。
「……力がっ!?……でも、ここでっ!」
剣士が顔を上げたのと同時に無理やりに力を込め、空中で身体を捻らせながら剣を振りかぶっていく!
『其れは苦なく冥府へ還る――』
首を狙う――ただその一点のイメージを構築しながら剣士の首へ向けて刀を振り下ろしていった!
「《
――かつて「正義の柱」と称された人道的処刑装置が今……名無しの剣士に牙を向く!
鎧と刀が互いにぶつかり合う。ブチィィィッ!と身体の内側から裂ける音が響き血が滲み、右腕が青黒く変色していく。
「ぐぅうううあああああああ―――っ!」
(痛い痛い痛い痛い痛いッ――!だけど……っ!)
痛みを堪え更に両手に力を込め、全体重を刀へと乗せていく。ギチギチと拮抗していた鎧に遂にピキッとヒビが入る。
「いいからぁっ!落ちろぉぉぉぉぉっ!」
ズシャァアアアアッ―――!
ゴトリ―――首が落ちて転がっていた。右手に持っていた剣を落としながら、リィンは剣士の様子を伺うが、一歩も動こうとする気配は無かった。
「た、倒したの……?」
――否…ゆっくりではあるが、リィンへ向かって歩いてきていた。
「まだ…動いてっ!?」
刀を握ろうとするが力が入らない…足も鉛のように重く、思うように進まない。だが、剣士の歩みは止まらず……一歩一歩確実に死の足音が響いてきていた。
(動いて動いて動いて――っ!?)
ゆっくりと大剣を振り上げながら近づき、やがて大剣の間合いへと入っていく。真っ直ぐに振り下ろされる大剣を前に、リィンは目を瞑り死を覚悟した。
「す、すごい……!」
足の捻挫と打撲の簡易治療をしながら、虚はリィンの様子を伺っていた。すぐに動けなかったとはいえ、リィン一人で逃げられなかった状況を作ってしまったのは……と悔やんでいたが、戦いの光景に思わず目を奪われていた。
「これならきっと……っ!?まだ動くのかっ!」
だが、致命の一撃を与えても尚止まらない。恐らくこのままではリィンは―――考えると同時に身体は動いていた。
「……っ!?」
捻挫による痛みを堪えながらリィンの元へと向かっていく。
――同じ過ちを二度と繰り返さないように。
「虚っ!?」
剣士とリィンの間に割り込み、振り下ろされた大剣を右腕で受け止める。
「もうこれ以上…僕のせいで死なせるわけにはいかないんだっ!」
「くっ……!」
だが、拮抗していた力は虚の右腕がピシッ――とヒビが入り、大剣の重さが徐々に軽くなっていく。刹那、剣士はゆっくり砂のように崩れていき、後ろからカイが短剣を突き立てながら現れてきた。
しかし、安心したのも束の間この機を待っていたと言わんばかりに、化け物は急に動き出しカイへ向けて腕を振りかぶっていた。
「あ、危…っ!」
ギャッ――……
だが、予測していたと思えるほどの速度で、化け物に対し
「カイ……助かった。」
「いやぁ…びっくりしたよ。虚に頼んでいた物を取りに行こうと思って、近道をしてたら二人ともボロボロなんだもの。思わず助けちゃったよ。」
先程までの緊張感はなく、気が抜けたような会話が続き、安心したのかリィンは眠るように意識を失った。
「リィン?リィン!?大丈夫か!?」
「落ち着いて、寝息はあるけど多分意識を失ってる。ここからギルドまで少し距離があるから虚の家で軽く治療してから博士の元へ行こう。僕も後で向かうから、先に行っててくれ。」
周りを聞くとザワザワと音が大きくなっていた。どうやら、さっきまでの騒ぎを聞きつけた人がギルドに連絡を入れたらしい。
「僕はこの騒ぎを収めてから向かうよ…君も怪我してるんだからまずは休んだほうがいい。」
「……すまない。また後できてくれ。」
「うん、それじゃあまた後で。」
「さてと…どう説明するかなぁ……っと。」
カイは思案しながら周囲を確認し、状況を確認しにきたギルド職員へ説明していく。
「ふむ…やはり《
――その様子を屋根の上から眺めている人影が一人いた。
「いえ、これより先は噂が各地に広がり恐怖が
アナスタシア――そう呼ばれた女性が声のした方へ振り向くと見知った長身の女性が近づいてきていた。
「あら、ヴァレリアも来ていたの?付き添いなら不要だと話していたはずだけど?」
「そんなわけにもいかないだろう?君は私が守ると約束したからな。せめて側には居させてくれ…。」
頬に手を当てながらか細く囁く。あまりにも近すぎる距離に内心ドキドキしながら、表情には決して出さずに歩き出す。
「…もう満足したのかい?」
「ええ…それに彼も気づいたようだしね。」
誰の事かと周囲を見ると確かにこちらへ視線を向けているカイの姿があった。
「ああ、彼ですか…確かに長居は無用ですね。」
「さあ、ヴァレリアも帰りましょう?これからもっと楽しくなるわぁ」
混沌だけを残し、二人はきびつを返して闇の中へと消えていった。
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