第1話 邂逅
「――今の…夢は?」
妙な現実感はあったが、
「っ!?――そうだ、怪我っ!」
大怪我を負っていたような気がしたが、身体を見回してもどこも怪我を負った様子はなかった。
良かった――と安心したが、周囲を見渡すと何処かの部屋のベッドに寝かされていたらしい。景色は薄暗くて本やら物が雑多に積まれており、奥には白衣を着た人が小さな灯りをつけて座っていた。拘束はされておらず、ただ寝かされていただけ――
(監禁……だったら拘束されてる気がするし、なんでこんな所で寝かされているの?だって、私は――――あれ?)
その時に気づいてしまった。自分の名前もここに居る理由も何もかも思い出せないことに―――
内心パニックになりながら、部屋の奥に座っていた人へ事情を聞くために近づいていった。
「あ、あの――」
声を掛けたのに気づいたのか、その人は振り返った。薄暗くてよく見えなかったが、髪は黒色ロングで白衣を着た女性だった。
「あら、目が覚めたのねぇ……身体の調子は」
「あの!私は誰なんでしょうか!?なんでこんな所にいるんでしょうか!?ここは何処なんですか!?なんで私は――」
目を覚ました事を安堵した束の間、白衣の女性を襲ったのは質問の嵐だった。
「ちょ、ちょぉっと!落ち着きなさい……一辺に質問されても答えられないわよぉ!」
はっ、と我に返った。いくらパニックになっていたとはいえ、見ず知らずの人にあれこれ聞いても答えられる訳がない――そう気づいた少女は怒られる覚悟で白衣の女性にすぐ謝ったが、それ以上は怒ることはなかった。
「パニックになるのは分かっていたから特に気にしていないから安心してね。では改めて、私の名前は“フローレンス”……この街の人からは博士と呼ばれているけど、医者まがいのこともしているわぁ。あなたの質問に色々答えてあげたいんだけど、まずは身体の調子を確認させて頂戴ね。路地裏で倒れてて、声を掛けても反応がなかったから心配だったのよぉ。」
「――そう……ですか。すみません、ここで目が覚める前の記憶が曖昧というか、全く覚えていなくて……」
路地裏で倒れていた――身に覚えがない事を言われても実感はわかなかった。疑問で頭の中がいっぱいになる中、博士はいくつかの簡単な問診を行ってくれたが、自身の体調以外は何も分からなかった。
「名前も、何処から来たのかも本当に覚えていないの?」
「……はい」
自分からも博士に対していくつか聞いてみることにした。結局分かったのはこの街はリブラ・クロニクルという名前であり、今いる場所は“ギルド”と呼ばれてる建物地下にある博士の研究所ということ、そして路地裏で倒れていた私をここまで運んでくれた人がいたという事だけだった。その人は“
「どう?話したことに聞き覚えはある?」
「……すみません、やっぱり聞き覚えはないと思います」
丁寧に教えてはもらったものの、何も記憶に引っかかるものはなかった。ここで目が覚める前に見ていた夢は朧げに覚えているが、それが現実だとしたら多分、大怪我を負っているはず――そう、自分に言い聞かせた。
「――そう。記憶喪失もしくは一時的な記憶の
「あの……虚さんにお礼を言いたいんですけど、何処にいるんですか?」
「今はギルドの方に用事があって席を外しているけど、終わったらこっちに来るって話してたからそろそろ戻って来るはずなんだけど……」
それにしても遅いわねぇ――と博士は呟いて黙り込んでしまった。何を考えているのかは分からなかったが虚を心配してなのか、博士は足早に出口へと向かっていった。
「ちょっと虚を探してくるから、適当に積んである本を読みながら待っててぇ。多分、すぐ戻ると思うからぁ」
早口で少女に伝えると、博士は急いで部屋から出ていってしまった。
(えっと、本を読みながら待ってて――って言われても……)
ちらっと積まれている本の山を見る。表紙はやや傷んでいるものが多く、装飾もほとんど無い質素なものではあるが……とにかく厚い。試しに手に取ってみたが、人を殴ったら十分致命傷を負いかねない本ばかりだった。
「こういうのって……専門書とかだよね?読んでも分かるかなぁ……」
