第8話 神の呪い

「ん…ここは?」

 またしても見慣れない部屋のベッドに寝かされていた。右腕には包帯が巻かれており、何故巻かれていたのか思い出せなかった。

(ええと、確か路地裏で化け物に襲われて、それで――)

「……リィン?」

 声の主は虚だった。ちょうど部屋に入ってくるところだったようで、手にはタオルやら衣服で塞がっていたが、目を覚ましていることに気づくと一気に駆け寄ってきた。

「そ……虚……き、急に抱きついてどうしたの?」

「あ……良かった…ホントに……良かったっ!」

 頬がカァァァァ…と熱くなり、胸の奥がポカポカしている。目と目が合い、心臓の鼓動が早くなっていく―――顔と顔が徐々に近づいていた。



「あ!良かった……目が覚めたみたいだね。」

「「っ!!」」

 あと少し――だったが唐突に入ってきたカイに驚き、二人はバッと離れた。カイが話し続けていたが、ドキドキが止まらず全く耳に入ってこなかった。


「でも良かったよ……僕が来たときには右腕の怪我でひどい有様だったからね。」

「そうだ!腕の怪我は!?」

(腕の怪我……!?)

 カイの話を聞いてリィン自身が倒れたことを思い出したが、動かしても特に痛みは感じなかった。

「……もう、カイも虚も大げさだよ。痛くもないし……それにほら、こんなに動く…し……あれ?」


 特に問題ない――右手を動かしながら告げるが、同時に違和感に気づく。それは二人も同様だったようで、驚愕の色に染まっていた。恐る恐る右腕に巻かれた包帯を剥がしていく。

(思い……だした…。あの時、何かが裂けるような痛みで動かせなかった……はず。痛みもなく、動かせるわけが……ない…)

 鼓動が早まり、息が荒くなっていく――『勘違いであってくれ』と願いながら



「なに……これ……どういうことなの?」

 右腕は何もなかったかのように綺麗になっており、その手首には紋章が刻まれていた。虚が驚くのも無理もない。倒れる前は流血で酷い有様だったはずであり、この短時間で完治できるわけもない。



「ね…ねぇ……これって…どういうことなの?」

「……。」

「うん、これは……異常だ……一度博士に診てもらった方がいいかな?」

 リィンが恐る恐る聞くが虚は黙ったままであり、カイも覗き込むが分からず仕舞いだった。


 不意に扉をノックする音と聞き覚えのある間延びした声が聞こえ、博士がタイミングよく虚の家に訪ねてきていた。

「失礼するわよぉ……あぁ、無事だったみたいで良かったわぁ。」

 どうやら、化け物に襲われたと連絡がギルドまで届き、心配になった博士が虚の家まで様子を見に来てくれたのだった。

「……博士、ちょうど良かった。実は――」

 虚はこれまでの経緯を博士に話していた。博士は訝しんでいたが話を聞き終わると、右腕を診ながらどこか落ち着いていた。


「なるほど……これは……」

「なにか分かりますか?」

「実際の所見では見たことなかったけど、文献上では知っているわぁ。これは……神呪痕しんじゅこんね。ええと、確か――」


『其れは神から与えられし永遠の呪い

  身体をむしばみやがて黄泉へ消えゆき解くこと能わず』


「――うん、こんな感じの一節だったはずだわぁ。」

 身体を蝕む……解くこと……能わず……つまり……

「解呪することは困難…ということですか?」

「そうなるわねぇ…まさか、実際に見ることになるとは思わなかったけどぉ…」

 カタカタと体の奥から震えが止まらなくなる。心配した虚がそっと手を添えてくれたため、少しずつ落ち着いてきたがまだ震えていた。

「解く方法は……ないんですか?」

「ない……と言い切るには早いと思うわぁ……ここからは推測だけど、神から受けた呪いはその呪いを掛けた神にしか解くことはできない。そして、神呪痕のような強力な呪いを掛けられる神の力は計り知れない。神の加護に護られた人間数十人クラスに匹敵するわぁ……それこそ、ドラングローナ王国の大戦時に敵対していた“神の尖兵”か、あるいはそれ以上の……ね……」

 ここまで話を聞いて納得した。『解くこと能わず』の意味が只の人では解除が不可能である……という事実であることに。



「ねぇ、虚……私もっと強くなりたい。」

 リィンは虚達を見ながら決意を口にするが、3人とも良い顔はしていなかった。

「リィン――それは……っ」

「……これ以上戦うのはあまりおすすめできないわぁ。話を聞く限り、傷を受けた際に身体への痛みは何倍にもなって返って来ている。きっと、傷が増え続ければ耐えきれなくなって心が壊れてしまうわぁ」

「――僕もあまりおすすめできないかな」

分かっていたことだ。あれだけの怪我を負い、その状態を悪化される神の呪いだ……心配で止められない方がおかしい。


――それでも


「私だってできるなら戦いを避けたい……でも、森の時も助けたくて考えずに動いちゃったけど……何もできずに私も、虚も死んじゃうんじゃないかって考えると怖いの」

 少しずつ震えは収まり、身体の内から熱がこみ上げてくる。

「だけど生きて、目が覚めて抱きしめてもらった時に、心配してくれてすごく……嬉しかった。私はきっと剣を振るうことでしか虚を守ることができないから……」

先程までとは違い、熱の籠もった視線を向けながら決意を口にしていく。

「だから……虚にできないことは私が手伝いたいの!お願い!」


――やるべきことだけは見つかった


「――ありがとう、リィン。だったら、リィンができないことは僕が補うよ」

 そう言って、虚はリィンに向かって手を差し出してくる。

「だからその……改めて、よろしく」

「――うん!」



「うん――無事に話も纏まったようだし、僕は帰るんだけど……その前に頼んでた物を受け取りたいんだけど、用意出来てる?」

「あ、ああ…勿論あるよ。書斎に置いてあるから、少し待ってくれ」

一言言い残すと、奥の書斎まで荷物を取りに向かっていき、すぐに3冊の本を持って戻ってきた。


「そうそう!いやぁ……色々と立て込んじゃったから、危うく忘れるところだったよ。やっぱり虚に頼んでよかった!それじゃあ、僕は帰るからまた何かあったら連絡してね〜」

 そう言って慌ただしくカイは出ていった。どうやら、虚の家に来ると毎回こんな感じらしい。


カイが出ていったのを皮切りに、博士も診察が終わったため、帰る支度をしていた。

「とりあえず、今日は安静にしていなさい。それと…虚には後で今回の路地裏での件の話を聞きたいそうだから、明日ギルドへ顔を出しなさいよぉ。それじゃあね〜」


――そうして、嵐のように今日は過ぎ去って行くのだった。

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