研究所というだけあって部屋に積んである本の大半は歴史書や生物図鑑、医術の専門書など様々だった。多分、今読んでも内容は頭に入ってはこないとは思いつつ、何か記憶の手がかりになるものがあるのではないか――そんな淡い期待を抱きながら一冊一冊目を通していったが、やはり現実はそう甘くはなかった。
「ええと……『火の信仰〜ヘラクレメザードの歴史と文化〜』に『呪いによる神の罰〜
根気よく探したところ、物語や童話集は一箇所に
「うん……やっぱり、気になる本は無いし」
諦めてベッドに戻ろうと動いた直後、一冊の本が視界に入った。他の本とは違って表紙は傷一つなく、華美な装飾が施されていた。この部屋に本来あるべきではない――そんな異質さを漂わせていた。
「タイトルは…『大戦の英雄〜双剣の守護者〜』?」
思わず内容が気になったため、ページを
『少女双剣を
――時間を忘れて読みふけってしまうほどに圧巻だった。読み返そうと思い、再びページを捲っていると、途中の挿絵が目に留まった。神の使徒を模した敵から人々を守るために戦う白い少女とそれを見守る金髪の少女――そんな戦いの
「この絵……起きる前に見た夢に似ている?でも……気のせいかな?」
しかし、頭の中に
入ってきたのは博士と全身が黒い装いをした少年をだった。かなり落ち着いた印象であり、私を見るなり安堵したのか静かに笑いかけてきた。
「――目が覚めていたようで良かった。もう名前は聞いていると思うけど、僕は黒神 虚、ここのギルドで輪廻の書を書いたり、人からの依頼をこなしているんだ。」
「あ……虚さん、今回はありがとうございました。私、その――」
どうやら彼が少女を助けてくれた虚という人らしい。忘れない内にお礼は言えたが、これ以上何を言えば良いか分からず、口ごもってしまった。
「ええと……気にしなくていいよ。路地裏で倒れてたら、色んな犯罪に巻き込まれるケースが多いからね。あと、名前は呼び捨てで構わないよ。さん付けは、その……慣れていないし」
しかし、虚はそんなことは気にする様子はなく、どこか素っ気なかった。
「さて……博士から記憶喪失だとは聞いたんだけど、何か思い出せたことはあるかな?」
少し話が落ち着いたところで、ある程度の事情は聞いていた虚は様子を伺ってきたため、少女はのめり込むように読んでいた『大戦の英雄〜双剣の守護者〜』を二人に見せた。
「何かを思い出してはいないんですけど、この本に描かれてる絵が夢で見た場所に似ていたような気がして……」
表紙を見た瞬間、博士の表情は曇ったが虚は顔色一つ変えずに少女から本を借りて読み始めた。
「……ねぇ、どこからその本を持ってきたの?」
「童話とかが積まれている本の一番に置かれていましたが……」
それを聞いてもなお、博士の表情は晴れることはなく思い詰めたように少女へ近づいて、両肩を押さえつけるように掴まれた。あまりの勢いと力の強に振りほどくことはできなかった。
「それは……ありえないのよ!だって――」
「――博士」
感情が高ぶってきていた博士を虚はただ一言――本を読みながら静止した。冷静さを欠いていたのか、一言謝るとそれ以上は押し黙ってしまった。
「これは――ドラングローナ王国の大戦時の
パラパラと一通り読み終えた虚は少女に本を返してきた。改めて本を開きながら、既視感を覚えた挿絵のページまで捲っていった。
「あ、あの!この絵って――っ!?ぐ……ぅっ……ぁっ……!」
刹那、ズキン――まるで鈍器で殴られたような痛みが頭全体に響いていった。徐々に割れるような激痛へと変化していき、思わず頭を抱えながら床に倒れ込んでしまった。
(なん……で……こんなに……痛い…の?)
「ぐぅぅっ……!あぁぁぁっ……!」
「……丈夫か……ね……」
痛みは更に強くなっていき、心配した虚の叫ぶ声が断片的にしか聞こえなくなってきた。それと引き換えに、陽に照らされた草原の映像が頭の中に流れ込んできていた。
(これ……って……ぅ…もう……だめ……)
――考える暇などなく、少女の意識はここで途切れた。
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